魔女の生贄に選ばれた話(9)

「……い、いない」


 そう言って、私は地面に手をつきうなだれてていました。意気揚々と昨日の路地裏へと行ったものの、そこには昨日の露天の影も形もなく出鼻をくじかれることとなりました。


「他にあの屋台がある場所は?!」

「しんしゅつきぼつ〜」


 そういえば昨日もそんなことを言っていました。ぬかりました。そんな大事な情報をすっかり忘れてしまっているだなんて。

 街のどこかにはいるだろうと当たりをつけて、そう広くもない街を素早く駆け回ること3周。

 結局その影も形も見当たらず、お手上げ状態です。

 ノアは文句も言わず大人しく着いてきてくれました。まあ、道行く人に食べ物を沢山貰えたからでしょうが。


「はあ……。もしかしてこっちが探しているから出てこない、とか?」


 なんてたって相手は魔女。こちらの動向だけ一方的に把握されているという可能性は高い。


「あ〜昨日のうちにもっとちゃんと話しを聞いていれば〜」


 と、地面に向かってたらればを吐いていても仕方がありません。顔を上げると、近くの石の上に座ったノアが、例の石を食べていました。


「……食べる?」

「……食べましょうかね」

「え……」

「あ、やっぱいいです」


 そんな顔するのなら最初から聞かなきゃいいのに。

 ノアの傍に座り込んで、私も休憩。


「……ノアは、この街に来てどれくらいなんです?」

「6年」


 何気なく振った会話への返答は、驚くほど早く返ってきました。

 6年。この街にきたら見た目が変わらなくなるとすると、彼女の本当の年齢は8歳ということになります。

 さて、ここからなにを話せばいいのやら。こういう時、話したいことではなく避けた方がいい話題の方から考えてしまうのが、人付き合い下手の所以です。

 ろくに考えず一言目を発してしまうのに、です。


「おとうさんとおかあさんが死じゃった時だから、忘れたことない」


 不意に、ノアの口からそんな言葉が漏れ聞こえてきました。

 私はどう反応していいかわからず、しばらく黙ったままに、不自然なほどの間が空いたあとようやく彼女にまた話しかけました。


「その、あなたは、その後でこの街に?」


 こんなことなら黙ったままの方がマシだったような質問に対して、ノアはゆっくりと首を縦に動かしました。


「おとうさんもおかあさんもいなくて、それで森を歩いてたらいつの間にかここにいた。初めはちょっと怖かったけど、でもみんな優しい。ここはすごくいい場所。さみしくない。……レリィは、ずっとここにいちゃだめ?」


 ノアは笑っていました。まるでイタズラを始めようとしている子供のように。

 実際、イタズラだったのかもしれません。少しだけ私を困らせてやろうと。

 ノアは私の返答を待たずに話を続けました。


「わたし魔女様にあったことがないから、もし会えたらお礼を言いたいの。ここに連れてきてくれてありがとうって。わたし、どこにも行くところがなかったから」


 私にはあります。帰る家が。愛してくれる両親が。だからこそ私は帰りたいのです。

 今この状況では口に出せないことですが、それでも、なにを見てもなにを聞いてもそこは変わりません。


 "本当に――?"


