第18話 仕事をはじめよう


 翌日は早朝から役所に行きリゲータの居住証明書を取った。

 2万8000ミルトがかかってしまったけど、これは先行投資みたいなものだ。

 ダンジョンの入場料に300ミルト、街への通行料が500ミルト、合わせて一日につき800ミルトの節約になる。

 二か月もしないうちに元は取れるだろう。

 リゲータは伏し拝むように証明書を受け取った。


「ありがとう、カンタ。でも、どうしてこんなに優しくしてくれるの?」

「なんでかな? よくわかんないけど放っておけないんだ」


 それが正直な感想だ。

 日々の暮らしは厳しいけど、だからこそ助け合って生きていきたい。

 この世界で友人と呼べるのは、まだリゲータしかいないしね。

 僕は孤独に耐えられるほど強い人間ではないのだ。


 リゲータの証明書を受け取ると、僕らはその足でダンジョン前に向かった。

 もう、通行料も入場料もかからないので安心だ。

 ちょうどポーターを募集している冒険者チームがいてリゲータはその人たちと一緒にダンジョンへ入っていった。


「夕方には戻ると思うから」

「気をつけて」


 ここのダンジョンは比較的マイルドで、死亡率はそれほど高くはないらしい。

 だけど負傷者は毎日のように出るそうだ。

 さらに言えば、ダンジョンの奥地はやっぱり危険らしい。

 基本的に深部に行くチームは少なく、だからこそ死亡率が上がらないとのことだった。

 リゲータを見送ると僕は持参した板を取り出した。

 これは大工さんにリンゴと交換してもらった端材はざいである。

 地面にちょうどよい消し炭が転がっていたので、それを使って僕は文字を書きつけた。


『マッサージ屋 疲れをとるマッサージをいたします。十五分 500ミルト』


 ちょっと強気の値段設定かなとは思ったけど、自分のスキルを安売りしたくない。

 それに、あの鬼女たちをも魅了したマッサージスキルである。

 いちどはまれば脱出は不可能なはずだ。

 そのうち常連客で行列ができることだろう。

 ダンジョン前広場の隅にある岩に腰かけ、僕は看板を立てかけた。

 そして、ぼんやりと周囲を眺めまわす。

 そんな僕の前を何人もの冒険者やポーターが通っていく。

 彼らはこれからダンジョンに入っていくのだ。

 チラッとこちらを見る冒険者もいるけど、ほとんどが忙しそうに無視していく。

 まだ今日という日ははじまったばかりだ。

 こんな時間に疲れてマッサージを頼みに来る人はいないかもしれない。

 本格的に忙しくなるのは夕方かもしれないな。

 僕は大きなあくびをして、日向で居眠りをはじめた。


 夕方になってもお客さんは一人も現れなかった。

 看板をちらちら見る人はいるが、全員が例外なく素どおりしていく。

 黙って座っているのが悪いのかな? 

 

「気持ちのいいマッサージはいかがですか?」


 風俗の呼び込みのお兄さんになった気分だ。

 コボンの条例違反になったりしないよね? 

 いちおう健全なマッサージ屋さんなのだが……。

 そうやって呼び込みをしているとリゲータが帰ってきた。

 けがもなく元気に帰還したようだ。


「ただいま、カンタ。お客さんは着た?」

「ぜんぜん。見向きもされないよ」

「あんなに気持ちいのにね。そうだ、私も呼び込みを手伝うね」

「疲れてない?」

「平気だよ。一緒に頑張ろうね」


 リゲータは荷物を降ろすと大きな声で呼び込みを手伝ってくれた。


「気持ちのいいマッサージはいかがですか? 一回500ミルトですよ」


 そうやってしばらく続けていると、冒険者らしきおじさんがリゲータの前で立ち止まった。


「ずいぶん安いな。本当に500ミルト?」

「はい! スッキリしていきませんか?」

「そうだなあ……」


 おじさんはリゲータの体を眺めながらだらしのない笑顔になった。


「500ミルトなら安いもんだ。やってもらうとするか」

「では、こちらへどうぞ」


 リゲータは腰かけられる岩を指し示す。


「えっ、ここでするの?」

「そうですよ。カンタ、お客さんだよ」

「…………」


 いや、このおじさんは絶対に勘違いしているって……。

 それでも、いちおうあいさつはしておくか。


「いらっしゃいませ」

「ふざけんなっ!」


 おじさんは怒っていってしまったけど、リゲータはよくわかっていないようだ。


「あの人、どうしたんだろう?」

「たぶん、リゲータが気持ちのいいマッサージをしてくれるとおもったんじゃないかな」

「…………ああ!」


 ようやくリゲータも理解したらしい。


「私、体を売ったことはないよ。元気で働けるうちはそんな必要ないし」

「そうだね。リゲータは悪くないよ。勘違いしたあの人が悪いんだ」


 僕はリゲータに座るよう促した。


「疲れただろう? ここでマッサージをしてあげるよ」

「でも……」

「肩とふくらはぎを優しく揉むだけだよ。変な声はでないって」

「それなら……」


 リゲータは岩の上に座り、僕はそっと首筋に指を這わせた。


「ん……」

「すごく張っているね」

「ポーターは重い荷物を運ぶから」

「いま楽にしてあげるね」


 放出する魔力を柔らかく保ち、僕はゆっくりとリゲータの肩をもみほぐしていく。

 そうしている間にも太陽は西の空に沈み、ダンジョン前の人どおりは少なくなっていく。


「カンタ、がっかりしないで。明日はきっとうまくいくよ。カンタのマッサージはこんなに気持ちがいいんだもん」

「そうだね」


 リゲータの言うとおりだ。

 また明日、頑張るとしよう。

 暮れていくダンジョン広場の前で僕はゆっくりとリゲータの肩をさすり続けた。

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