第8話 什造工房へようこそ
2076年8月 クラード王国
”カンッ!カンッ!カンッ!”
「ふぅ……まだ残ってるな。」
クラード王国の王都にある寂れた鍛冶屋で彼、什造というプレイヤーは熱された鉄の塊を金槌で叩いていた。
鉄の中にはどうやら不純物が残っているらしく彼の口からも漏れ出ている。
鉄を熱し叩き、不純物を取り除いていく。やっていることは単純なようで実はかなりの根気と技術を必要とする。
”カンッ!カンッ!カンッ!”
再び炉に鉄を入れ、十分に橙色に変色したらすぐさま鎚で叩く。
何回も叩き続けたことでそれは幾重もの層を成している。できた層の数だけ出来上がった剣の強度は上がる。
どこまで鍛えられるか。それはこのEPOの全鍛冶師の課題とも言える。
それは人気や知名度が上がった鍛冶師程、時間が失くなり妥協するのか、依頼とかを無視してただ純粋に鍛え上げ続けるのか。有名生産職が皆通る道であった。。
そして什造はただ自身の技量高めることを選択した。
依頼は時々だが受ける。それ以外は己のために使う。
今打っている剣も依頼のためじゃない。自身の技術を高めるために打っている。
そんな彼の下に今日も客がやってきた。
「什造さーん!!」
”カンッ!カンッ!カンッ!”
なお鉄を打っている什造の耳に客の声が入ることはない。常に集中力を切らさないところに彼の凄みを感じられる。
「あー………タイミング悪かったかこりゃ。」
客はどうやらかなりの常連のようだ。什造がいつもの如く集中しているのだと分かっている。
客はかつてのフォールのように店に居座り什造の鉄を打つ音に耳を澄ませる。
”カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!”
同じテンポで同じ音が響く。ただ聞いてるだけでもどこか心地よく感じられる。
「うん……こりゃいい剣が出来上がりそうな音だ。」
かなり剣に精通している様子の客は什造の鉄を打つ音だけで出来栄えの想像がついてしまうようだ。
しばらくすると熱せられた鉄が冷水に浸けられる音がしてきた。
”シュー!!”
そこからさらに研いだりするのだろうが、什造は少し休憩とばかりに店の方に出る。
すると什造の目には1人の客の姿がいた。
その客は普人族の見た目でかなり大柄な男だった。腰には二振りの業物を差しており、使い込まれた軽鎧を着けている。
パッと見はただの冒険者だがその実態は大きく異なることを什造は知っている。
「什造さん、やっと来たっ!だいぶ集中してたみたいだな。」
「悪いね。ハーレイさん。なかなかいい剣が出来上がりそうだよ。」
「おっ!それはぜひとも見たいな。」
「出来上がったらね。それで今日は何用で?」
親しげに話す2人はどれだけ付き合いがあるか如実に示していた。
今回の客、ハーレイは什造の工房まで来た用件を答える。
「今日は中々珍しい鉱石が手に入ったんでな。これ使って剣に出来ねぇかっていう相談だ。」
「珍しい鉱石……?」
そう言ってハーレイは懐から取り出した袋を広げた。
そこには淡い紫の光沢をところどころ放つ見たことのない鉱石があった。
「へぇー?これどこで手に入れたの?初めて見るよ。」
「えーっとたしか………ヒョウサクダンジョンの下層だったはず。」
「ヒョッ…!超高難易度ダンジョンじゃんか!?」
ハーレイの口にしたダンジョン名に什造は驚愕を受ける。
なにせ生産職でろくに冒険とかしていない什造でさえヒョウサクダンジョンの名は知っていた。凍えるほどの寒さに凶悪な魔物が多くドラゴンが出現するとか。ちゃんとした装備を整えて挑まなければ攻略にすらならないとまで言われているEPOでも屈指の高難度ダンジョンなのだ。
かつてハーレイ率いるパーティーが挑んで惨敗したのはプレイヤーたちの間では有名な話だった。
「装備もだいぶ整ってきたしな。なんとか先日下層まで辿り着いたんだよ。」
「さすが『剣帝』ですね。」
「やめてくれよ。恥ずかしい………」
そうハーレイはかなりの大物プレイヤーだ。剣帝の二つ名を持ち、人類プレイヤー最強とまで呼ばれているれっきとした怪物。
そんなハーレイの愛剣を鍛えている什造はやはり最高峰の鍛冶師である。
「それで……どうだ?この鉱石で剣を打ってくれないか?」
「………分かりました。ただ初めての鉱石なので純粋に時間がかかるのと失敗する可能性があります。」
「当然だな。まぁそんなに急がなくていい。俺にはこの二振りがあるしな。」
そう言ってハーレイは腰に差している剣をポンポンと叩く。
それらの二振りは現在確認されている鉱石の中でも最上級のオリハルコンを素材にしており、その頑丈さは折り紙付き。その上プレイヤー、いやEPO最高の技術を持つ什造が鍛え上げたのだ。その剣に斬れぬものなしと言わんばかりの出来栄えとなっている。
もちろんハーレイが人類プレイヤー最強とまで言われるのには本人の強さがあってのことだが、その二振りは彼に見合った性能をしている。最強の一助になっているのはたしかだろう。
「………僕の自慢の二振りだよ。」
「……あぁ。」
什造はまるで我が子を見るような瞳をしている。やはりそれだけ思い入れのある剣なのだろう。
「と、そろそろ行かねぇとな。今日はギルドで色々会議があるんだ。」
「うん。わかった。じゃあ出来上がったらチャットで連絡するよ。」
「あぁ…!頼んだぜ。」
そう言ってハーレイは淡い紫の光沢を放つ鉱石を置いて帰っていった。
残された什造は鉱石を手に取り観察する。まずはこの鉱石が何かを調べる必要があるからだ。
「うーん……これ図鑑とかに載ってるかな?」
什造は工房に戻り鉱石に関する書物や図鑑のある机に向かった。
図鑑や書物にある文献からどの鉱石か、ましくどの鉱石の性質が近いのか。一つ一つ丁寧に調べていく。
「…………これ、かな?」
おおよそ30分程だろうか。集中して探していた什造はようやくそれらしきものを見つけた。
「
それはこれまで様々な鉱石に触れてきた什造でさえ知らなかったもの。
おそらくこれを精錬するの白茈玉鋼になるのだろう。
だがこれの加工の仕方など調べても見つからない。つまりこれは自分で手探りで加工の仕方を見つけていかなくてはならないということ。
かなりの無茶難題だったかもしれないと什造は思うが初めての鉱石、それもかなり上等な代物。
「ワクワクしないほうがおかしいでしょ……!」
彼は未知の鉱石に思い切り笑みを浮かべた。やはり根っからの生産職なのだろう。新しいものを作ることに喜びを覚える。
彼は早速白茈玉鋼鉱を手に取り、轟々と燃え盛る炉の中にぶち込んだ。
「………どんな性質がこの鉱石にはあるんだろうか?色々と確かめなきゃだ。」
炉に放り込んだ鉱石がいつ十分に熱されるのか、什造はワクワクした表情で観察している。
今日も什造工房の炉は冷めることがなかった。
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