第8話 僕のお仕事

 唯一の荷物であるビニール袋を牢屋のベッドの上に置いた。

 効果は薄いと思うけど上から毛布を掛けて隠しておく。

 中身はプラスチック容器とスプーン、それとカップラーメンとチョコレートだけだけど、いまの僕にとっては大事な資産だ。

 それにビニール袋じたいが貴重品にもなっている。

 カバンなんて持っていないからね。


 村の広場に戻ってくると、さっきのポメランさんに首根っこをおさえられてしまった。


「私が最初にマッサージとやらを試してみるよ。文句はないね?」


 きっとポメランさんは実力者なのだろう。

 異議を唱える人は誰もいなかった。


「で、どうするんだい?」

「それではどこかに座ってください。あの椅子がいいでしょう」


 木陰に椅子が置いてあったのでそこを指定した。

 あそこなら申し分ない。


「それでははじめます」


 殺されないように頑張るとしよう。


 僕のマッサージは気性の荒いポメランでさえ大絶賛だった。


「こいつはいい拾い物をしたよ! ただの手伝いよりよっぽどいいね」

「そんなにすごいのかい?」

「ああ、昨日の男とやったときよりも、こっちの方が具合がいいくらいさね!」


 ポメランさんの太鼓判が押されると他の鬼女たちは我も我もと詰めかけてきた。

 その数、総勢二十七名。それがこの村の全住人のようだ。


「くじで順番を決めよう」


 鬼女たちはワラでくじを作り、順番を決めている。

 はあ、二十七人ものマッサージをしなければならないのか。

 これは並のお手伝いよりずっと大変そうだ。

 それでも、殺されないためにはやるしかない。


 僕は黙々と三人のぶんのマッサージを終わらせたけど、この時点でもう頭がくらくらしていた。

 やたらとのども乾いている。

 なにせ鬼たちが相手なのでリゲータのときよりもずっと魔力と筋力が必要になるのだ。

 そろそろ少し休憩させてもらえないかな……。


「次は私をお願いね」


 そう言って椅子に座ったのは鬼にしては小柄なお姉さんだった。

 そうはいっても身長は175センチくらいで僕よりほんの少しだけ大きい。

 ただ、この中ではいちばんかわいらしい顔つきで、しかもむっちりとした体型がすてきだった。

 がっちりとした肉体の鬼女が多い中で、このお姉さんは柔らかそうなお胸とお尻をしている。

 これはもうひと頑張りするしかあるまい……。


「どうぞ、ここにかけて力を抜いてください」

「あんた、顔色が悪いけど平気かい?」

「まったく問題ありません」


 説明しよう。

 目の前に巨乳があると美容魔法師は普段以上に頑張れるのだ!

 僕は興奮を抑えながらお姉さんの肩に触れた。


「ああ、かなりこっていますねえ」

「わかる?」


 そりゃあもう、それだけご立派なおっぱいをしていらっしゃれば……。


「腕を上げてみてください」

「こう?」

「くすぐったいかもしれませんが腋のマッサージもしていきますね」


 少しでも胸に近づきたくて、僕はきわどい箇所のマッサージも施していく。

 だけど、そうやっていたら他のお姉さんたちに文句を言われてしまった。


「おい、ミンカばかり丁寧にやるじゃないか。あとが詰まっているんだよ」

「すみません。ですが、ミンカさんは特に肩の状態が悪くて」

「そうだろう? みんな、聞いてのとおりだよ。私は病人なんだから、しっかりともみほぐしてもらわないとね」


 僕は言われるがまま念入りにミンカさんのマッサージをした。

 何回か手の甲が巨大なおっぱいにあたってしまったけど、これは不可抗力というものだ。

 うん、鬼族はブラをしないみたいだな。

 素晴らしい文化だと思う。

 世の中にはこんなにすてきなタプタプ感があるんだなあ。

 異世界も捨てたものではないと、僕は感動の涙を流したほどだった。


 そんなこんなでミンカさんのマッサージが終わった。

 もう僕は限界だったのだと思う。

 なんとかやり遂げたのは、ひとえにミンカさんの魅力によるところが大きい。

 だけど、五人目の肩に触れたとき僕はがっくりと膝をついてしまった。


「おい、どうした人間?」


 ラジャーナさんが駆け寄ってきたけど、体に力が入らなくてしゃべることもできない。

 僕はそのまま地面に倒れてしまった。

 だめだ、吐き気とめまいがとまらないぞ。

 こんな体調不良は生まれてはじめてである。

 ポメランはそんな僕をつつきながら瞳孔を確認した。


「あちゃあ、どうやら魔力切れを起こしたようだね。これ以上のマッサージは無理じゃないかい?」


 なるほど、僕の施術は魔力を利用する。

 だから体内の魔力が枯渇すればこのような状態になってしまうわけか……。

 ポメランは僕の頭をつかんでみんなに質問した。


「どうする? 役に立たないなら食っちまおうか?」


 僕はこんなところで死んでしまうのか……。

 くそ、悔しいよ。

 どうせ死ぬなら美容魔法師のスキルを極めてからにしたかった。

 ていうか、どうせ死ぬのなら鬼女のお姉さんとセックスしてから殺される方が千倍ましだったんじゃないか?

 ポメランの相手はいやだけど、ミンカさんやラジャーナさんならありだと思う。


「ちょっとお待ちよ。殺すのはまだ早いって」


 そう言ってくれたのはラジャーナさんだった。


「そうだねえ、私も、もっとこの子にマッサージを頼みたいね」


 とはミンカさん。

 ありがとうお二人さん。

 あなたたちのマッサージはもっと心を込めてやるからね。

 ポメランのときはぜったいに手を抜いてやる……。

 なんやかやと話し合いがあって、けっきょく僕は殺されないことに決まった。

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