第14話 大司教殺害事件7(黒歴史)

2076年5月 コルネリア帝国首都バーベル 大聖堂


 『血の魔王』フォールと聖騎士団副団長アリエル率いる部隊が戦っていた時、他の魔王達も過激な戦闘を繰り広げていた。


「フハハハッ!!脆すぎるだろッ!!」


 『鬼神』キングはその剛腕で聖騎士を力任せに殴り飛ばしていた。

 本来なら現実で学んだ戦闘技能を使うキングだが、今は圧倒的な暴力だけでその場を支配していた。


「グッ…!!この、バケモノめがッ!!」


 対峙している聖騎士、聖神教会コルネリア帝国支部聖騎士団第2部隊隊長シルバはとっくに全滅した部下の亡骸を背に悪態を吐く。


「だがッ!技がないお前など恐れるに足らん!!」

「ハハハッ!純粋にただ暴れるだけってのもいいもんだぜ?………だが、お前が俺の技を見たいってんなら………見せてやってもいいぜ?」

「……!?」


 怪訝な表情をするシルバの目の前には、これまで何の構えもせずに殴り飛ばしていたキングがボクシングのジャブを打つ構えを取る姿があった。


「………これはただのジャブだ。お前はどこまで耐えられるんだ?」

”シュッ……!”


 風を切る音と共に放たれたその一発は剣を構えていたシルバの左頬を正確に撃ち抜いた。


「グハッ…!!」

「まだまだいくぜッ!」

”シュッ…!シュッシュッ!!”


 ただのジャブであるが現実でボクシングなどの格闘技で磨かられた技術から放たれるキングの一撃は異様なまでに重い。

 完璧な体重移動、正確無比なパンチ、それだけでなく相手の反応を完璧に捉える視野の広さ、反射神経。これらによってキングは攻守一体の完成された格闘術を扱う。

 特に真っ直ぐなパンチは体重が、力が綺麗に乗るため重みが違う。

 それをこともなげに放つキングの異彩な才能と努力がそこにはあった。


 そして相対しているシルバにはそれを受け止める度量がない。確かにフロンティアでは魔力や魔法といった現実にはない要素がある。

 だがそれはキングの才の可能性を広げるだけであった。魔力とゲームならではの超越した身体能力。それにより出来なかったことが出来るように、使えなかった戦術が使えるように、高めようのなかった技術が高められるように。

 キングはあっという間に魔王となりプレイヤー最強に名乗りを上げるようになった。

 シルバもまた相当な才能と努力があったのだろう。それでも現実で何年もの間に精錬されていった格闘術とキングの積み重ねた経験には大きな差がある。

 つまり今シルバがキングの高速ジャブで崩れ落ちているというのは何ら不思議なことではないのだ。


”カランッ……”

「…………」

「チッ…!もう落ちやがったか。」


 剣の落ちる音と同時に意識を失ったシルバは床に倒れた。


「…………俺の仕事は終わりだが、パンドラの奴は大丈夫か?」


 言葉では心配しているがその表情はニヤリと歯を見せている。

 彼ら魔王はお互いのことをよく知っている。だからこそ分かる。今回の相手は普通のプレイヤーならば苦戦はおろかまともな勝負にすらならない。しかし魔王の相手にしては弱すぎる、と。


――――――――――


「ひ、ひひひ………み、皆、ゆ、夢の中。ひひ、ひひひ。」


 眠りこけるように倒れている聖騎士たちを眺めながら不気味に笑っているのは『童話』グリムだ。

 彼はいわゆる夢魔に属する種族で人々を夢の世界へ誘う事ができる。さらに彼の職業は司書関連のもの。童話という異名も彼が誘う世界はまるで昔話のようだったから。

 そして今聖騎士たちは夢の世界へと旅立っている。どんな夢を見ているのかは本人と夢を見せているグリム以外には分からない。


「ひ、ひひ……き、今日は、べ、別に倒す、ひ、必要はない、よね?」


 そう彼らの役割はただ聖騎士たちがパンドラの元へ行って邪魔をされるのを防ぐだけ。

 フォールやキングのように惨殺する必要は全く無い。

 そういう意味ではグリムはわりと良心的だ。無用な殺しはしないしやられたらやり返す程度。それでも魔王の地位に居座るのはどこか歪んだところがあるからなのだろう。


 彼は倒れている聖騎士たちを椅子代わりにしていつの間にか取り出していた本を読み始める。

 どこからか悲鳴が聞こえてくるが本の世界へ入り込んだグリムには無関心そのものであった。


――――――――――


”ドゴッ!!”


 素手とミスリルの剣がぶつかって出る音でないものが響く。

 『人魔』♱堕天♱は聖騎士団第1部隊隊長クレト相手に素手で戦っていた。


「アハハハハッ!!最っ高ねッ!!」

「クゥッ!!黙れクソアマがッ!!」


 普段の無感情無表情からは考えられない程に狂乱的な笑みとハイテンションな叫びの♱堕天♱とは対照的に苦々しい表情と聖騎士とは思えない言動をするクレト。

 そこには覆せない力の差が如実に現れていた。


 戦闘が始まってから♱堕天♱は聖騎士をいたぶるように殴り続けている。当然聖騎士もやられっぱなしでいる訳にはいかない。

 陣形を作り囲うようにして逃げ場を封じた。だが明らかに格闘家のような戦い方をしていた♱堕天♱がいきなり魔法を使ってきた。

 これまでは手を抜いて戦っていた。そのことに気づいた聖騎士たちの屈辱は計り知れない。だが怒りに任せた行動はまずカモにされる。

 過剰なほどに魔力を込めて発動させた魔法は跳ね返され、無茶な突撃をすれば待ってましたとばかりにタコ殴り、明らかに罠な隙を突こうとすれば嘲笑と共に足蹴にされる。

 そうやって味方を何人も失ってようやく冷静さを取り戻した。だが遅い。

 陣形を組もうにも人数が足りない。囲もうにも隙間ができて意味を成さない。魔法はひらりひらりと避けられる。

 実質的な詰みであった。

 そこからはただのいじめである。抵抗さえも許されない暴虐の化身。暴君の姿そのものとも言えた。


 ボコボコに殴られ続けた聖騎士たちの最後の1人となったクレトに♱堕天♱の拳が降り注ぐ。


「アハハッ!あんた馬鹿だねッ!!弱いしクソ雑魚ナメクジだし!アハハハッ!」


 そんな罵倒と共に殴られ続けてもクレトは反論すら出来ない。させてもらえない。

 最後は無言のまま顔を真っ赤にさせていたところをアッパーカットで気絶させられ床に伏した。


「ハァー……すっきりしたっ!」


 手を上に伸ばしてぐーっと伸びをする彼女の表情はいつになく爽やかであった。

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