第4話 はじめてのマッサージ


「こんなおいしいものははじめて!」


 リゲータはプリンをむさぼり食べ、容器をペロペロとなめている。


「気に入ってもらえてよかったよ」


 サンドイッチ半分とカフェオレとプリンだけなのでお腹いっぱいにはならなかったけど、リゲータのおかげで落ち着いて夕飯を食べることができた。


 リゲータは汲み置きの水でプリンの容器とプラスチックスプーンを洗ってくれた。


「ずいぶんと軽いお皿ね」


 どうせ捨てるのだから、そんなことをしなくてもいいのにと思ったのだが、すぐに考えを改めた。

 ここはもう日本ではないのだ。

 それに僕は一文無しである。

 いつお皿が買えるかなんてわかったものじゃない。


「はい、これは返すね」


 リゲータが手渡してくれた容器とスプーンを僕はビニール袋にしまった。


「それじゃあ、約束のマッサージをしようか」

「うん! 私はどうすればいい?」

「そうだなあ……、まずは椅子に座ってみて」


 僕のスキルは「マッサージ」なのだが、どうやっていいかは皆目見当がつかない。

 これまでに人にマッサージをしたことなんてないからだ。

 でも、小さいころにお母さんの肩を揉んだっけ。

 たしか母の日かなんかだったと思う。

 とりあえずそれをしてみようかな、と考えた。

 リゲータは痩せたなで肩をしている。

 力を込めすぎたら痛がってしまいそうだ。

 りきまず、優しくもみほぐしてみよう。


「それでははじめます」


 肩に触れると、指先に不思議な力が集まってくるのを感じた。

 これが魔力か! 

 なるほど、なんとなくわかるぞ。

 この筋肉の緊張を解きほぐすにはこうすればいいんだ!


「あっ……」


 突然リゲータが切なげな声を上げたので、驚いた僕は指を離してしまった。


「ごめん! 痛かった?」

「そうじゃないの。なんだかすごく気持ちがよかったから……」

「どうしよう、もうやめた方がいい?」

「ううん、お願い、続けて!」


 縋るような目でリゲータは僕を見つめてくる。

 そんなに気持ちがよかったのかな?


「だったら続けるね……」


 再び指先に魔力を集め、僕はリゲータの肩をもみほぐした。


「すごくいい……」

「ここはどう?」

「あっ」


 親指で鎖骨の下を優しくこすっていく。


「うん……、いい……」


 それから肩甲骨の周りのマッサージなどをして、ひととおりの施術は終わった。


「はい、これでおしまい」

「え……?」


 リゲータはがっかりしたような顔で僕を見た。


「もうおしまいなの……?」

「えーと、脚や背中のマッサージもあるけど……」

「お願い、それもしてみて。お礼に朝は豆の煮たのを食べさせてあげるから」


 明日はたくさん歩かなければいけないから、エネルギーの確保は重要事項だ。

 たとえ豆の煮たものでも、いまの僕にとっては貴重品である。


「わかったよ。それじゃあ全身のマッサージをするからワラの上にうつぶせになってよ」

「ありがとう!」


 リゲータはそそくさとワラのところへいき、上着と靴を脱いで肌着姿になった。

 厚手のコットン素材だから色気はないけど、ほっそりとした腕と足がより強調されることになってしまう。

 それはそれで見てはいけないものを見てしまったような背徳感があった。


「これでいい?」

「う、うん」


 家の中はかなり暗くなっており、僕は慎重にワラのところへ移動した。


「あ、ワラの上ではカンタも靴を脱いでね」

「わかったよ」


 靴を脱ぐとリゲータが感心したように聞いてくる。


「カンタはお金がないって言ってたけど、本当?」

「本当だよ。どうしてそんなことを聞くの?」

「だって靴下をはいているから」


 そういえばリゲータははいていないな。

 この世界での靴下はステータスシンボルなのかもしれない。


「前はお金を持っていたんだ。だけど、今はすっからかん」


 不倫の修羅場に巻き込まれてね……。


「ふーん……」

「それじゃあ、背中からはじめるよ」

「うん♡」


 魔力を込めてツボを押すと、リゲータは再び切なげな吐息を漏らした。


「本当に不思議。なんでこんなに気持ちいいのかしら?」

「これが美容魔法師のスキルなんだ」


 さっきまでは僕も知らなかったけどね。

 

