第5話 旅立ち


 リゲータに体をゆすられて目を覚ました。

 部屋の中はまだ暗かったけど、外はぼんやりと明るくなっている。


「起きて、カンタ。豆が煮えたよ」


 リゲータは朝から元気そうだ。


「おはよう。ずいぶんと早起きなんだね」

「ふつうはこんなもんだよ」


 日暮れとともに寝て、夜明けとともに起きるのが農村の生活なのかもしれない。


「でも、いつもよりずっと元気だよ。カンタのマッサージのおかげだね」


 煮豆を皿によそいながらリゲータは屈託くったくない表情を浮かべている。

 昨晩、エッチな気持ちになっていたのは僕だけだったか……。


「さあ、食べてしまおう。もうちょっとしたら私は仕事に行かないと」


 煮豆は大豆を茹でて、塩で味付けしただけの料理だった。

 味はそれなりだったけど量はたっぷりある。


「こんなに悪いね」

「カンタにはものすごく気持ちよくしてもらったから……」


 リゲータはそう言って頬を赤く染めた。

 全部忘れていたわけじゃないんだ……。


「本当はもっとここにいてほしいくらいだけど、それじゃあ暮らしていけないもんね」


 そう、僕はもっと大きな街へ旅立たなければならない。


「街の名前はコボンだっけ? 歩いて一日くらいの距離だっていってたよね」

「うん。村から西へ行くんだよ」

「迷ったりしないかな?」

「一本道だから平気だよ。でも、オーガの森は気をつけてね」

「オーガ……、鬼でも出るの?」

「うん。それも女の鬼ばかりね」


 なにそれ怖い!


「もし、鬼に出会ったらどうなる?」

「たいていは殺されてしまうわ」

「ええっ!?」

「でも大丈夫、殺されない方法はあるの」


 それはぜひ教えてもらわなければならないな。

 さもないと安心して街まで行けないぞ。


「どうすればいい?」

「鬼女に見つかったら、殺される前に『あなたのために働きます』って三回言えばいいの」

「それだけ?」

「そうよ。ただ、森のどこかにある鬼女の集落に連れていかれて、三日間奉仕させられるわ。でも、三日働けば解放されるんだ」


 それなら鬼女に見つかっても問題ないか。

 もちろん、見つからないに越したことはないけど。

 僕らは豆だけの朝ごはんを手早く済ませた。


「ありがとう、リゲータ。とても助かったよ」

「私のほうこそ、ありがとう。カンタのこと忘れないよ」


 リゲータは僕に駆け寄ってハグした。

 ああ、リゲータは草と土の香りがする。

 とても落ちつくにおいだ。


「もう行かなきゃ。またいつか会えたらうれしいな」


 リゲータは軽く手を振って村の中心部に向かって走って行ってしまった。

 僕もまたいつか君に会いたいよ。


 太陽はまだ見えていなかったけど、周囲はすっかり明るくなっていた。

 コボンまでの正確な距離はわからないけど、僕も早めに出発した方がいいだろう。

 教えられたとおり、僕は村の西側から出発した。


 僕はてくてくと道を歩き続けた。

 すれ違う人も僕を追い越す人もないので少し不安になる。

 あまり往来のある道ではないのだろう。

 ただ、馬車のものらしきわだちはあるので、これをたどっていけばコボンまでは行けるだろう。

 ひょっとしたらヒッチハイクだってできるかもしれない。

 マッサージでよければ乗せてくれたお礼にする用意はある。


 二時間ほど歩くと森のほとりにたどり着いた。

 ここがリゲータの言っていた、鬼女が出るという森だな。

 背の高い針葉樹が折り重なっていてたしかに不気味だ。

 入りたくはないけど、このままこうしていても緩慢な死を待つばかりである。

 だったら覚悟を決めていくしかない。

 運の悪さは自覚しているけど、鬼女に見つかったときは「あなたのために働きます」と三回言えばいいだけだ。

 そんなに難しいことじゃない。

 道に落ちていた手ごろな枝を拾って、武器と杖とする。

 頼りない枝だったけど少しだけ勇気が湧いてきた。


「よし、いくぞ!」


 僕は自分を鼓舞こぶして森へ入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る