第5話 暗殺デートもありなのかな?(春視点)

2076年8月 オルトロス商業国ニューウェン


「落ち着いた?」

「まぁ……はい。」


 散々からかってきたくせに私の師匠は落ち着かせるように紅茶を差し出してくれる。

 本当に顔がいいからドキドキしてしまう。中身はわりとサイテーなのに。


 私、春はここオルトロス商業国ニューウェンの町で、偶然EPOでの剣の師匠、秋もといフォールさんと再開した。

 彼は私の名前を覚えてなかったり、名前を偽っていたり、種族を偽っていたり、めちゃくちゃ大物プレイヤーだったことを隠したりしていましたが、久しぶりに会えたこの嬉しさに免じて許してあげましょう。

 私が今でもEPOを楽しめているのはフォールさんと出会ったおかげですし。


 フォールさんにとっては気まぐれだったのかもしれないですけど私はある意味救われました。

 始めたてのプレイヤーでパーティーを組んだのに実力不足で追放されて、そもそもパーティー組めたのがおかしいレベルのコミュ障ボッチに何ができる状態の私に戦える力を教えてくれたのが師匠、秋さん。

 本当は秋さんじゃなくてフォールさんですけど、私は秋さんのほうが慣れ親しんでいます。顔はいいのに性格最悪で、でも剣は美しくて教える内容も実践的で効果的、私を導いてくれたのに突然消息不明になる。そんな秋さんが私は………。

 

「………ないない。」

「は……?」

「あっ………」


 ポカンとしてこちらを見てるフォールさんは先程まで私が言われていた言葉がよく似合いそうだった。

 今ならからかうチャンスかもしれないけど私にそんな勇気はございません。

 この人なら実力で黙らせに来そうで怖い。

 あっ、そういえば私が所属している暗殺者ギルドからの依頼のこと忘れてた。依頼に向かう途中で師匠と再開したのだ。仕方ないでしょ?


「あの………」

「んー?」

「ちょっと依頼に行かなきゃなの………忘れてました。」

「………それ俺も行って大丈夫?」

「……え?い、一緒にってことです?」

「うん。」


 え?つまり暗殺デートってこと?そうゆう特殊プレイ的お誘いなのかな。

 よくわかんないけど暗殺者ギルドに許可取らないと不味い気がする。たぶん情報漏洩うんたらかんたらで怒られそう。


「えっと、私は大丈夫ですけど、一応暗殺者ギルドに確認取ったほうがいい気がします。」

「なるほど………じゃあ今から行こっか。」

「……はいっ!」

「フフッ………なんかデートみたいだな。」


 ……………脳みそ固まってしまった。

 我が師匠は人の心でも読めるのだろうか?いや、嫌がらせとかする時はウキウキしながら読んでそう。

 つまりからかわれてる?そうゆうこと?

 私は真実を悟ったとばかりに無言で睨みつけておいた。


「……………」

「………え?なに?……怖ぁ。」

「失礼な……」


 いくらなんでも女の子に怖ぁは酷くないか?って思ったけどこの人ノンデリだもんなぁ。

 デリカシーとかを求めるほうがダメなんだと私は2回目の悟りを開いた。


――――――――――


 ゲームの中なのに現実と間違えてしまいそうな潮風を浴びながら、フォールさんとニューウェンの町を歩いている。

 暗殺者ギルドへ向かっているのだが、少しくらい寄り道してもいいだろうと露天商を冷やかしていた。


 物珍しいアクセサリーなんかを手にとってチラリと横を見ると、ルビーのような赤い瞳がこちらを優しく眺めていた。

 彼は私が手に取ったアクセサリーを何も言わずに取り上げ露天商に話しかける。


「これ……貰えないか?」

「いいぞ、代金は500ベルだな。」

「ありがとう。」


 そのまま露天商から離れるとネックレスの形をしたそれを私の首にかけてくれた。


「……プレゼント。気になってたでしょ?」

「あ、ありがとう………ございます……」


 なんだか気恥ずかしくて俯いてしまう。

 こんなんでも中身は大学生。人付き合い苦手とはいえあんまりだ。

 それに師匠からは貰いっぱなしでなんにも返せてない。少し勇気を出そう。


「あの、フォールさん。ちょっとだけ待っててください……!」

「うん?いいよ。」

「すぐに戻るので!」


 私はすぐにさっきの露天商のところまで戻って色違いのアクセサリーを購入した。

 戻る時に改めてフォールさんを見るとスタイルもいいし、ちょっと伸びた黒髪も艷やかだ。赤い瞳に吸いこまれてしまいそうになる。

 本当になんでこんな人が私の師匠になったのだろう。

 ちょっとした疑問と自己嫌悪に陥りそうだがもう1回勇気を出す。


「………さっきの、お礼です。」

「………ありがとう。」


 ちょっと驚いた顔をしていた。でもすぐに微笑ましいものを見たような表情になって感謝の言葉と共に頭をポンポンされてしまった。

 こんなことにときめく私はやっぱりチョロいのだろうか?


 早いところ暗殺者ギルドに行かないと心臓がヤバそう。

 アクセサリーを早速着けた私達は無言で歩みを進めるのだった。


――――――――――


 そこはまるでバーのようだった。

 複雑に入り組んだ路地に地下へと向かう階段がある。そこを下りると少し派手な装飾をされた扉と申し訳程度の観葉植物が置かれていた。

 扉を開けて中に入ると現代チックなカウンターと仄かな明かりを放つ照明が迎える。

 ここが暗殺者ギルドの拠点であり、偽装するためのバーでもあった。


 私はフォールさんを連れて奥の方へと歩いていく。

 staff onlyと書かれた扉を開け進むとさらに地下へと行ける螺旋階段があった。


「この先です。」

「なかなか面白いところだね。秘密基地みたい。」


 階段を下りると小さな書庫があり、私は暗殺者ギルドに所属している者だけが知っている隠し扉を開けた。


”ギギッ……!ガコンッ…!”


 近くで何かの作動する音と同時に本棚が動き隠し通路が現れる。

 ちょうど人1人分くらいの隙間をくぐるとそこには暗い遺跡のような場所に出た。

 ここが暗殺者ギルドの拠点で依頼を受けたり、報酬のやり取りだったりが行われる場所だ。


”カツッ………カツッ………”


「あれ?春さん……依頼はもう終わったんですか?」


 靴の鳴る音と同時に奥から現れたのはバーテンダーのような装いの青年だった。

 彼はこの暗殺者ギルドの職員で依頼の受理や管理を任されている男である。


「あ、いえ………あの彼、私の師匠も今回の暗殺に加わっても問題ないのかなーって思って…………」

「…………あー、本来だったら罰則ものなんですけど………相手が相手ですからね。取り敢えずギルド長に話を通しておきます。」

「お願いします。」


 そう言って職員の男は影のほうへと消えていった。


「大丈夫そ?」

「えっと、たぶん……?」

「………最悪俺も暗殺者ギルド入るから大丈夫でしょ。」

「………えっ?」


 マジで?師匠と同業になるの?

 うーん、嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない感覚である。

 一緒に仕事するとかあるのかな?あ、でもフォールさん、血の魔王だから1人で事足りるか。

 わりと暗殺デートありかなとか思ってたからちょっとショックかも。


 1人で色々考えを巡らせていたらフォールさんがこちらを微笑ましく眺めていた。

 恥ずかしすぎて穴に入りたい。

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