第7話 鬼女の村


 お姉さんの背中は鬼らしく筋肉が盛り上がっていた。

 これはなかなか揉みごたえがありそうだ。

 お姉さんは警戒することもなく僕に背中を見せている。

 リゲータもそうだったけど、この世界の女性は無防備の人ばっかりなの?

 いや、違うな。

 たぶん、僕のような人間には傷一つつけられないとたかをくくっているのだろう。

 もっとも実際そのとおりで、後ろからスリーパーホールドをかけても、軽く外してしまわれるに違いない。

 それくらい圧倒的な腕力差がありそうだった。


「それでははじめます」

「ああ、とっととやっておくれ」


 僕は指先に魔力を込めて肩のマッサージを開始した。


「へぇ、こいつは……悪くないね」


 お姉さんは肩の力をすっと抜いて僕に身を任せている。


「ここがけっこうこってますね。力仕事をしましたか?」

「わかるかい? 昨日はずっとまき割りをしていてね。ここのところ働く人間がいなくて仕事が増えちまったんだよ」


 それで僕をすぐに殺さなかったのかな?


「僕以外にも捕まっている……働いている人がいるのですか?」

「いまは一人だけね」


 その人と仲良くなれれば、この世界の情報をいろいろと引き出せるかもしれないな。


「もう少し外側を頼むよ。ああ、そこ、そこ」


 僕は昨晩よりも力と魔力を込めてマッサージをする。

 でも、ちょっとおかしいな。

 お姉さんの反応を見ていると、昨晩のリゲータほど気持ちよさそうではないのだ。

 どういうことだろう?


「ふう、魔力がピリピリとコリの奥をほぐしてくれる感じがするよ。美容魔法なんてはじめてきいたけど、けっこう使える魔法じゃないか」


 ふむ、マッサージには魔力が関係しているわけだが、そのせいかもしれないな。

 鬼女のお姉さんは肉体的にも魔法的にもリゲータより強力なのだろう。

 だから、リゲータほど気持ちよくないのだな。

 おそらく僕のレベルが上がれば、反応はもっと違ってくるに違いない。 

 こう言っては悪いが、リゲータはチョロ過ぎたのだろう。


 僕は肩と腕のマッサージを終えた。


「これで上半身のマッサージはおしまいです。ご要望があればヘッドマッサージや脚のマッサージもできますが……」

「いや、いまはこれでいいや。うん、コリがほぐれたよ」


 お姉さんは満足そうに腕を回している。


「それじゃあ……」

「安心しな。殺さないでおいてやる。その代わり三日間は私たちに仕えるんだよ」

「はい、よろしくお願いします」


 とりあえず殺されずにすんだようだ。

 (うんのよさ)はマイナス3だけど、生きていればそのうちいいこともあるだろう。


「じゃあ、今から村に連れて行ってやる。逃げ出そうなんて考えないことだよ。そのときはとっつかまえてスープか焼き肉にしてやるからね」


 赤い目が僕をじっとりとにらんだ。

 こいつらは本当に人間を食べるんだ。

 やばい、震えが止まらなくなってきたぞ。


「ククク、そんなに怖がらなくてもいい。おとなしく働いていれば食ったりはしない。飯も食べさせてやる」


 ご飯が付いてくるのか。

 だったらそう悪い話でもないか。

 あれ、僕は洗脳されている? 

 労働条件なんて最悪なのに、ご飯が食べられると聞いただけで喜んじゃっているよ。

 これが社畜根性というものだろうか?


「あんた、名前は?」

「最上寛太です」

「私はラジャーナだ。よし、ついておいで」


 僕はラジャーナさんの後に続き、道をそれて森の奥へ踏み出した。


 三十分ほど森の中を歩くと煙の臭いがしてきて、鬼女の集落が現れた。

 縄文時代の竪穴式住居のような家を想像していたのだけど、僕の創造よりはずっと文明的な家々が並んでいる。

 ほとんどが木材と土を固めた素材でできた家だ。

 鬼たちは大工仕事が得意なのかもしれない。

 家の周りには小さな畑なども並んでいて、ベリーの低木が実をいっぱいつけていた。

 ラジャーナさんに促されてついていくと、他の鬼女たちも集まってきた。

 聞いていたとおり女の鬼しかいないようだ。

 年かさの鬼女がラジャーナさんに話しかけている。

 顔だけみると年齢は四十代なかばくらいだろうか。


「ラジャーナ、ようやく人間を捕まえたのかい?」

「ああ、泉で水を飲んでいたんだ」

「これでやっと雑草抜きから解放されるよ」

「おととい捕まえた男はどうなった? あいつに仕事をやらせていたはずだろう?」

「あれかい? いや~……」


 鬼女のおばさんは頭をポリポリとかいてばつの悪そうな顔をした。


「ポメラン、あんた、またやっちまったね?」


 やったって、なにを?


「ここのところご無沙汰だっただろう? だから、ついムラムラしちゃってさ」

「まったく、困ったもんだねえ。で、あの男は?」

「殺してスープにしたよ。今日の晩飯さ」


 ひえええええ! 

 僕の先輩は殺されて肉料理にされちゃったの? 

 でも、どうして……。


「ポメラン、こいつはカンタ。頼むからこいつは殺さないでおくれよ。こいつには特別なスキルがあるんだから」


 ラジャーナさんは僕のスキルについてみんなに説明してくれた。


「そいつはいいね。さっそく私も揉んでもらうとしよう」

「ポメラン、言っておくけど……」

「心配しなくても大丈夫だって。もう体の疼きはおさまってるよ。アーハッハッハッ!」


 体の疼きっていうのは殺人衝動だろうか? 

 それとも別の意味?

 とにかく、まじめに働いたとしても鬼の気分によっては途中で殺されてしまうこともありうるということか……。


「カンタ、こっちに来な。あんたのねぐらに案内するから」


 ラジャーナさんに連れられて村の一角にある石造りの建物に案内された。

 建物といってもたいしたものじゃない。

 端的に言えばそこは牢屋だった。

 ドアも窓も鉄格子で、風が吹き込むから夜は寒そうだ。

 中にはベッドが一つあり、その上には薄汚れた毛布が一枚乗っている。

 ひょっとして殺された先輩が使っていたもののかな?


「ここに荷物を置きな。さっそく仕事をしてもらうよ」

「わかりました。ところで、僕の前にいた人はどうして殺されてしまったのですか?」


 これははっきりさせておいた方がいいだろう。

 僕の今後にもおおいに関わることである。


「ああ、あれか。あのな、鬼女は自分と寝た男を殺さなきゃならない。そういう掟なんだ」

「寝たって、性行為ですか?」

「そうだ。私たちは女だけの村を形成している。父親なんて邪魔な存在だからね」


 つまり鬼女とセックスしてしまったら殺されてしまうわけだな。

 なんと恐ろしい……。


「というわけで、あんたも他の奴らとはやらないことだ。もし、やっちまえば死ぬしかないからね」

「絶対にやりません!」


 なにがあっても鬼女とは寝ない。

 僕は心に固く誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る