第10話 レベルアップ


 目が覚めると牢屋の中だった。

 鉄格子の間から朝の光が差し込んでいる。

 空気はひんやりとしていて、少しだけ寒かった。

 ぼんやりとした頭で昨晩のことを思い出してみる。

 そうだ、昨日の夜は集会場でマッサージをしたんだっけ。

 けっきょく魔力が尽きるまでマッサージを強制されて、意識を失ってしまったのだったな。

 きっと倒れた僕を誰かがここまで運んだのだろう。

 あんなになるまで働かされて、やっぱり僕は不運な星の下に生まれてきたのかもしれない。

 ステータスの「うんのよさ」だってマイナス3だし……。

「ステータスか……」

 ふと気になって、僕はステータス画面を開いた。


 なまえ:モガミ・カンタ(レベル1→2)

 ジョブ:美容魔法師

 ちから:2 すばやさ:3→4 たいりょく:2→3 かしこさ:4→5 

 うんのよさ:マイナス3

 スキル:マッサージ(レベル1→2):気持ちの良いマッサージ。疲労をわずかに軽減する。


 おお、寝ていた間にレベルが上がっているではないか!

 きっと限界まで鬼女たちをマッサージしたからだな。

 スキルを使うことで経験値が入るシステムなのかもしれない。

 だとしたら強制マッサージも悪いことばかりじゃないかもしれないなあ。

 ただ、魔力切れを起こすと死ぬほど苦しいから、もう経験したくないけどね。

 マッサージのレベルがあがっているけど、具体的にはどうなるのだろう? 

 これまで格上の相手だとマッサージ効果は薄かった。

 リゲータならガチガチに気持ちよくすることができたけど、ラジャーナさんだとそれほどではなかったことからも、それは明らかだ。

 レベル2程度では、さすがにラジャーナさんをあんなふうにはできないと思うけど、マッサージの効果は上がっているかもしれない。

 そのあたりは今日の仕事で試してみるとしよう。

 あと、「うんのよさ」の数値が相変わらずマイナス3のままなのにはがっかりした。


 しばらくすると朝食のプレートを持ってラジャーナさんが現れた。


「カンタ、気分はどうだ?」

「悪くありません。魔力も戻りました」

「そうか、そうか。今日もしっかり食べて、たくさん働くんだぞ」


 ここは食事の待遇だけはよく、朝ごはんもたっぷりあった。

 大きなパン、ゆで卵、燻製肉、マッシュポテト、骨で出汁をとったキャベツのスープなどが並んでいる。


「今日もやっぱりマッサージですか?」

「当然だろう。せっかく美容魔法師を捕まえたんだからな」


 とりあえず反抗の態度は見せず、おとなしく黙っておいた。

 こんなこともあと二日の辛抱だ。

 三日間奉仕すれば鬼女からは解放されるのだから。


 昨日と同じように集会場に連れてこられた。

 建物の中にはもう四人の鬼女が座っていてぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。

 いちおう僕の限界に合わせて施術するのは四人だけにしてくれたようだ。

 だからといって感謝するほどのことではない。

 僕のレベルは上がり、放出できる魔力も上がっている。

 だが、ここはあえて昨日と同じ出力でマッサージしてみるとしよう。

 まずは自分の限界を探るのだ。

 おそらく、今日は四人の施術が終わっても魔力切れを起こすことはないだろう。


「それでははじめます」


 昨日と同じように一人につき二十分くらいの時間をかけて施術したけど、なんだか調子がいい。

 魔力の調節がずっとうまくなった気がするのだ。


「はい、これでおしまいですよ」


 施術が終わった人の肩をポンと叩くと、その鬼女は名残惜しそうに椅子から立ち上がった。


「なるほど、みんながあんたを雑用に回さないわけだ。こんなに気持ちがいいとは思わなかったよ」

「そりゃあどうも」

「また、頼むよ」


 また頼むといわれても、それはどうなんだろう? 

 この村の鬼女は二十七人だ。一日につき八人の施術をこなしても、三日で二十四人の計算だ。

 いまなら一日につき十人くらいはできそうだけど、二周目はたぶんないだろう。

 まあ、余計なことを言って鬼女の気分を害すことはするまい。

 僕はにっこり微笑むだけにとどめて次の人を呼んだ。


 こうして四人の施術が終わったが僕は魔力切れを起こさなかった。

 レベルアップにともない保有魔力量も上がったことが証明されたぞ。

 これならもう一人か二人くらいならマッサージができそうだ。


「あんた、昨日みたいに顔色が悪くなっていないね」


 鬼女のおばさんが僕の顔を覗き込む。


「はあ、今日は調子がいいみたいです」

「そうかい。だったらトキノさんを呼んでこないと」

「トキノさん?」

「次にマッサージを受ける人だよ。あんたがぶっ倒れると思って仕事に出かけたけど、魔力が切れていないのならやってもらわないと。あとがつかえているんだからね!」


 おばさんはドタドタと足を踏み鳴らして出ていき、エプロンをつけたままのトキノさんとやらを連れてきた。


「へえ、本当に元気そうじゃないか。だったら私の肩も頼むよ」


 これはもう、断れそうな雰囲気じゃないな。


「わかりました。それでははじめます」


 けっきょく、僕はさらに二人分のマッサージをやらされ、魔力切れを起こしてぶっ倒れた。

 気持ち悪くて死にそうだよ……。

 こんなことなら、四人目が終わった時点で魔力切れのふりをしておけばよかったな……。


 僕は再びラジャーナさんにお姫様抱っこで牢屋に運ばれた。


「よかったじゃないか。きっとレベルが上がったんだね」

「まあ……」

「よしよし、夜も六人の相手をしてもらうから気張るんだよ」

「は……い……」


 レベルが上がっても、僕の「うんのよさ」はマイナス3のままである。

 つまりこういう運命なのだろう。

 こうなったら、鬼女の村での生活は修行だと割り切ってしまうしかない。

 僕は夜の仕事に備えて静かに目を閉じた。

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