第8話 大司教殺害事件1(黒歴史)

2076年5月 コルネリア帝国首都バーベル


 曇天の空から白い雪が降り注ぐある日。

 雪が積り白い絨毯が敷かれている街の中を1人の人物が歩いていた。

 その者は黒を基調に赤や金で繊細な装飾をされたコートを着ており深く被ったハットで顔を隠している。

 見るからに不審者なその者は目的地である高級レストランへ入っていった。

 その店は首都バーベルの中では有名なレストランで貴族や裕福な商人がよく食べに来る。彼らの目的は単に食事を楽しむだけではない。一部の客は個室に予約を取りそこで密会を行う、なんてこともしばしばあるのだ。

 そして今回の客もそうゆう理由でこのレストランを利用する。


――――――――――


「やぁ…待たせたかな?」

「遅かったじゃん。」


 普段目元まで伸ばしている髪を今日はかき上げてしっかりと整えている。これならあーだこうだ言われんだろ。

 血の魔王だなんだ言われていようと中身は中二病陰キャだ。対人能力なんて終わってる。

 それはさておき一応時間通りにこのレストランに来たが全員既に来ていたようだ。

 俺がデートの待ち合わせとかで良いそうなセリフを言いながら個室に入ると『人魔』の二つ名を持つ♱堕天♱が答えた。


「一応時間通りなんだけどな。」


 そう言い返して部屋を見渡す。その個室は大きい白の丸テーブルとそれを囲うように6つの椅子が置かれていた。1つは空席になっている。

 この場にいるのは俺と♱堕天♱以外に今回の密会の発案者である『禁忌の悪魔』パンドラ、俺たちがEPOを始めたての頃からの友人にして近接最強『鬼神』キング、同じ魔王ではあるが色々謎が多い『童話』グリムの計5人である。

 全員が魔王と呼ばれており人類に加護を与えている『聖神』から神敵として認められている者たちだ。逆に魔物に加護を与えている『卑神』という神は完全放置だけどな。よく分からん。


「さて今日皆に集まってもらったのは1つ相談があるからだ。」


 透明感の高いグラスに注がれた水を飲んでいるとパンドラが口を開いた。

 彼女は悪魔系の種族で頬にある幾何学的な模様が特徴的な少女だ。種族は二つ名にもされている『禁忌の悪魔』。魔法系の職業についていて遠距離最強だ。そしてめちゃくちゃ頭が良い。戦闘中も相手の動きを予測して魔法を放ち終始近寄らせず相手の挙動を支配する。

