魔女の生贄に選ばれた話(4)
「こっちにいくと屋台が、ある。だからそこでごはん貰う」
ニコニコ笑顔のげんちがいどさんはそう言って、私の手を引いて歩き出しました。意外と力が強く、そんなに整っていない地面に体のバランスを崩しそうになります。
「ねえ、あの、ガイドさん」
「ノア」
「はい?」
「ノアです」
「あ、はい。レリィ、です……」
そして路地裏のようなところへ。道すがら何人かとすれ違いましたが、同じように笑顔で話しかけられます。
「あら、案内してもらってるのね」「懐かしいわ」「うちへいらっしゃい。美味しいチーズがあるの」
げんちがいど……ノアは私の手をしっかり掴んでズカズカと進み続けるので、話しかけてくる一人一人に対応しなくて済んだのは楽でした。
そして辿りついたのは簡素な屋台でした。
屋根もなく、ただ平たい台の上に品物を並べただけの、本当に簡素な。
学院にいた頃に見た、『まだ電気がなかった頃』の資料写真にこんなのが載っていたと思います。
「……いらっしゃい、ノア。よく会うね」
仮面をつけた店主が話しかけてきました。え、なんで仮面?
それに私はてっきりノアの発言から食べ物を売っている屋台に連れていかれるのだと思っていましたが、並べられているのは色とりどりの大きな……石?
「あの、ここは一体……」
がいどさんの小さな肩をちょいちょいとつついて説明を求めます。けれどこの腹減りガイドは目の前のカラフルな石に目を奪われてヨダレまで垂らしています。……え、これって食べ物なんですか?
触ってみる勇気はありませんでしたが、見れば見るほど石です。ゴツゴツとした見た目にこの出っ張り具合。赤とか黄色とか青色とか……灰色のやつはさすがに石すぎるでしょう。
なんてことを思っていると、私の話を全く聞いていないノアに変わり、仮面の店主が私に話かけてきました。
「新入りさんかえ?」
「え……あ、はい、まあ」
驚いたのは、その店主からは張り付いたような朗らかさがなかったからで、そして聞こえて来た声が女の人のものだったからです。
若いのか歳をとっているのか微妙に判別が付きづらい。なんというんでしょう、なにかモヤがかかっているような……。
「詳しいことはその子から聞くといいさ。まずは……食べるかい?」
「食べます!」
元気よく答えたのはもちろん私ではありません。
何一つ詳しいことを教えてくれないげんちがいどは懐から小さな宝石のようなものを机の上に置くと、黄色の石を手に取りました。
仮面の店主はそれを懐にしまいます。……まさか、この場所での通貨?
なんだかもう、私の頭の中にある常識はここでは使えない、そんな気がしてきました。
「あなたも、食べるんかえ?」
「あ、いえ、私はソレ……お金? 持ってないので」
「いらんよ。持っていきなえな」
「わっ、とっ」
と、私の手と灰色の石が飛んできました。意外と重く、手に持った感触もしっかり石。
よりにもよって、なんでこの色? というか今、勝手に動きませんでしたかこの石。
「……お腹すいた」
そう笑顔で呟いてくのは、いつの間にか手ぶらになっているノアです。
「た、食べたんですか?」
「もち」
首を縦に振って当然、と。
見知らぬ土地での見知らぬ食べ物……かどうかも定かではない物体。特別お腹が減っているというわけではありませんし、口にするのはやっぱり躊躇われました。
「……あの、いります?」
「――いいの?!」
と言うやいなやノアは私の手から石を奪い取りました。
そして口を大きく開けて、それにかぶりついたのです。まるで果物のように、食べられた部分がしゃくっと削られています。
どうやら本当に食べられるらしい。
「どんな味するんですか、それ」
「和む味」
「そですか」
母の作る卵料理、みたいな? なんにせよ美味しそうでなによりです。
食べているノアの顔は、笑顔ではありますがなんというか、不気味さのない子供らしい笑顔で、なんだか少しだけ微笑ましくなりました。ほんの少しだけですが。
「ちなみにコレ、なんていう食べ物なんです?」
「ん。まほー石」
石かい。
ていうか、石の前なんて言いましたこの子。まほーってつまり、魔法?
ああ、なんだか繋がってくるようです。結局まだ私は、この場所についてなにも説明されていないわけですが、だからこそ考えてしまいます。
ここがどういった場所なのかとかそういうことを。私に届けられた手紙、聞こえてきた声、私が引きづり込まれた穴。
「ねえ、店主さんさんこの街は……」
「詳しいことは、その子から聞くといいさ」
と、店主さんは言いました。そして私とノアを交互に見やります。
「どうやらあなた、その子に好かれとるようじゃ」
「ん。ノアはレリィに好かれてる」
「お前とちゃうわな」
ツッコミとかするんだこの人。
「この小さい街人は、少しばかり街から浮いとるでの。新しいもんと仲良くなれるのならそれでええ。それでええ。それにあなた……なんだか懐かしい匂いがする。ああ、なんだっけなあこの匂い、ああ、なんだったか…………」
「え、店主さん、あれ? え?」
長々と喋る仮面の店主さんの体がどんどん薄くなっていって、ついには消えてしまいました。
「え、え、え?」
そして屋台も一緒に。まるで夢幻のように、寂しい路地裏が残るだけ。
「むふー」
そしてお腹いっぱいご満悦のガイドさんと、困惑する私。
「あの人は、神出鬼没」
幼いげんちがいどさんは、とても流暢にそう言いました。
「……お腹、いっぱいになりました?」
「そこそこ」
まだちょっと空きはあるみたいです。そもそもあの石がどれほどの腹もちなのかは私にはわかりませんが。
そしてノアは、じーっと私の方を見つめてきます。笑顔のままで。
「なんでずっと笑顔なんです?」
「この街では、ずっと笑顔でいられるから」
「でも、疲れません? ずっとそんな顔してたら」
「全然。むしろ、レリィ笑わなすぎ。ずっとこわい顔してる」
「むっ、私がちょっとツリ目なこと気にしてるのをいじってるんですね?」
そんなわけはありませんが。
この時の私はあまり自覚的ではありませんでしたが、他人とこんなに気安いやり取りをしたことはこれまでなかったかのように思えます。
相手が見た目小さい子供だったから? 不安で仕方が無いのでとりあえず誰かとコミニケーションを取ろうとしていた? まあ細かい理由は色々ありますが、なんにせよ私は出会ったばかりのこの子のことが嫌いではありませんでした。
「……どうしようか」
「この街のこと教えてくれるんじゃなかったんですか?」
「うん。そうだった」
「では、お願いします」
よろしくと、ノアの頭をポンポン撫でました。
これは未だに父が私に対してやってくることで、正直結構嫌だったのですが、やる側にまわるとなんだか落ち着きますね。
「ところでノアはいくつなんですか?」
「1つ」
「あー……個数じゃなくて。年齢のことです」
「14」
「嘘でしょう?!」
ならもう少ししっかりしてくださいよ、という言葉を飲み込んで、私は再びがいどさんに手を引かれるのでした。
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