第2話 商業国家

2076年8月 深月の森


 金で繊細な装飾を施されたティーカップには遥か西から取り寄せたという紅茶が注がれていた。

 中々に珍しいそれに興味を惹かれながら少し冷めるのを待つ。ゲームの中だというのに猫舌は相変わらずだ。


「ズズッ………美味い…!」


 思わず出た言葉に側で控えているナタリアは微笑んだ。

 わざわざこの高級品を商人から取り寄せてくれたのには感謝だな。


「そういえばこれ商業国で購入したんだっけ?」

「はい。………潰しますか?」

「なんでだよ。」


 ほんとになんで?

 久々に商業国に遊び行こうかなって思っただけなのに。


「いえ……メイドの戯言です。」

「そうか………」


 表情変わらないなぁ。でも声ウキウキだったの恐いなぁ。


「……俺ちょっと商業国に遊び行ってくる。いつも言ってるけど皆自由にしていいからね。」

「え……?今からですか?」

「うん。なんか面白いのないかなーって思って。」

「な、なるほど。かしこまりました。」

「ありがとね。」

「いえ。お気をつけて。」


 あ、困惑すると表情動くのね。よかったよかった?

 さて俺がこれから行こうとしている商業国とはなんぞやって話だけど、正式には商業国ではなくオルトロス商業国っていう複数の大商人が協力して興した国家だ。

 商人が興した国というだけあって商業が盛んで世界中の物と金が集まる。

 プレイヤー、渡界人にとっては中級者ぐらいになってようやく訪れるといった場所だが、生産職とかに就いているプレイヤーにとってはある種の聖地みたいなものだ。

 そこにはつい先日屋敷に遊びに来たVtuber風泣ふうな まいさんがソロ攻略していたラーナダンジョンとかも存在しているため、ダンジョン攻略を目指す冒険者も集まる。

 現在ではフロンティアで大国に数えられる程に成長を遂げた………らしい。詳しいことは知らないんだよね。


 そんなわけで掘り出し物とかないかなーっていう考えで商業国へ向かうのだが、移動手段をどうしようか悩む。

 候補としては徒歩、ダッシュ、馬とあるが徒歩はまずなしで。

 徒歩は時間がかかりすぎるし面倒くさい。国が存在しているだけあってフロンティアはめちゃくちゃ広い。現実とほとんど変わらない広大さなのだ。

 次にダッシュ。魔王クラスの身体能力であればそこまで時間はかからないかもしれないが疲れる。めちゃくちゃ疲れる。よってなし。

 最後の馬だが魔物に食われないか心配だが楽だ。ちなみにEPOでは乗馬だったり建築だったり、普通に生活していれば行う機会などないことはシステムアシストが付く。もっとも慣れればシステムアシストを受けなくても馬を乗りこなすことができる。それでやっと一人前とか言われる世界観。

 俺はそこそこ乗ってるし屋敷に馬を飼ってるから馬で向かうことにする。


 厩舎に向かうとメイドに餌を与えられている何頭かの馬が迎えてくれた。


「やぁ、今から出せる馬いる?」

「フォール様…!は、はい!……おでかけですか?」

「うん。商業国に遊び行こうかなーって思ってね。」

「なるほどぉ……結構遠いですね。」


 この子はたしか聖謐の剣を強奪した時に眷属にしたメイドだったはず。名前はアリエルだったかな?聖騎士団だったかなんかで馬の扱いに慣れてるから厩舎を担当してた……はず。もうあんま覚えてないんだよね。

 彼女はその緑がかった白髪を揺らして馬の頭を撫でている。質問に答えながらでも馬とのコミュニケーションを怠っていないのだ。素晴らしい。

 そんな彼女は奥の方から1頭の馬を連れてきた。


「今空いてるのはこの子ですね。」

「おぉ、いい毛並みだ。」

「大人しいですし体力もあるので長旅にもついていけますよ!」


 その馬はかなりの巨体でがっしりとしているが無駄な肉がない。黒い体毛と鬣はまさしく馬の王のような風格を醸し出していた。

 馬にしては威圧感が強い気がするが彼女は大人しいと言っていた。ならそうなのだろう。例え俺に向ける雰囲気と彼女に向ける雰囲気がまったく違ったとしても。なんて言うか彼女には親愛みたいな目をしてるのに俺にはなんじゃあわれぇ!みたいな感じなのだ。


「ありがとう。この子をしばらく借りるよ。」

「はい!いってらっしゃいませ。」


 俺がひらりと馬に乗ると彼女は見事なカーテシーをしてくれた。

 しかしこの馬はだいぶ反抗的だな。俺が力と圧をかけてるから大人しくしているけど普通に落とそうとしてくる。

 まぁどうでもいいか。このまま圧で押さえつけてればいい。

 俺はそのまま馬に乗って屋敷を出た。


――――――――――

オルトロス商業国 ニューウェン


 おおよそ2時間くらいかけてようやくオルトロス商業国の港町ニューウェンに辿り着いた。

 ここまでかなりの速さで走ったにも関わらず少し疲れた程度しか消耗してない馬君には驚きだ。途中で水を飲ませたりとかの休憩はしたにしてもこれは異常とも言える。普通これほどの距離であれば馬替は必須。あのメイドちゃんにはいい馬を紹介してくれて感謝しかないな。

 俺は馬を宿屋の馬小屋を借りて置いてきた。さすがに街中で連れ回すわけにはいかないからね。


 さて俺がやってきたこのニューウェンという町、実はプレイヤーにかなり人気の場所なのだ。そこまでレベルが高くなくとも到達可能でありながら、海を越えて珍品が集まるフロンティア有数の港町であるからだ。

 ここで米が発見された時はEPOで米が食えると一時期お祭り騒ぎになった程だ。米は美味しかったです。

 さらにニューウェンは町並みも美しい。大体の建物が白を基調に建てられており、レンガで舗装までされている。それが港町として美しい景観を作り出しており人を集める要因になっているのだ。

 プレイヤーの中には町並みを気に入り拠点を構える者も大勢いる程。俺もこの景色は結構好きである。


「うーむ、何か面白い物はあるかな?」


 ふらふらとニューウェンの景観を楽しみながら気になるものを物色していく。

 やはり港町というだけあって海産物が多い。それを活かした食堂なんかも人気っぽい感じだ。

 そろそろフロンティアでも日が高く昇る時間帯。久しぶりに外食というのもありである。

 うーん、どこがいいだろうか。色々店があって悩ましいのだ。人が多いところは待ち時間が長そうだし穴場っぽい店を見つけられたらいいのだが。


「………悩ましいなぁ。」


 ポツリと口から漏れ出た一言だがどうやら聞き取った人がいたらしい。


「あの、何かお悩みで、す……か?」

「うん?あれ……?」

「あ、秋さん……?」

「………?あぁ、思い出した。クラード王国で弟子にした子か。」


 そこには特徴的な燃えるような赤い髪と力の宿った瞳、侍のような着流しに一目で業物と分かる刀を腰に差した見覚えある少女がいた。

 名前は覚えてないが聖謐の剣の強奪計画の時に空いた時間で面白そうだったから弟子にしたはず。あの後もたまに会いに行ってたけど、途中から面倒くさくなって放置してたっけ?

 あれ?俺結構やばい?なんて考えてたら彼女の方から声をかけてきた。


「あの……場所変えませんか?いい店知ってるので………」

「へぇ……?そりゃ楽しみだ。」


 美味しい所教えてくれるのかな?

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