第17話 再会


 街に戻って探検を続けた。

 必要な店や役所などの場所を把握していく。

 そして午後になってから番兵さんが教えてくれたディグラン通りの安宿にはいった。

 宿泊費は1500ミルトで前払い。

 もちろん個室ではなく大部屋だ。

 人相の悪い宿泊客が多い気がするけど、僕の偏見かな? 

 荷物を盗まれないように気をつけておこう。

 特に現金と証明書は肌身離さずに持っていないとね。

 宿泊代を払ったら僕の持ち金はちょうど5万ミルトになってしまった。

 一日で半分も使ってしまったなあ。

 でも、けっして無駄遣いをしたわけじゃない。

 それでもお金ってどんどんなくなるもんなんだよね。

 だけど、こんなふうに出費がかさむのは問題だ。

 まだ余裕はあるけど、さっそく明日から働かないと。

 商売がうまくいくといいな。

 夕飯は鬼女の村から持参した食べ物で済ませた。

 大きなパンや干し肉、リンゴなどが手つかずだったのだ。

 非常食であるカップ麺にはまだ手をつけていない。

 パンを頬張っていると食堂の方から怒鳴り声が聞こえた。

 食堂と言っても特別な部屋ではなく大部屋とは一続きだ。

 だから怒鳴り声は筒抜けなのだ。

 ここではよく喧嘩がおきる。

 みんなイライラしているなあ……。

 巻き込まれないように気をつけなきゃ。

 特に僕は運が悪いのだから……。


「物欲しそうに見てんじゃねえ、獣人。あっちに行きやがれ!」


 食堂では野菜のごった煮のようなスープが売られていた。

 量はたっぷりで、小さなパンがついて値段は300ミルト。

 おそらく安いのだと思う。

 ただ、衛生面に問題がありそうだったので僕はやめておいた。

 現金も節約したかったからね。

 誰かが怒鳴られていたけど、きっと300ミルトが払えない人がいたのだろう。

 世知辛せちがらい世の中だ。

 なんとなく気になって食堂の方を見ると、そこには僕がよく知っている顔があった。


「リゲータ? リゲータじゃないか!」

「あ、カンタ。カンタぁああ!」


 人目もはばからずにリゲータが飛びついてきた。

 リゲータは僕の胸に顔を埋めて泣いている。


「どうしてリゲータがここにいるの? グレンドーンにいたはずだろ」

「私の小屋が風で潰れてしまったの。それで、あそこにはもう住めなくなって」


 リゲータは泣きじゃくりながらこれまであったことを教えてくれた。


「仕事を探してコボンに来たんだ。今日はポーターをしてお金をもらえたからここに来たの。ずっと野宿だったから久しぶりにベッドで寝たくて」

「苦労したんだね」


 たぶんろくに食べていないのだろう。

 リゲータはあいかわらずガリガリに痩せていた。


「ほら、パンを食べなよ。干し肉とリンゴもあるからね」

「カンタ……」

「泣かなくていいの」


 プリンの容器に洗浄水を注いでやると、リゲータはガツガツとご飯を食べ始めた。


 食事が終わると僕とリゲータはささやくようにこれまでのことを語り合った。

 大きな声を出すと他の宿泊客から怒鳴られるからだ。


「それじゃあカンタはずっと鬼女の村にいたの?」

「そうなんだ。いつまでたっても開放してもらえなくて、けっきょく逃げ出してきたんだよ」

「大変だったのね。でも、カンタのマッサージは特別だから、そうなるのもわかる気もするな」

「リゲータはずっとポーターの仕事を?」

「うん。たまに仕事にあぶれちゃう日もあるけどね」


 毎日仕事があるわけではないそうだ。


「荷物持ちは力のある人の方が喜ばれるんだ。だから非力な私には仕事が回ってこないこともあるの。あ、でも私は鼻がいいから、魔物のにおいを察知できることもあるんだ。それで雇ってくれる人もいるよ」

「リゲータも苦労したんだね」

「クタクタだけど、生きていかなきゃならないから」


 うん、人生ってそんなものかもしれない。


「疲れていない?」

「カンタに会えたから元気になったよ」

「本当に? そうだ、久しぶりにマッサージをしてあげようか?」


 リゲータにはもっと元気になってほしい。

 でも、リゲータは頬を染めながら首を横に振った。


「ここじゃだめだよ」

「どうして?」

「恥ずかしい声が出ちゃうから……」


 それはそうか……。

 リゲータにレベル5のマッサージをしたらどうなってしまうんだろう? 

 一瞬だけ邪な考えが脳裏をよぎったけど、僕はすぐにそれを打ち消した。

 リゲータは素直ないい子なのだ。

 だからこそ僕は心配になる。


「リゲータ、300ミルトのご飯を買うお金もないの?」

「まったくないわけじゃないんだよ。でも、ダンジョンに入るには300ミルトが必要でしょう? それに街へ入るには500ミルトかかるし」

「ああ、居住証明書がないんだね」

「え、カンタは持っているの?」

「うん、ほら」


 他の人には見つからないようにリゲータに証明書を見せてあげた。


「いいなあ、私も欲しいけど居住証明書は2万8000ミルトもするから」

「え?」


 いま、なんて言った?


「2万……8000?」

「そうだよ。カンタはいくらでそれを手に入れたの?」

「4万8000……」


 リゲータは気の毒そうな顔で僕を見た。


「それは番兵に騙されたんだよ。世間知らずが巻き上げられるのはたまにあるんだ。あ、カンタが間抜けって言っているわけじゃないからね」


 なんてこった! 

 あの野郎、ぜんぜん気のいいおっちゃんじゃなかったぞ。


「諦めるしかないよ。あとから抗議に行っても受け付けてもらえないから。逆に逮捕されてしまうかもしれないくらい」


 少しはマシになったようだけど、僕の運の悪さは相変わらずだった。

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