2章
第1話 リアルとお姉さん
2076年8月 東京
日が昇り始め外では鳥の歌声が聞こえて始める。
「………うぅ……んんっ…」
カーテンの隙間から差し込む朝日を浴びてベッドの上でもぞもぞと眠気への抵抗を行う。
「……ふわぁぁあ、あ、あぁぁ………」
デッカイ欠伸が出てきたがこの部屋には自分意外いないから関係ない。
「……いま、なんじだ?」
寝起きの掠れた声でスマホを手に取り時間を確認する。そこには10:34の数字が並んでいた。
「………もうそんな時間か。」
仕事があったら絶対に焦る、というか焦らないとやばいのだが俺はのんびりとしている。
仕事はもちろんしているが在宅が基本のため、わりとルーズにさせてもらっている。
ベッドから非常に出たくないのだが、寝ぼけ眼を擦りのそのそと傍から見ると気持ち悪い動きでベッドから降りた。
そのまま洗面所に行くと鏡にはちょっとくすんでボサボサになっている黒髪に茶色混じりの黒目の青年がいた。
本当に不思議なことにこんな平々凡々な男が超有名ゲームEPOで血の魔王とか呼ばれてるプレイヤーなんだよ。
ゲームのほうがイケメンだなと思いながら俺、
「ふぅ………髪、伸びてきたな。」
洗顔が終わると俺は鳥の巣とまではいかないにしても伸び放題になっている髪を弄りながら呟く。
近い内に美容院行かなきゃと思うが面倒くさくなってサボる未来が容易に見える。
――――――――――
取り敢えず美容院は予約だけしといた。
後は忘れないようにするだけ………なんだけどそれが1番難しい。
なんか興味ないことってすぐ忘れるんよね。どうでもいいことだから脳みそが排除してくれてんのかな?
そんな俺の脳みそが小さいみたいな話しは置いといてさっさとEPOしたい。
でもそろそろ締め切りやばいしなぁなんてうじうじしていたら地獄の時を告げるチャイムがなった。
”ピンポーン”
「あ、あ、あぁ……終わった。さらば俺のEPOライフ………」
ビクビクしながらモニター越しにインターホンを鳴らした人物を見る。そこには俺のよく知る黒髪ロングのお姉さんがいた。
”ピンポーン”
あぁ、また鳴ってる。
正直居留守とか使いたいけど、俺の日常生活を完全把握してるこのお姉さんには通用しない。なんで把握してるの?
俺がサボってEPOばっかりしてるからですね。
”ピンポーン”
俺はもう覚悟を決めた。今の俺の表情は絶対キリってしてる。覚悟を決めた男の背中を見やがれ!
「あ、おはよーございまーす。」
「おはようございます。」
やばいかも。すみませんインターホン3回も鳴らす手間をかけさせて。
でもここで下手にでるのは下策。あえての強気。
「いやー今日も早いっすね。」
「もう11時ですが?」
言葉の棘が会う度に太くなってる気がする。解せぬ。
「……原稿は仕上がってますか?」
「あっ………」
「今日は書き上がるまでこの家にいますので。」
文章にすると凄い魅力的な言葉に見えるだろ?実際は死刑宣告だからな?
絶対に俺に労働を強いる意思を感じる。
彼女、
見た目はめちゃくちゃ清楚で優しい雰囲気だけど仕事の時はマジで恐い。
そんな恐い人をリビングの椅子に座らせて俺は作業用のPCを起動させる。
本当は契約してからネットでやり取りするんだけど、あまりにも俺がルーズすぎるからこうして押しかけてきたのだ。事務所が近いってのも理由だな。
貴方は借金取りかなにかかな?
――――――――――
「う………あ、あぁ……うぇ…」
「やればできるじゃないですか。それでは私はこれを事務所に持って行きますので。」
「あ、はい。」
「次は遅れないでくださいよ。」
言いたいこと言うだけ言って文野さんは帰っていった。
「はぁ……疲れた。」
基本的に俺は労働なんて向いてないんだよ。社会性と協調性に真っ向から喧嘩を売る性格してるから俺は。
まぁでも今のほうが圧倒的にマシか。
「さーてと、やっとEPOができるぜ〜」
現実で疲れたきったこの心、ゲームでくらい癒してくれよな。
俺はダイブ機を被りEPOにログインする。
「Dive in………」
その一言をキーに俺の意識は暗転した。
――――――――――
フロンティア 深月の森
俺が目を開けるとそこは真っ暗で何も映っていなかった。
それもそのはず。俺の今いるところは拠点の中に設置されている棺桶なのだから。
”ギ、ギギギ……!”
