第11話 村長が帰ってきた
三日目の朝が来た。
今日を乗り切れば、明日には解放されるという約束だ。
昨晩も限界までマッサージをさせられたけど、もう少しの辛抱である。
それに、悪いことばかりではない。
毎日の強制マッサージのおかげで、今朝もまたレベルが上がっていたのだ。
なまえ:モガミ・カンタ(レベル2→3)
ジョブ:美容魔法師
ちから:2→3 すばやさ:4 たいりょく:3 かしこさ:5
うんのよさ:マイナス3
スキル:マッサージ(レベル2→3):気持ちの良いマッサージ。疲労をわずかに軽減する。
「うんのよさ」に変化がないのは置いておこう。
これはもう運命だと思って半ばあきらめている。
だけど、マッサージのレベルが3になったのはうれしかった。
いまのところ数をこなすことばかりに注力していて、大出力でのマッサージは試していない。
やってもいいけど、それをすると数をこなせなくなってしまう。
だが、焦って試すこともないと思う。
どうせ明日には解放されるのだ。
出力をあげてのマッサージはコボンの街についてからでも遅くはない。
街に着いたら看板を立てて流しのマッサージ屋さんから始めてみるか。
そういえば日本にいたときに、そんな商売を見かけたことがあるな。
この世界には労働者が多いようだから、それなりに稼げると信じたいところだ。
将来のことにあれこれ思いを馳せていたらラジャーナさんが朝食を持ってきてくれた。
「おはよう、カンタ。調子はどうだい?」
「ええ、いい感じですよ」
「ひょっとして、またレベルが上がったのかい?」
「そう、うまくはいきませんよ」
「そいつは残念だね」
本当のことをホイホイしゃべるのはもうやめだ。
僕だって賢くなっているんだぞ。
「飯を食ったら今日もさっそく働いてもらうからね」
今朝の食事も豪華で、大きなパンにたっぷりのイチゴジャム、リンゴ、ジョッキに入った牛乳、目玉焼き二個とハムが載っていた。
明日はたくさん歩くだろうから、しっかり食べて体力をつけておかないと。
僕はよく噛んで朝ごはんを残らずたいらげるのだった。
集会所で二人目の施術をしていると、急に外が騒がしくなった。
なにがあったというのだろう?
それでも手を止めることなくマッサージをしていると鬼女の一人が室内に駆け込んできた。
「村長がお帰りになったぞ。みんな、お出迎えに来い!」
施術中のお姉さんも立ち上がり、僕の袖を引っ張る。
「あんたも来るんだよ!」
なんだかわからないけど、逆らわないのが身のためだ。
僕は流れに身を任せて、他の鬼女たちと一緒に表に出た。
広場ではほぼ全員の鬼女たちがズラッと並んでいた。
その向こうからひときわ大きな鬼女が歩いてくる。
身の丈は三メートルほど、傷だらけの体は筋肉質で、髪はまぶしいほどの白髪、目はここにいる誰よりも鋭く赤かった。
他の鬼女とは迫力が段違いで、村長さんと比べたらラジャーナさんが可憐に思えるほどである。
僕は恐ろしくなり、ずっと下を向いて頭を下げていた。
余計なトラブルには巻き込まれたくない。
「おかえりなさい、村長」
「おう、おう。私の留守中、変わったことはなかったかい?」
「いつもどおりですよ。人間を一人スープにして、もう一人はこのとおり働かせております」
「そうかい、そうかい」
村長さんは満足そうにうなずいている。
見た目はものすごく怖いけど同族に対しては優しい人なのかもしれない。
「村長、お疲れじゃありませんか?」
「そうさね、私も年のせいか少しだけ疲れたよ」
「だったらちょうどいいじゃないか、こいつにマッサージをさせようよ」
誰かが余計なことを言いやがった。
こんな怖い人をマッサージ?
勘弁してほしい……。
「マッサージとはなんだい?」
「こいつは美容魔法師ってジョブ持ちでしてね、マッサージというのは――」
ラジャーナさんが僕のスキルについて村長に説明している。
「へぇ、おもしろそうじゃないか。さっそくやってもらうとするかね!」
村長さんはそのまま集会所の中に入っていく。
まあ、こういうのはいつものことだ。
殺されないように頑張るとしよう。
村長さんに腰かけてもらい、僕はいつものように魔力を指に集めた。
「それでははじめます」
「ああ、やっておくれ」
僕はいつものように指で村長さんの肩を押した。
ところが、今回は何かが違う。
他の鬼女たちには感じられない反発するような力が指を押し返してくるのだ。
ひょっとして、村長さんのパワーが強いから僕の魔力を押し返してくるのか?