「今日は人生で最良の日よ。生まれてこのかた、いちばんおいしいものを食べて、いちばん気持ちがいい経験をしているんだもん」


 背中のマッサージが終わると今度はふくらはぎだ。


「ああ……、そこっ!」

「ここが気持ちいいの?」

「うん。ずっと残っていた疲れが溶けだしていくみたい。ううん、全身がとろけそうになっている」


 そんなに気持ちがいいんだ。


「じゃあここは?」


 僕は膝裏のツボを優しく丹念に押していく。


「そこもいい感じ。次は太ももの裏をお願い」

「このへんかな?」


 リンパを流すようにハムストリングスの裏を下から上へとマッサージだ。


「すごい……」


 こんなに喜んでくれるなら美容魔法師というジョブも悪くないな。

 このスキルを活かすことができれば、この世界でも楽に生きていけるかもしれないぞ。


「カンタ、もっと上も……」

「もっと上?」


 これより上だとお尻に指が当たってしまうぞ……。


「いいの?」

「いいから、お願い。意地悪しないで」


 僕は気を使っているだけで、意地悪をしているわけじゃない。

 それに頼まれると断れない性格なんだよねえ……。


「じゃあ」


 指先が小さなお尻の下部に触れたけど、リゲータはまったく気にしていないようだ。


「ああ、気持ちいい」


 き、気持ちいいのなら念入りにやらないとな……。

 僕は少しずつ大胆になり、リゲータの体へ縦横無尽に指を這わせる。


「すごい! ねえ、もっと内側もお願い!」


 お願いしますと言われたら、応えてやるのが世の情け! 

 ええ、僕はやりますとも! 

 それこそが美容魔法師の使命なのだからっ!


「ここかぁ? ここがええのんかぁっ!?」


 僕は股関節からまたの付け根へのマッサージを開始した。

 注ぎ込む魔力も気持ち多めだ。


「あっ、あっ、あぁっ!」

「気持ちいい?」

「ぎ、ぎもぢ……い……い……」


 なんだかもうわけがわからなくなっている。

 これって、もしかして誘われている? 

 それとも普通にマッサージが気持ちいいだけ? 


「しゅ、しゅごい……、も……もう……」


 僕もなんだかイケナイ気持ちになってしまっているぞ。

 マッサージがおわったらリゲータを誘ってみようかな……。

 これだけ感じている今なら、いける気がする。

 たぶんリゲータのあそこだって……。


「もう、だめぇえええええええ!」


 エビのように体をのけ反らせたと思ったら、リゲータはぐったりとワラの上にくずれ、肩で荒い息をついていた。

 ときおり体が、ビクッ、ビクッ、と震えている。


「大丈夫?」

「…………」


 声をかけてもリゲータは無言のままだ。

 だけど、僕だってこんな状態のままでは引き下がれない。

 勇気を出して誘ってみよう。


「疲れはとれたかな? それでさ、もしよかったら、このあと僕と……」

「…………」

「リゲータ、聞いてる?」


 ひょっとして、気を失っている? 

 まさか、呼吸が止まっていたりしないよね!

 慌てて確認したけど、リゲータは寝ているだけだった。

 あどけない顔をしているなあ。

 無防備に眠りこけているリゲータを見ているうちに僕の欲情もだんだんおさまってきた。

 魔力を大量に使ったせいか、むしろ眠くなってきたくらいだ。

 もう、このままワラの上で眠らせてもらうとしよう。

 時間的に夜は始まったばかりだったけど、リゲータの隣に横になると僕はあっさりと眠りに落ちてしまった。

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