縁の金属が擦れる音と木の部分の軋む音が不気味なハーモニーを奏でる。
視界が次第に明るくなると目の前にはメイドがいた。この屋敷の最古参にしてメイド長を務めているナタリアだ。
その後ろには俺の眷属になったメイドたちがズラリと並んでいる。
うーむ、壮観。皆見た目いいし血も美味しいし。
ちなみになんで全員メイドなのかっていうとナタリアが元々メイドをしていたからだ。後から眷属にしていった子たちをナタリアがメイドに教育していった結果、この屋敷はメイドしかいない状況になった。
「おはようございます。」
「うん、おはよう。」
ナタリアが挨拶すると後ろのメイドたちも綺麗に礼をする。
軍隊かよってぐらいに整ってるからびっくりするよ。
「俺がいない間なにかあった?」
「いえ、特には。………ただ魔物との戦闘で怪我人が複数出ました。」
「治療は済んでる?」
「はい。」
「ならよかった。後で血を飲ませようか。」
「なっ…!?よ、よろしいのですか?」
「うん。全員飲んでいいよ。」
ナタリアに俺がログアウト中に問題が起こったりしてないか確認する。
魔物との戦闘はわりとしょっちゅうだけど怪我人は結構珍しい。
彼女たちは現地人だが俺と共に戦ってきただけあって相当強い。この深月の森も戦い慣れているはずなのだ。
まぁ治療は済んでるし死者がいないだけマシかな。死んだらゲームとはいえ悲しい。
だから俺の血を久々に飲ませてあげようって思ったんだけど毎回反応が大げさだ。俺にとって彼女たちの血が美味しく感じるように、彼女たちも俺の血は極上ななにかだと思ってるらしい。
後ろに控えてるメイドたち皆ざわざわしてるし。
「じゃあ後で俺の部屋に1人ずつ来てね。」
「はい……!」
棺桶から出てリアルな感触の服を整える。
ナタリアたちに俺の部屋に来るように言って、俺の寝室とも言える棺桶が置かれてる広間を出る。
俺の部屋というか書斎みたいに俺がEPOで集めた本だったり美術品を飾っているところに向かう。
「いつ見ても綺麗だなぁ。彼女たちには感謝しないと。」
道中の廊下には埃1つ落ちてないし窓も汚れがなく光を透き通している。
感謝はこの後血を吸わせる時に伝えよう。
俺は微笑みながら廊下を歩いていくのだった。
――――――――――
「あ、あのそれではよろしいですか……?」
椅子に座っている俺の腿に乗っかりながら緊張した面持ちで彼女は耳元で囁く。
「いいよ。」
ちょっとくすぐったいが俺はにこやかな表情を変えずに答える。
至近距離でナタリアの心臓の音が聞こえてくる。鼓動の速さが彼女の緊張を伝えてきた。
「で、では………」
”カプッ”
吸血鬼特有の犬歯を俺の首筋に立てて抱き合うように血を吸い出す。
俺は特に抵抗などせずに血を差し出している。絵面は中々にやばいが彼女たっての希望なのだ。変に意識するほうがマズい。
「美味しい?」
「プハッ……!は、はい。」
俺が味を聞くと彼女は首筋から唇を離し息継ぎをする。
恍惚とした表情は他人には絶対見せられない。それだけでも俺の血が不味いというわけではないことが分かる。
「俺も飲んでいい?」
「もちろんです……!」
”カプッ”
彼女の欲情しているかのような顔を見ていたら俺も血を飲みたくなってきた。
俺が血を飲んでいいか問うと彼女は嬉しそうに服をはだけさせ首筋を差し出した。
すぐに俺は噛みつき血を吸う。
噛まれている間多少痛みがあるはずなのだが、彼女はそんな素振りは見せず逆に艶のある声を出し始めた。
「んんっ……あ…うぁ……」
妙な気持ちにさせてくる声だが今は彼女の血を味わないと失礼だろう。
彼女はメイドたちのまとめ役であり最も強い。よく魔物と戦い運動しているおかげか実にジューシな味わいだ。旨味が染み出してくる高級和牛の肉汁のような。だが脂身が多いわけではないからこそサッパリして重くない。
「……あぁ、美味しかったよ。」
「んぅ……ありがとう、ございます……」
俺が牙を抜くと彼女は少し切なげに声を出した。
まるで俺にもっと血を吸われたいみたいだな。
彼女はフラフラしながら俺の部屋から出ていくが大丈夫なのだろうか。
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