第15話 大司教殺害事件8(黒歴史)

2076年5月 コルネリア帝国首都バーベル 大聖堂


 『血の魔王』フォール、『鬼神』キング、『童話』グリム、『人魔』♱堕天♱の戦闘は終わった。

 残るは『禁忌の悪魔』パンドラのみ。

 

 パンドラはキングと共に侵入し聖謐の剣が保管されている場所へ移動していた。その道中は不気味なほどに何もなかった。

 それもそのはず。教会側は魔王の力を侮ってなどいなかった。そして自身らの誇る聖騎士団長の力を信じている。

 だから他の魔王の足止めもとい尊い犠牲を用意し、残りの戦力を聖謐の剣の守護に当てた。

 だが忘れてはならないのはそれはパンドラの望んだ形でもあるということを。


 パンドラが不気味な地下通路を抜けるとそこには異様な雰囲気を纏う聖騎士団長と30人程の聖騎士が隊列を組んで待ち構えていた。


「………貴方が、『禁忌の悪魔』で合ってますか?」

「……正解。私が聖謐の剣を狙っている禁忌の悪魔で合ってますよ。」


 スッと前に出てきたのは吸い込まれそうな漆黒の髪に他者を誘惑する甘い顔の青年。聖神教会コルネリア帝国支部聖騎士団団長という大層な肩書を持つ青年、ノースマン・コールは腰に差していた刀を抜き、丁寧な口調でパンドラに話しかけた。

 それに対してパンドラは顔に刻まれた幾何学的な紋様を妖しく光らせながら答えた。ゆったりと余裕を見せているのは自身の実力に絶対の自信があるからなのだろう。


「私の目的は聖謐の剣だけです。できれば貴方たちを殺さないでおきたいのですが………」


 パンドラの悲しそうな表情に一部の聖騎士は揺らいでしまう。

 だが聖騎士団長は揺らぐどころかバッサリと斬ってしまう。


「そうですか………ならば殺されていてください。今なら私が何の苦しみもなく一太刀で終わらせますが?」

「あらら、残念。あぁ、でも貴方に私を殺すなんて無理ですよ?」

「………試しますか?」


 悲しそうな表情から一転おどけた感じになったパンドラはその余裕の笑みを見せて魔法を発動させる。

 それに対して聖騎士団長は不思議な剣を構えていた。無駄な装飾のない剣でありながら無骨ではなくむしろ繊細で神聖さを感じられる。

 その剣を見てパンドラは目を見開いた。つまりこれが本物の聖謐の剣であると。


「驚きましたね……貴方が使用するのですか?それを。」

「えぇ。使い方はある程度理解していますので………これで貴方を殺します。」


 お喋りをしている間にもパンドラは魔法陣を展開し続けているし、聖騎士団長も部下たちに魔法を発動させている。


「それでは、始めましょうか……”オリジン:獄弓”」

「……ッ!発動させろ!」

「「”連環障壁”」」


 パンドラの魔法を合図に戦闘は開始された。

 最初に放たれた魔法はパンドラの完全オリジナルの魔法で複数の属性を混合させた複雑なものだ。その分発動に時間が掛かるがその攻撃力は凄まじい。

 そして聖騎士たちの発動させた魔法は『血の魔王』フォールを対戦した副団長アリエルらが使っていたものを同じである。だが精度はこちらのほうが数段上で個人の武も相当なものだ。


”ドドドッ!!”


 パンドラの放った魔法”オリジン:獄弓”は黒く燃え盛る炎の矢を飛ばす魔法だ。それを今回パンドラは的を自身以外の全員にし、それで葬り去るつもりで発動した。

 しかし聖騎士たちの発動した”連環障壁”はそれを見事に防いだ。フォールの攻撃を幾度も阻んだその障壁の頑強さはもはや魔王級。

 ただ守るだけなら、ただ生き残り続けるだけならば聖騎士の右に出る者はいない。

 だが今回は相手が悪すぎた。『禁忌の悪魔』パンドラはあまり知られてはいないのだがEPOで1、2を争うレベルの魔法の専門家だ。当然”連環障壁”の弱点もさっきの一撃で理解しているし、破壊の仕方も分かっている。


