第6話 暗殺者ギルド(春視点)

2076年8月 オルトロス商業国ニューウェン


「ギルド長がお呼びです。」


 再び私達の前に現れた暗殺者ギルドの職員の男はそう言って案内するように歩き始めた。

 フォールさんは相変わらず自然体だけど私は緊張で力んでしまっている。

 なにせギルド長は盲目でありながら途轍もない武を持っている怪物なのだから。

 そのギルド長に今から会うとなれば罰則の可能性もあるわけだから緊張してしまうのはおかしくない。


「……………」

「……そんな緊張する相手なのか?」


 私が無言でいると小さな声でフォールさんは囁いた。

 コクリと頷くとフォールさんは頬を釣り上げる。なんでこんな状況でも笑っていられるんだろうか。


 案内された部屋の扉が開き、中に入ると1人の男がいた。

 彼は刀を磨きながら迎えてくれた。


「やぁ。春さん、血の魔王殿。私が暗殺者ギルドニューウェン支部の長です。」

「………どうも。」

「二つ名ばかり知られてるなぁ……」


 ギルド長は盲目の瞳を隠すように1枚の布で目元を覆っていて、金色の長髪を後ろに流しており好青年といった装いの男だ。

 私は人見知りでももう少しマシな挨拶できるだろと思うような挨拶を披露したが、フォールさんの困ったような呟きに緊張感が霧散してしまった。


「あはは、それは申し訳ない。我々は二つ名しか把握できていないのですよ。」

「なるほど……俺はフォールという名で活動している渡界人です。知ってるとは思いますが吸血鬼です。今回は彼女、春ちゃんの暗殺に協力しようかなと思いましてね。」

「ふむ………本来ならば我々は春さんを暗殺者ギルドから除名し、貴方を抹殺しなければなりません。ですがそれはあまりにも厳しそうだ…………なので、条件付きで認めましょう。」


 もはや私は空気だ。フォールさんが全部交渉してくれてる。

 師匠に任せっきりって………うん、考えないようにしよう。

 それにしても条件かぁ。何なんだろう?


「………なんですか?条件は。」

「貴方も暗殺者ギルドに加わってください。そうすれば貴方に依頼という形で春さんと行動を共にすることが許可できますし、我々としてもそっちの方がありがたい。」

「いいですよ。元々それが1番平和的な解決かと思っていたので。」

「話が早いですね………ではそのように取り計らっておきます。」

「助かるよ。」


 へ……?フォールさんが同業者になるの?しかも平和って言葉に1番遠そうな人が平和的な解決って………なんかウケる。

 ともかく話は綺麗に着地したわけだから私はお咎めなし、フォールさんと一緒に暗殺デート許可も貰えたってことだよね。


「それじゃあ話はこれで終わりかな?」

「そうですね………一応ギルドの説明だけでもしておきましょうか?」

「…………たしかに。界隈のルールとかは知らないですからね。」

「でしたら………春さん。罰則の意味も込めて説明よろしくお願いしますね。それが終わったら依頼のほうをお二人で………」

「あっ、はい。」

「よろしくね。」


 説明が罰則ってだいぶ緩いなぁなんて思っているけど、たぶんフォールさんに気を使ってるんだろうね。

 魔王の称号を得るだけでその影響力は計り知れないから。

 まぁ、私の師匠だしいいか!

 そう思うことにした。


――――――――――


「………えっと大体こんな感じです。」

「なるほどね。理解した。………ありがとう。」


 暗殺者ギルドの一室を借りて、所属したら最初に貰う暗殺者ギルドマニュアルを開いてフォールさんに説明した。

 やっぱりこの人頭いいのかな?1回の説明ですぐに理解してくれたし、私のたどたどしい説明も翻訳してくれる。

 これで戦いも最強ってやばいね。リアルだったら惚れる人絶対出てくるよ。あ、でも性格が………惚れても蛙化しちゃうんだろうなぁ。

 なんて失礼なこと考えてたらフォールさんが口を開いた。


「そういえば依頼の内容は?まだ教えてもらってないよね?」

「………忘れてました。えっと、私が受けた依頼は貴族の暗殺です。」

「へー………どこの貴族?」

「たしか、隣国クラード王国の辺境伯、ハルマン卿です………たぶん。」

「大丈夫かよ………暗殺対象はしっかり覚えような?」


 仕方ないじゃないと私は声を大にして言いたい。暗殺者ギルドの取り決めで依頼に関する書物は保存できないのだから。

 そこも情報漏洩うんたらかんたらで所属している以上守らなければならない。


「………あと、暗殺だけで大丈夫なの?何か回収するものがあったりとかは?」

「今回は暗殺だけですね。わりと楽な依頼です……!」


 殺しだけなら本当に楽なのだ。これで不正の証拠の回収とかなんてもんがあったら探すのが面倒なことこの上ない。

 わざわざどこにあるとか教えてくれないし、そこら辺はゲームなのに厳しい。


「もうそろそろ日も落ちますし、行きましょう!」

「だねー。ちょうどいい時間帯になりそうだ。」


 ここに来る時にも通った螺旋階段を上がり、バーのところに出る。

 するとふと思い出したようにフォールさんが質問してきた。


「そういえば移動手段はどうする?」

「あー……私は馬車で行こうかなーって思ってたんですけど………」

「………だったら俺の馬に乗る?結構デカいし2人ぐらいなら乗せれるよ?」


 二人乗りバイクみたいなこと言い出してるけどそれ別の意味で大丈夫か不安になる。

 たぶんセクシャルガードとか発動しそうな気がする。男女の接触とかの配慮はしっかりしてるのがEPO。

 でもフォールさんならいっか。

 変なことしないでしょ!


――――――――――


「デッカ………!え、何この馬、デカすぎません?」


 フォールさんが連れてきた馬は並の馬の倍はあるんじゃないかと思う程の巨体をした黒馬だった。

 馬にしてはおかしいぐらいの威圧を放つそれをフォールさんは涼しい顔で引っ張っている。


「デカいよね、この馬。俺の屋敷で飼われててさ、今日初めて乗ったんだよ。」

「……え?今日、初めて?」


 本当に大丈夫かな?振り落とされたりしない?私のこと鼻で笑われてるような気もするし絶対やばいよ。

 私は巨馬の見下してくる目を睨み返しながら、フォールさんに行き先を伝える。


「色々心配ですけど………行きましょうか。こっちです。」

「まぁ、大丈夫っしょー………ほら行くぞ。」


 相変わらず自然体で適当な感じだけど、私の後ろに乗せて馬の腹を蹴っていた。

 それにしても馬術も出来るんだ。たしか長いことEPOをしているプレイヤーは大半が馬に乗れるって聞いたことあるけどフォールさんもなんだね。


 私達を乗せた巨馬は風のような速さで目的地まで走ってくれた。

 途中で私が気持ち悪くなって吐きそうになったのは秘密である。

 だって振動すごいんだもん。ジェットコースターに乗ってるみたいだった。

 そうして私達は夜を駆けてオルトロス商業国とクラード王国の国境を跨ぐのだった。

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