「え?」


 誰かが喋ったわけではありません。それは確かに私の頭の中から響いたもので、私の思考でした。

 やるはずのない、自問自答。疲れが溜まっているのでしょうか。

 ぐっすり眠れたとは思うんですけどね。まあ、昨日の今日ですし。

 けれどまあ、1日経って思うことがあります。

 この街の住人は、なぜここにいるのだろうと。魔女からの手紙が届いて、そしてあの森へ行き、ここへ辿りついた。

 なんとなくですが、無作為に選ばれているわけではない。そんな気がしていました。

 私の元にはなぜ、あの魔女の手紙が届けられたのでしょう。


「お腹すいた」


 聞き慣れた言葉です。私は一旦思考を中断して、ノアを見ました。


「なにか食べに行きましょうか」


 なにかと言われても、あの石以外の食べ物を未だにこの街ではみないのですが。


「あっ、ここにいたわー!」


 と、大声がした方を見るとトペが手を振ってこちらに走ってきていました。

 そういえば私たちも街をグルグルと歩いていましたが、彼女と鉢合わせることはありませんでした。

 まあ、私が意識的に他の街の人に近づきすぎないようにしていたのでそのせいでしょうけど。


「調査結果の報告よ!」


 私の目の前にくるなり、トペはそう言いました。走っていた割には汗はかいておらず、元気は有り余っていそうでした。

 私達を見つけたからその瞬間だけ急いであとはゆっくりしていたのか、彼女に体力があるのか、それともこの街の住人は疲れないのか、正解はわかりません。


「お腹すいた……」


 口癖が聞こえてきました。トペはいつの間にか持っていた布袋を開いて赤色の石を取り出してノアに差し出します。


「はい、どうぞ。マルラさんとネトルさんとヘタヘタさんが沢山くれたの」

「おー、さいこう!」


 手を伸ばして石を受け取ったノアは幸せそうにかぶりつきました。

 見るのは何度目かのはずですが、なんだか慣れない光景です。


「レリィもいるかしら」

「いえ、大丈夫です……」


 このまま帰れなかったら、いつか私もこれを食べなければならないのでしょうか。


「……あの、レリィ。言いにくいのだけど、お腹が空かなくてもたまには食べないと駄目よ。急に動けなくなってしまってからじゃ遅いから」

「そう……なんですか……?」


 どうやらまだ私の知らない仕組みがこの街にはあるようです。知っている仕組みはほとんどありませんが。

 なら食べるべきなんでしょうか……。いや、でも、石ですし。

 母の作った暖かなシチューがまだ心に焼き付いてるうちは、もうしばらく遠慮したいです。


「それで魔女に会ったことある人……でもほとんどいなかったわ。ママロアさん、ソレダツさん……あとは、ムケケダさんね。3人に話を聞いてきたのだけれど……」


 表情に変化は現れませんが、仕草と言い方で察しはつきます。

 話を聞いた結果は芳しくなかったのだと。


「ごめんなさい」

「あなたが謝ることでは……」

「みんな、魔女様に会ったことがあるのは覚えているそうなのだけれど、どうやって会ったのかとかなにを話したのだとかそういうことはなにも覚えていなかったわ。ソレダツさんは多分夢だったんじゃないかとまで言ってて……」

「つまり、得た情報は0に等しいというわけですね」

「本当にごめんなさい!」

「いや、謝らないでください。むしろ付き合わせてしまっているのは私の方でうにゃっ」


 変な声を上げてしまい、慌てて口を押えます。

 びっくりしたのです。急に膝の体に重みを感じたので。

 見るとノアが私に体を預けて眠っていました。


「子供すぎませんかこの子」

「ふふふ、羨ましいくらい仲良しね」

「ふふふじゃなくて」


 仮に体だけでなく精神の成長も止まってしまうのだとしても、私が8歳の頃はもう少ししっかりしていたと思います。ええきっと。


 途端、視界が真っ赤に染まりました。一瞬で。


「あら、もうすぐ日が暮れるのね。家に変えられないと」


 なんてことないように、トペが言います。

 ずっと黒いままの空で景色だけが夕暮れになる。そんな嘘みたいな現象であっても"日が暮れる"という表現は変わらないのだなと、少し感慨深くなりました。


「夜に動くのは危険よね。レリィ、あなたのお家は明日には完成するそうなの。今日は……」


 と、トペは私とノアを交互に見ました。いつの間に起きていたのか、ノアは私から少しだけ離れて目を擦っています。


「ノアの家に泊まるのはどうかしら。せっかくそんなに仲良しなんですもの。私は少し寂しいけれど、もっと仲良くなれるわよ2人とも!」

「えーっとですね……」


 ノアは私の返答を待つようにじーっとこちらを見ていました。もちろん、笑顔で。

 まあ正直に言うと私もそうしようかと思っていた……というよりそうしなかったのです。

 理由はあんな話を聞いたから、というだけのことですが。


「じゃあ、お願いしてもいいでしょうか?」


 ノアは勢いよく首を縦に振り続けます。取れちゃいそうなくらい。


「そ、よかったわ。暗くなる前に帰りましょ!」


 そして私は、ノアの案内で彼女の家へと向かうことになりました。

 その途中、一軒の作りかけの小屋を見つけました。もう枠は組み上がっており、大体の完成度は7割といったところでしょう。

 なんとなく、私に残された時間はこれが完成してしまう残り1日。そう強く思いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る