第7話 頭おかしい吸血鬼に蛙化(春視点)
2076年8月 クラード王国
ようやく国境を越えた辺りでフォールさんは馬を止めた。
まだ目的地まで距離はあるし、休憩にしては早すぎる気がする。
「………何かあったんですか?」
「いや、水だけでも飲ませておこうと思ってね。」
「………早くないですか?」
「いや、これから暗殺するのであれば、先に飲ませて余裕を持たせておいたほうがいい。」
「なるほどぉ……色々考えてるんですね。」
「………なんだ?俺が考えなしの脳筋野郎とでも?………そう言いたいのか?」
「あ、いえ………そんなまさか。」
怖いよぉ。たぶんノリで言ってるだけなのに声に感情がないっていうか。
まぁ私の言い方にも問題があったんだけど、せめて抑揚ぐらいはつけて欲しいです。
「………春ちゃんも水飲みなよ。ゲームとはいえ水飲んどかないと普通にやばいからね?」
「あ、はい。飲んどきます。………フォールさんはそれ何飲んでるんですか?」
私に水分補給の催促をしたフォールさんは腰につけているポーチから魔法瓶のようなものを取り出していた。
「ん?これ?………血だよ?」
「………え?」
「………ん?」
え?どゆこと?血?なんで?そんな水と同じ扱いなの?
「いや、俺吸血鬼だし。血が主食なところあるから。」
「えぇ?でも吸血鬼になったプレイヤーの大半は血飲まないですよ?普通の料理でも問題ないんですから………」
「えー?もったいないことしてるね。美味しいのに………現実じゃあるまいし。」
私はこの人の倫理観がおかしいことを学んだ。いや、今更か。
吸血鬼まで進化した人外プレイヤーはかなり希少だが、それでも何人かは存在している。よく掲示板とかにも出没していて血に関する質問をしたりされたり。そんな彼らは血を見て気持ち悪くなったり、嫌悪感から飲まないとのことらしい。
もしかしてフォールさん、現実でも血を平気で飲める人なんだろう。そうじゃなきゃここまで平然としているのはおかしい。
私は暗殺とかしているけどそれとはわけが違う。ゲームというだけあって殺す時はそこまで生々しくない。食べる時とかとはまた違うのだ。例の吸血鬼たちも喉越しとか味がリアルで無理だったって言ってたし。
結論、フォールさんはおかしい。
「……うーん?この血は………」
「どうかしました?」
「ん?あぁ、いや今飲んでる血の味がね………」
「ち、血の味………」
「うん。うちのメイドたちじゃないんだよなぁ。多分だけど若い女の子……それもそこまで鍛えてない。」
「そ、そんなことまで分かるんですか?」
「そうだねぇ………これでも結構飲んできたから。」
「そんな自信満々に言う事じゃないです。」
本当にプレイヤー?
それぐらいにこの人はイカれてる。頭のネジがぶっ飛んでるんだと思う。
「まぁまぁそんなことはどうでもいいじゃん。」
どうでもよくはない。主に私の精神衛生の方でよろしくない。
ちょっと前までただのイケメン鬼畜師匠だったのに、気づいたらあたおか吸血鬼になってた件。
「そろそろ移動しないと………日が昇ったら面倒くさいよ?」
「そうです………ね。」
これが蛙化……?怖いなぁ。
でも取り敢えず暗殺デートはしっかり終わらせないとですね。
再び黒い毛並みの巨馬に乗って目的地を目指す。
やっぱりこの馬さん速すぎません?
ちょっとグロッキーになりかけた私でした。
――――――――――
「よし……!目的のいる町まで着いたな。」
「……ウッ、ですね………」
吐きそうなのバレてないかな?