「……いい魔法ね。ま、もう破壊するんだけど。”禁呪:呪怨結界”」

”パリンッ”

「なっ!?”連環障壁”が破られた!?」


 結界の割れる音と共に聖騎士たちの動揺の声が上がる。彼らにとってそれは初めての経験であった。どんなに強大な敵でも破壊などされたこともない。ヒビ1つ入らなかった自慢のそれをたった一発で破壊されたのだ。

 動揺は次第に恐れに。パンドラは戦いの標的から恐怖の対象に。変化してしまった。

 それによってパンドラの発動した”禁呪:呪怨結界”が火を噴く。

 ”禁呪:呪怨結界”とはこのフロンティアで禁忌の1つに数えられている精神操作系の魔法である。この結界内には自身の魔力と負の感情が満たされるようになり、それに当てられると精神に支障をきたすようになる。

 ちなみに連環障壁が破られたのはパンドラの魔力が空間に満ちたために魔力の通り道が遮断されたためだ。

 そうしてまともに影響を受けてしまった聖騎士たちは同士討ちを始めてしまった。

 だがここでストップをかけたのは他ならぬ聖騎士団長であった。


「”静謐”」


 その一言で辺りに満ちていた負の感情が消えてしまった。


「チッ……!聖謐の剣……面倒な。」

「そうだ。………ここからは俺が前に出る。お前たちは大司教様の護衛と戦闘の補助をしろ。」


 聖謐の剣の能力の1つ、静謐と唱えると周囲で発動している魔法全てを強制的に解除するというものだ。これは敵味方関係なく効果があるため聖騎士団長はずっとタイミングを見計らっていたのだ。

 そして部下の聖騎士たちではパンドラの相手は荷が重いと判断したためすぐに指示を出し、自身は聖謐の剣を持って前に出た。


 そこから先の戦いは凄まじかった。なんとかして距離を詰めようとする聖騎士団長と距離を取り聖騎士団長の動きをコントロールしようとするパンドラ。

 2人の激戦の余波で何人か聖騎士は命を落とした。

 一方的に攻撃しているのはパンドラで聖騎士団長の動きもコントロールできているように見えるが、聖騎士団長がそれでも敗北しなかったのは徐々に聖謐の剣に慣れ始めていたからだ。

 2人の戦いは永遠に続くかと思われるほどに互角であった。同じ魔王しか自身と同格の戦いをできる者いなかったがようやく現れたことに歓喜の表情を見せるパンドラと国を出てから爆発的な成長を望めなかったところへ現れた強敵に感謝を示す聖騎士団長ノースマン。2人の思いは奇しくも似ていた。

 だが終わりは突如現れる。


「やぁ、パンドラ。まだ終わってなかったんだ?」

「ッ!?増援だと!?」

「……フォール。何しに来た……」

「冷たいなぁ。手伝おうか?さっさと終わらせないと面倒くさいよ?」

「分かった………」


 その場に現れたのは『血の魔王』フォール。声を発するまでここにいたことすら誰も気づかなかった。

 新たな魔王の登場に聖騎士団長の精神は揺らいでしまった。足止めをしていた部隊の壊滅、そして自身の敗北を悟ってしまったからだ。

 そしてその揺らぎを見逃す程魔王は甘くない。

 パンドラは即座に高火力魔法を放ち、フォールは骨龍ノ大剣を握りしめ瞬時に接近した。


「おおおぉぉぉおお!!!!」

「フッ……!」


 死を覚悟した咆哮と共にギリギリでパンドラの魔法を避けた聖騎士団長。

 だがその先にはフォールが待ち構えていた。


”ザンッ!”


 聖騎士団長の整った顔が宙に飛んでいく。

 頭のなくなった胴体からは血が吹き出し、前のめりに倒れ込んでいった。


「楽しかったよ……ノースマンさん。」


 そう言ってパンドラは聖謐の剣を回収しこの場にいる奴らに魔法を放った。

 どうやら目撃者を消すらしい。

 聖騎士と大司教は声すら上げられずに塵になって消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る