 俺も戦ったことがあるが自分の実力を発揮できない感じがして嫌な相手だった。


「珍しいな………いや、ラプラスか?」

「……そうだね。」


 重圧感を与える低い声で呟いたのはキングだ。

 キングは元々ゴブリンを選択したプレイヤーで、進化した今は何の種族になっているかは知らない。

 大柄な体躯に浅黒い肌、額からは尖った角が生えている。まさに鬼と言った見た目をしている。

 そんな彼の口から出てきたのはラプラスという名。それはこの場にいる全員だけでなくフロンティア全域で最悪の悪魔として知られている魔王の1人であった。


「ラプラスからの命令でこのバーベルの大聖堂に保管されている聖神の神器『聖謐の剣』を強奪する……そういう話だよ。」


 ラプラスと面識のあるパンドラは何かとお使いみたいな感じで聖神関係の物を強奪するように命令されている。今回もそういう感じなのだろう。

 そしていつも俺達に協力を頼む。さすがに1人で挑むのは手間がかかりすぎるからな。大体はパンドラ以外が暴れて注意を引き、その隙に盗むみたいなね。


「………馬鹿なんか?」

「そう思うよね………でもラプラスだから。」


 つい思ったことが出てしまったようだ。

 何ていうかパンドラって結構苦労してるよな。

 パンドラもラプラスには逆らえないからこうして言いなりになってるわけだが相当な屈辱のはずだ。協力しないと後が怖すぎる。


「そ、そんなことより、け、計画は?」


 吃音を持っているらしい青年『童話』の二つ名で知られるグリムは聖謐の剣強奪の計画のほうが気になるようだ。


「たしかにねー、今回も面白いの用意してくれてるんでしょ?」


 艷やかな黒髪に白のメッシュを入れている美人だが中身は脳筋な上に狂気的という残念なヤツ『人魔』♱堕天♱が感情の篭っていない声で話す。


「ちゃんと用意してるよ……私が考えた完璧な計画を。」


 そう言ったラプラスはテーブルに地図となにかの建物の設計図を広げた。


「これは帝都バーベルの大聖堂付近の地図と大聖堂の設計図だ。」

「……こんなんどうやって手に入れたんだよ。」


 地図はともかく大聖堂の設計図なんて完全な機密だ。どう考えても盗んだとしか思えない代物である。


「フォールくんって結構目ざといよね……」

「うるせぇよ。」

「まぁこれは情報屋からだね。君たちもよく知ってる………ね?」


 その情報屋には心当たりしかなかった。そしてヤツならば機密である大聖堂の設計図を入手していてもおかしくはないとも思った。


「………なるほどな。」

「それじゃ作戦なんだけど………」


 パンドラが話した作戦を聞いた俺達は『聖謐の剣』強奪計画に乗ることにした。

 その場は取り敢えず解散し当日ここに再び集合することとなった。


――――――――――

2076年5月 深月の森


「………って感じで大聖堂に襲撃をかけることになった。」

「なるほど……では我らは陽動を行えばよろしいのですか?」

「いや……お前たちは邪魔が入らないようにしてくれればいい。」

「かしこまりました。」


 最近になってようやく完成した拠点の屋敷に帰った俺は眷属兼メイドのナタリアたちに今回の聖謐の剣強奪計画について話した。

 さすがに俺のメイドだけあって理解が早い。いつもは陽動で暴れたりとかが多かったけど今回は陽動はいらない。大聖堂の中だけで完結する予定だ。


 しかしパンドラの頭の中どうなってんのかね。この強奪計画を教会側に漏らすなんてどう考えてもイカれてる。

 警備が増強されるのはもとより教会が誇る最大戦力聖騎士団が出張るのは必然だろう。

 それでもパンドラは俺達が勝つと読んだということ。嬉しいような面倒くさいような………ともかく娯楽が増えたことに喜ぶべきだな。


「それじゃ当日までに武器とかの調整終わらせといてよ?俺も調整してくるから。」

「はい……!いってらっしゃいませ。」


 メイドたちに準備の命令を出して、俺は武器のメンテナンスのために行きつけの鍛冶屋へ向かった。

 俺がメインで使っている武器はスケルトンドラゴンの亜種を倒した時に手に入れた骨を素材にした剣『骨龍ノ大剣』だ。斬れ味はもちろん頑丈さも折り紙付きで、元がスケルトンドラゴンだったため魔力の通りも抜群ときた。

 ただその素材ゆえに加工、整備ができる人物というのが限られている。これから向かうヤツは俺の知る限り最も良い鍛冶師のプレイヤーだ。過去のイベントとかで知り合ってフレンドになっていてそこそこ仲もいい。ただそいつの拠点は結構遠い。メンテナンスに行くのも面倒くさいのよなー。


――――――――――

クラード王国王都


 そんなこんなで俺は人類プレイヤーが最初にスポーンするクラード王国の王都に訪れていた。

 俺は街の中じゃなくて外の森にスポーンしたけどね。それでも少し懐かしさを感じながら街を歩いていく。周囲には初期装備を着た初心者プレイヤーが歩いている。

 ほっこりするなぁ。


 コツコツと靴を鳴らしながら目的地がある裏路地に入った。何度来ても暗くてどんよりしてて落ち着く。眩しいのはあんまし好きじゃないんだ。


 そこは知ってる人じゃないとまず入らないと言う程にボロい外観をした店だった。中からカンカンッと鉄を打つ音が響く。

 俺は何の躊躇いもなく扉を開け目的のプレイヤーの名を呼ぶ。


「入るぞー、什造ー!」


 まぁ返事は来ないのだが。ヤツのことだ、どうせ耳に入っちゃいないし俺の相手をするより鉄を打ってるほうがいいって言うからな。

 俺はしばらく什造が鉄を打つ音に耳を傾けながら並べられている剣を鑑賞するのだった。

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