絶対私の顔色悪いよ。胃の中シェイクされたみたい。
それはともかくようやく目的地についたようだ。ここの1番巨大な建物、そこに暗殺対象のハルマン辺境伯がいる。
ここまで乗せてくれた馬を近くの宿に留め、徒歩で領主館に近づく。
「結構でかいね………」
「ですねぇ………」
無駄に綺羅びやかな装飾と巨大さを兼ね備えられた領主館は一言で言うなら無駄の塊。
どう考えてもこれを建てるように指示した領主の見栄だ。一体貴族の見栄のためにどれだけの私財が使い込まれたのか。そしてその金はどこから入ったのか。
考えるだけで気分が悪くなりそうだ。
「どうやって侵入するの?」
「………裏手に回って静かに侵入しましょう。」
「りょーかい。」
まだ辺りが暗く人の少ないうちにさっさと仕事を終わらせよう。
私達は領主館の裏手に周り柵を飛び越える。
ここからは私の役目だ。暗殺者には殺す技術だけでなく、ピッキングや暗号関係の技術も必要になる。
私はまだまだ不慣れとはいえ一通りは出来るようになった。
というわけ領主館の裏口をピッキングして侵入しましょう。
「それでは私がピッキングして開けます。フォールさんは見張りとか警備が来たらすぐに殺してください。」
「おっけー。頼んだよ。」
ふぅ………集中。
鍵の形状的に今ある道具でも問題ない。練習は何回もしてきたから落ち着いてやれば大丈夫。邪魔もフォールさんが消してくれるから。
”カチャ、カチャカチャ……カチャ”
しばらく弄っていたら手応えがあった。そのまま回すとガチャっという音と共に裏口の扉が開いた。
「開きました……行きましょう。」
「おぉ……すごいねぇ。」
若干緊張している私と対照的なほどにフォールさんはリラックスしている。
悪く言えば能天気、良く言えば自然体。たぶんフォールさんの場合は自然体なんだろうけど。
気が抜けそうだけどしっかりと周囲を観察する。
事前情報だと対象は2階の寝室で寝ていて近くには護衛が控えてるはず。
「このまま2階まで行きます。たぶん護衛がいるので…………音を出さずに殺すことって出来ます?」
「………問題ないよ。俺がすぐに殺る。」
屋敷の人間が寝静まっているからか、妙に静かな廊下を歩き階段を上る。
私が部屋の前にいる護衛の姿を捉えた時にはすでにフォールさんは動いていた。
”ボンッ……!”
「えっ……?」
「うーん……久しぶりにこれ使ったけど微妙だねぇ。」
「えっと……何したんですか?」
びっくりしましたよ?急に護衛の首が飛ぶんだもん。
フォールさんの戦闘力ってよくわかんないけど、遠距離もできるんだ。だって5、6メートルは離れてるよ?
「んー……まぁ春ちゃんならいっか。ただ血を飛ばしただけだよ。あれぐらいの弱さなら首は普通に刎ねれる。」
「ふ、普通に………やっぱりすごいですね。」
「………頑張れば春も出来るようになるぞ?」
「え?どうやってです?」
「後でな。さっさと終わらせよう。」
「あ、はい。」
おかしい。私のほうが先輩なのにフォールさんのほうが慣れてる気が………。
ともかく意識をさっさと切り替えてハルマン卿の寝室に侵入する。
”カチャ………ギィー……”
扉をゆっくりと開けると中には豚がいた。
いや豚のように肥えた人間だった。贅沢の限りを尽くしたんだろうなと分かる贅肉と顔周りの蓄えられた脂肪によって奏でられる変な呼吸音が見ててイライラする。
そんな豚野郎が今回の暗殺対象、ハルマン辺境伯だ。
正直私の刀で斬りたくない。汚れる。それはフォールさんも同じようでゴミを見る目をしている。怖い。
「………どうやって殺します?」
「………この部屋に飾られてる剣でいいんじゃない?」
「ですよね。………自分の武器使ったら汚れそうですもん。」
「それな。」
たぶん過去一気持ちを共有できている瞬間だと思う。
それぐらいにこの豚は肥えていた。
私はさっさと息の根を止めてやろうと部屋に飾られている無駄に豪華な剣を手に取る。
その剣には様々な色とりどりの宝石が誂えられており、実戦用ではないことが一目で分かる。
どうせこれも見栄の為に作られたのだ。コイツにはお似合いかもしれない。
「それじゃあ殺してさっさと帰りましょ。」
”ドスッ……!”
「ヴェッ……!?」
私は豚の喉元に剣を突き刺し、豚みたいなうめき声を上げたハルマン卿の死亡を確認した。
「これで終わりです。」
「………俺いらなかったかもね……ま、でも楽しかったからいっかぁ。」
「た、楽しかったです?」
「うん。豚さんの愉快な死に様とかね。」
「ふふっ、たしかにしょうもない死に様でしたもんね。」
私達は声を潜めながら不謹慎な会話をしながら領主館を出た。
初めての暗殺デートはこうしてしっかり成功に終わったのだった。
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