第11話 ヒョウサクダンジョン攻略3
2076年9月 ヒョウサクダンジョン
そこはまるで地獄にでも繋がっているかのように暗い洞窟だった。
近くに来ただけでも冷気が見え、中の寒さが伝わってくる。周辺には草木が一切生えておらず環境の厳しさを物語っていた。
そんなヒョウサクダンジョンの入口の前には複数人の普人族と1人の吸血鬼、1体の飛竜がいる。
「…………クッソ寒いのだが?」
レイテンの町からヒョウサクダンジョンの入口まで徒歩で来て早速、ジャバウォックは飛竜の頭を撫でながらその寒さに文句を言う。
だがハーレイのギルドメンバーも非常に同意するところなのでそれを咎めることなどしない。
「それな………ゲームのはずなのに鼻水やべぇわ。」
ジャバウォックと同じく久しぶりにヒョウサクダンジョンへやってきたフォールもまた寒さにやられていた。
みっともなく鼻水を垂らしている吸血鬼の姿はなんかシュールである。
「お前らなぁ…………もうちょっとシャキッとしてくれよ。気が抜けるだろうが。」
ジャバウォックとフォールのクソみたいな会話にハーレイは苦笑いしてしまう。
まだ入口ということもあって少し厚めの装備をしているが、ハーレイとクランメンバーはまだ平然としているのだ。慣れていないから仕方ないにしてもこの先不安になる。
「そんじゃあ入るぞー………俺達が中層まで先導する。そっからはお前ら頼んだぞ…?」
ハーレイは手に持っていたランタンに火を着け洞窟の中へ足を踏み入れる。
それに続いてクランメンバー、ジャバウォック、フォールの順で入っていく。
「………フィールドになるまでは洞窟だったけ?」
「あぁ。………上層のフィールドは特に地形もない雪原だったはずだ。」
後ろを歩くフォールがジャバウォックに話しかけた。
ヒョウサクダンジョンの構造としては入口からフィールドまでの通路となっている真っ暗な洞窟があり、そこを抜けると広大なエリアとなっている雪原がある。それが中層、下層と続いているシンプルな形だ。
通常のダンジョンならば迷路だったり、罠だったりがない構造のため、比較的攻略しやすいはず。だがこれまでハーレイたち含め、数多くの冒険者を苦しめてきたヒョウサクダンジョンは決して甘くない。
常に体温管理をしなければならない気温に、どこから降っているのか吹雪によって確保できない視界。中層以降からは雪山のように険しい地形、ホワイトアウトする程に厳しい気候。
これらがヒョウサクダンジョンの難易度を高くしている要因だ。
もっとも今回の攻略に参加している者は皆その程度のことは頭に入っている。フォールとジャバウォックもフィールドまでの暇つぶしに振り返りをしているに過ぎない。
「………にしても寒いな。こんな寒かったっけ?」
「だよな………俺も久しぶりだからちょっとあれだけど、前より寒い気がする。」
やっぱり寒いらしい。
ジャバウォックの感覚はただの錯覚だが、入口から数十メートルのこの位置でさえ氷点下を下回っているのだ。
寒いと筋肉が固まり動きが固くなるのもヒョウサクダンジョンの嫌なところである。それが下層ともなれば本来の動きをするのは至難と言っても過言ではない。
「…………そろそろ雪原に入る!戦闘の準備しておけよ!」
しばらく歩いていくと仄暗い洞窟の先に明るい光が見え始めていた。
ハーレイは普段の快活な声ではなく気の引き締めた声で知らせる。それに対してクランメンバーは静かに頷いた。
「おい、それはいいんだがそろそろ俺のワイバーンに装備させておかないとやばいぞ?」
「………早くないか?」
「いやいや、普通ワイバーンはこんな寒いとこにいないし、氷点下下回るようなとこだと動きにも支障が出る。」
ハーレイたちに向かってジャバウォックは飛竜に装備させるように言う。
元々それらに関してはハーレイたちが準備するという話だったためジャバウォックは対して用意していなかった。
「………わかった。フブキ、用意してくれ。」
「わかりました…!」
フブキと呼ばれたクランメンバーの1人は空間拡張の効果が付与された不思議なバック、アイテムバックから分厚い毛皮のようなものを取り出した。
「おぉ…!!すごいな……!」
「だろぉ……?うちの生産職のやつらが頑張ってくれたんだよ。」
自慢げな顔でハーレイはジャバウォックの肩を叩く。
その毛皮はおよそ10メートルはあろうかというほどの巨大さだが丁寧に加工されており、シンプルなデザインながら優美さを感じられた。
ジャバウォックが連れてきた飛竜、ワイバーンは全長15メートル程の巨体で、その毛皮は翼や尾の邪魔にならないように作られている。茶と白の斑模様でフワフワな毛並みは癒やしを与えてくれそうだ。
灰に近い銀色の飛竜の厳つさがその毛皮を装備するだけでかわいく感じるのはもはやバグ。ハーレイが自慢げになるのも当然なのかもしれない。
「…………だいぶかわいくなったなぁ。ほっこりする。」
「たしかに…………よかったな、ジャバさん。あのフォールがかわいいって褒めてんぞ?」
「いや、うむ。かわ、いい………?かわいいのか?」
キャラ的にもかわいいとか言わなそうな人物、フォールが顔を緩ませながら褒めてくれている。
ハーレイもそれをからかい半分にジャバウォックに言う。ハーレイはコミュ力高い系男子ということもありノリがいいのだ。ニヤニヤしながら喋っているのはちょっとキモいが。
肝心のジャバウォックはれっきとしたまとも枠と言える人物ゆえか、かわいいという評価に疑問しかない。飛竜の飼い主なのに。もっと可愛がれよ。
「それじゃあ、準備はいいか?」
「おぉ!もちろんだ!」
「俺も大丈夫だよー」
ハーレイの号令にそれぞれ返事をして気合いを入れ直す。各々武器を手にし、背負っているリュックに不備はないかしっかり確認も終えている。問題はない。
そして彼らはEPO屈指の高難易度ダンジョン、ヒョウサクダンジョン上層へ足を踏み入れた。
”サクッ……サクッ……”
白い草原を踏みしめる音が世界と世界の境界線を越えたことを教えてくれる。
「相変わらず吹雪いてんなぁ………」
「視界かなり悪いぞ?………ゴーグルも着けたほうがよくないか?」
洞窟を抜けただけで一面真っ白な世界が広がっているが、自身の体へ叩きつける雪が明暗を作り出している。
すでに何度も挑んでいるハーレイからするとそれはもはや見慣れたものらしい。
だが実質初心者のジャバウォックからするとそれは異常。魔力を可視化するゴーグルの装着を提案した。
「そうだな………念の為着けといたほうがいいか。」
そのゴーグルを着けるとまさしく世界が変わった。
真っ白な世界のはずが魔力に反応して彩りが加えられアクセントになっている。味方が、敵がはっきりと分かる。
「………こりゃすごいな。魔力ってこんなはっきり見えるのか?」
「ジャバさん、すごいだろ?これさえあれば魔物の奇襲で殺られることなんてなくなるからなぁ。」
「よく開発できたな、こんな代物。………お、あっちの方角に魔物いるな。結構ちっちゃい反応………なのか?」
「うちの生産職は優秀だからな!………うーん?この反応ならたぶんスノーラビットだと思う。もふもふした可愛いウサギだな。」
大の大人2人がゴーグルをはしゃいでいる姿は少年時代に戻ったようでどこか微笑ましかった。
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