「どうです、村長。気持ちいいでしょう?」
ラジャーナさんが聞いているけど村長さんは浮かない顔をしている。
「うーん、ちっともよくないねぇ……。こりなんてほぐれないよ」
それを聞いて慌てたのは周りの鬼女たちだ。
「おい、もっと力を込めてやらないか! 食われちまいたいのかい?」
「は、はいぃいっ!」
こうなっては仕方がない。
これまではレベル1の力でマッサージをしてきたけど、もう一段階あげてレベル2にしてみよう。
レベルアップはばれてしまうけど、殺されるよりはましである。
「シフト・セカンド!」
僕は放出する魔力量を上げてマッサージに取り組んだ。
するとどうだろう、先ほどまで反発するような力を指先に感じていたのに、それがみごとなまでに消えたではないか。
「お、いい感じになってきたね。はあ、気持ちがいいよ」
よし、これで殺されずにすんだな。
この調子で終わりまで持っていこう。
そう思っていたのだが、まわりの鬼女たちがそれでは満足しなかった。
「こら、カンタァ! もっと、もっと、気合を入れてやんなっ!」
「でも……」
「でもじゃないんだよ、ゴラアッ! やらないっていうんなら」
「わかりましたよ! シフト・サード!」
僕は今できる最大まで魔力を上げた。
とたんに村長さんの反応が変わる。
「お……、おお! こいつはいい……。そのまま続けておくれ」
「は……い……」
軽く言ってくれるけど、僕は魔力の放出と制御でテンテコマイだよ。
これは思っていた以上に難しいもんだなあ。
まあ、やり続けていれば慣れるとは思うけど。
かなり難しかったけど、村長さんのマッサージをなんとかやり切った。
「ふぅ、なかなかよかったよ。あんたはいつまでいるんだい?」
「明日には解放してもらう約束です」
「だったら、出発前にもう一回頼むよ」
「わかりました」
長い物には巻かれろ、ということわざもある。
ことを穏便にすますためにも逆らわずにおいてやろう。
「よしよし、ご褒美も用意してやるからしっかり頼むよ」
村長さんは機嫌よさそうに自分の家へ帰っていった。
先ほどマッサージを途中までしていたお姉さんが僕に教えてくれる。
「あんた、運がいいねえ」
「僕の運が?」
この人は僕の「うんのよさ」がマイナス3なのを知らないな。
「だってさ、村長があんなことを言うなんてめったにないことだよ」
「そうなんですか……。ところで、ご褒美ってなんなのでしょう?」
「前に旅の楽師を捕まえたんだけど、村長はその男の演奏をいたく気に入ってね。そのときは出発の日に金貨を一枚わたしていたよ」
現金の持ち合わせはないから、それはかなりありがたい。
金貨の価値はよくわからないけど、少ない額ではないだろう。
もしお金がもらえるのなら、コボンの街で野宿することは避けられそうだ。
「さあ、次は私のばんだよ。まだ、マッサージは途中だったんだから」
お姉さんが僕を引っ張った。
さいわい、僕の魔力にはまだ余力がある。
村長さんにかなりの魔力を使ってしまったけど、あと数人なら何とかなるだろう。
ところが、お姉さんはとんでもないことを言ってきた。
「ところでさ、あんたは力を隠していたね」
「え……、それは……」
「シフト・サードとか呪文を唱えていただろう? ああすれば、あんたのマッサージの力は上がるんだね」
「まあ……」
「だったらさ、あたしにもシフト・サードとやらをやっておくれよ」
「え……、でも、そんなことをしたらすぐに魔力切れを起こしてしまいます。待っている人もいるので……」
だけど、お姉さんは引き下がらなかった。
「そんなこと知らないよ。つべこべ言わずにやりなさい。さもないと……」
お姉さんの目が赤く燃えている。
これはきっと激情型の瞳である。
こういう手合いに理屈は通じない。
「わかりましたよ、やればいいんでしょう」
他から文句が出たって知らないからな。
ただ、僕としても知りたいことがある。
村長さんレベルの鬼ならともかく、一般的な鬼女にレベル3のマッサージがどの程度効くのかは試してみたい。
よく見れば、このお姉さんも美人の部類ではある。
いわゆる地雷系の美女なのだ。
となると、いろいろ試したくなるのだって仕方がないよね。
「それじゃあ、はじめますよ」
僕はお姉さんの後ろに立って指先に魔力を込めた。
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