魔女の生贄に選ばれた話(8)

「お腹空いた……」

「あなた、なにも食べさせて貰ってないんですか?」

「そんなことはない」

「そですか」


 そういえばさっき、トペはこの街では食べると死にはしないと言っていましたが、お腹そのものは空くのでしょうか。


「ああ、それはその子の口癖みたいなものだから、あまり気にしなくていいわ」


 そうなんだ。


「でも食べれる」


 だそうです。

 というわけで3人で街の散策。目的は魔女を探すこと。


「……ていうか、あなたも来るんですね」

「あら、迷惑だったかしら?」

「あ、いえ、そういうわけでは」

「ふふ、わかってるわよ。でも本当に迷惑なら遠慮せず言ってちょうだいね」

「いえ、逆にこっちが迷惑をかけているのではと」

「もうやめてよ。気にしないでってずっと言ってるじゃない」

「そうですね。ありがとうございます……」


 と、なんともまあ色んな意味で進展のない会話です。

 ぎこちのない私たち二人を、ノアは下からじっと眺めています。


「それで、レリィは今からなにをするのかしら?」

「わたし、なんで呼ばれた?」


 おっと、何1つ情報共有が出来ていませんでした。

 1人見知らぬ場所に放り出され、今までいかに自分が人間関係をサボっていたのか痛感します。

 誰かと一緒に何かをする時は、情報を与えないとなにも伝わらないのです。あまり前すぎることですが。


「私は……」


 少し、言い淀みます。あまりにも勝手のわからない場所。私のこれまでの常識が通用しない場所。ふとした不用意な発言が自分自身を窮地に追いやることになるかもしれません。

 ここは慎重になるべきでしょうか? よく考えます。

 昨晩は色々ととてつもない醜態を晒す羽目になりましたが、人間というのは以外と単純です。

 ぐっすり眠ればいがいとまともに頭は働くもの。

 状況に慣れた訳ではありませんが、やらなくてはならないことを考え優先できるようにはなったようです。


「私は、魔女を探そうと思います。この街は魔女の街ですよね。 だからこの街のどこかにいる魔女に会えば帰るための手がかりが掴めるかもしれません」


 ハッキリと2人にそう伝えました。多分この2人なら多少の間違いはあっても大丈夫だろうという判断。そして他に頼れる人もおらず、私一人で常に笑顔を浮かべっぱなしの街の人達に話しかけて情報収集とか無理に決まっています。

 なので、頼れる以上は素直に頼ろうと思いました。

 2人の反応は――


「魔女……そうね! 確かに彼女ならなにかわかるかもしれないわね!」


 お、好感触です。


「……でも、あなたをこの街に連れてきたのも彼女なんでしょ? なら余計帰れなくなるんじゃないかしら」


 ……確かに。

 そもそも話を聞く限り、記憶も帰りたいという意思すらもこの街を訪れた瞬間からなくなっているようです。


「……?」


 ノアはなにもわかっていなさそうな笑顔で私たち2人のやり取りをじっと聞いています。いえ、そもそも聞いているんでしょうか。


「そうだ、ノアはどう思うのかしら! あなたここに来たばかりの時は帰りたい帰りたいって泣いてばかりだったそうじゃない。あなたならレリィの気持ちがわかって上げられるんじゃない?」

「――え?」


 驚いた声を上げたのは私です。

 私は見たのです。ほんの一瞬、ほんの一瞬だけノアの顔から笑顔が消えたのを。


「んー、よくわかんない」

「そう? でももうちょっとよく考えてみて。帰りかった時のこと。今はそんなことないでしょうけど、ノアもここに来たばかりの時は家に帰る方法を探していたんじゃないかしら? その時になにか手がかりとかは――」

「もういいですよ」


 2人が揃って私の方を向きました。つい口を抑えます。自分でも思ったより大きな声が出てしまいました。


「そこまで急がなくても、またなにかわかることがあったらその時教えてください」


 私だってなんでもいいから情報が欲しかったのですが、なんでしょうね。なぜかノアには優しくしてしまうというか、……うーん、うまく言語化できません。


「……どしたの?」


 目が合います。そこには笑顔がありました。他の住民と同じような。

 けれど、私はこの時理解しました。出会った時から感じていた、彼女に対しての安心感のようなものの理由に。

 ああ、そうだ。この子の笑顔は、正しく作り物の笑顔なんだ、と。

 要するに、ノアの笑顔は他の街の人達が常に浮かべている笑顔とは違うということです。

 ノアは、きっと自分の意思で笑顔を浮かべているんでしょう。毒される、という言い方があっているのかはわかりませんが、この街の人達は心から笑顔を浮かべている。それはきっとそうであるように本人以外の誰か……魔女の意思がそうさせているから。

 けれどノアの笑顔はそれとは違いました。きっと彼女は、自らの意思で笑っているのでしょう。

 ――まあ、これ以上推測で彼女の内情を掘るのはよくありませんよね。

 この子の話はまた、折をみて聞くとしましょう。

 今、私がやるべきことは。


「でもやっぱりこの街の魔女を探そうと思います。なんだか、変なお使いも頼まれちゃいたしあし」

「お使い?」

「ああいえ、なんでもないです」


 この街を管理している魔女を探す。それが当面の課題です。それにしっかり宛はあるのです。


「そうだわ! 私はよくわからないけれど、魔女に直接あったことがあるって街の人を何人か知っているの! その人に話を聞い〜……うん、聞いてくるわ! 私が!」


 まあ、なんと話が早くて助かるのでしょう。


「え、えっとではお願いします! 私は少し調べる宛があるのでそこを探します!」

「え?! すごいわレリィいつの間にそんな進んだの? ……あ、でもそうよね。それぐらい帰りたいんだものね」

「あ、いや、急に大人しくなられると困ります。ただちょっと昨日のことを思い出しただけですから」

「そうね、ごめんなさい。じゃあまた後で合流しましょう!」


 そう言って、トペは駆けて行きました。

 どことなく噛み合いません。明るい性格の彼女ですが、もしかして私と同じように人付き合いが苦手だったりするのでしょうか。


「さて、行きますか。ノア」

「どこへー?」

「お腹の空きが収まる場所へ」

「おー!」


 目を輝かせて、手を打ち鳴らすノア。うん、屈託のないいい笑顔です。

 私が会いたいのは、昨日の露天商の主です。まあぶっちゃけ、あの人が魔女ですよね。見るからに。まあ違うとしても、無関係ということはないでしょう。


「というわけで昨日一緒に行ったお店の場所に案内して貰えますか?」

「んー。あー、えっと……よく覚えてない」


 ……まあ、想定通り。想定通りですとも。全く問題ありません。


「んっふっふっふっ」

「?」

「なら私に着いてきてくださいノア。あ、もし誰かに話しかけられたりしたら対応お願いしますね」


 私に道が分かるのかって? そりゃそうでしょう。昨日結構歩きましたからね。この街の構造はもう立体的に頭に入っていると言っても過言ではありません。

 昨日からずっと取り乱してばかりの私ですが、ようやく私らしく私の持ちうるものを振るう時がきたのです。そう――!


「まあ見てて下さい、ノア。私、結構頭いいんです」


 グッと親指を立てる私ですが、ノアは空をボーッと見ていました。

 なにが楽しいんでしょうかね、あんな黒い空。

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