魔女の生贄に選ばれた話(3)

「おはよー!」 「あっ、おはよう!」


 私がまだ学院に通っていた頃、そんな挨拶を交わし合う学友をよく見ました。

 羨ましいとは思いませんでした。ただ、少し疑問だったのです。どうして私だけ、ここまで馴染めないのか、と。


「おかえり、レリィ。友達は出来た?」 

「いつも通りだよ、お母さん」

「できてないのね……」


 そんな会話を交わしたりもしました。

 生まれてからこの方、私は友達と呼べるような間柄の存在に縁がありませんでした。

 目の前で他の子が他の子に話しかけて、そのまま和気あいあいと時間がくるまで話をしている。

 それと同じ話しかけ方をされても、2回程度のラリーで会話が終わってしまう。

 どうして、私だけこうなのだろう……と疑問に思うことは多々ありました。けれどそれ以上に、長年の孤独の慣れがその考えを長引かせなかったのです。

 そして学院を卒業した私は、両親の仕事を手伝って日々を過ごしていました。

 私は人に礼儀正しいと言われますし、特にこれといった諍いを起こしたこともありません。性格がさりとて暗いわけでもない。ただ、特定の誰かと親しい間柄になるということがめっきりないまま、私はもう"大人"と呼んで差し支えないところまで来てしまいました。

 それが良いこととはさすがに思いませんでしたが、悪いこととも思っていませんでした。

 実際、どうなんでしょう。私は自分自身が一番わからなかったりするのです。多分。


「おはよう」「起きたわ」「ああ、良かった」「たまにこのまま目覚めない人もいるから」「ええ、本当に良かった」「これでこの人も救われるのね」「私たちみたいに!」「素晴らしいわ!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」


 おびただしい数の声の中で、私は目覚めました。


「あなたはレリィ・カルナベル。ここは輪の街!」


 ここはどこ? 私はだあれ? と聞く前に完璧な返答が。いやいや、なにがどういうことなんでしょうこれは。

 私は確か突然現れた穴に引きずり込まれて……やひとまず、見える範囲を確認します。私を取り囲む人々に、地面は舗装されたタイル。山ではないことは確かですが……さっき、誰かが街と。

 え、街? 私の? どこの? ここは一体……。

 混乱に顔を上げると、私の取り囲む10人あまりにの笑顔が飛び込んできました。

 みんな同じように笑顔で、同じ服を着て、かろうじてそれぞれ髪型に違いがあるのが妙な安心感を抱かせました。

 その中いたポニーテールの女性が言います。


「この子、なんだか混乱してるみたい」


 癖毛の母より少し年下ぐらいの女性が言います。


「あなたが来た時もそうだったじゃない」

「あら、そうだったかしら」

「そうよそうよ!」


 私と同い年ぐらいの青髪の女の子が同調します。あれ、この子なんかどこかで……。


「泣いて話もできなかったわ!」「そんなことないわ、私は生まれた時からこの街の住人だったわ!」「嘘おっしゃい!」「嘘じゃないわ、盛っただけよ!」「盛りすぎよ!」「……お腹空いた」「ていうかどうでもいいのよそんなこと!」「この子、この子のことよ!」「若いわ! あたしより若い!」「当然でしょ!」「当然ってなによ?!」「お腹が……」「そうだわ、パーティーよ!新しい住人を迎えたらパーティーをしなくちゃ!」「彼女は呼ぶ?」「どうせ出てきやしないわよ」「でも私一度も会ったことがないの」「あら、わたくしは一度ありましてよ!」「まあ羨ましい……!」「はあ……お腹空いた……」


 とこのように、もう誰がなにを喋っているのかさっぱりわからなくなりました。いっそもう一度気絶できたなたなら……そう思って目を閉じましたが、やかましすぎて出来そうもありません。


 私はただこの会話が落ち着くのを待つしかありませんでした。


 そこからも長い時間、私を取り囲む人々はなにかを言い争っていました。なにを言っているかを聞き取るのはもう辞めましたが、ただその全員が片時も笑顔を絶やさなかったのが異様でなりません。

 やがてなにかしらに決着がついたのか、私を取り囲んでいた住人が一人一人と減っていきます。丁寧に私に別れの言葉をかけてくれるのですが、なにも返せません。

 そもそも挨拶より先に教えて欲しいことが山積みすぎて……。

 そして人が去り、開けた視界に飛び込んできたのは街。ええ、街でした。

 地面はタイルが広がり、家が並び立ち、屋根付きの露店に食べ物が並んでるお店があったり……ああ、あのナイフとフォークが交差したような看板がついている場所は恐らく……レストラン。

 立派……とは少し言い難い。なんだか道や建物にがたつきがあるようです。

 電気というエネルギーをふんだんに使い、これまで人間の手で行ってきたことを機械に代替えされるマシンと呼ばれる技術がありますが、マシンはそれはそれは精巧に物を作るのです。

 その寸分のズレもない完璧な技術は、おおよそ人間に真似できるものではなく、完璧すぎるが故の反発もあるようで、未だにマシンの仕様を一切認めていない技術者も多いようです。

 まあつまり、私がざっとこの街……輪の街と呼ばれていました。ここには、そのマシンの手が入った痕跡がありません。

 いえ、ただ一目見て判断できるのかと言われたら私も無理なのですか、ここは言いきらせて下さい。実際、この場所にはマシンどころか電気すらなかった訳ですから。


 目に入る建物の形状はどこか歪さがある。つまりは手作り感ですね。

 先程私を取り囲んでいた人達が作り上げたのでしょうか。それとも、別の住人か。

 そもそもここはどこなんでしょう。改めて、地理的に。

 私は家に帰れるのでしょうか。勝手に飛び出したことを両親に謝れるのでしょうか。

 あの森をさまよって、魔女にぞんざいに追い払われて、そして謎の穴に引きづり込まれて、なんだか声も聞こえたような気がします。


 もう、色々ありすぎて逆に冷静になってきました。ため息を吐いて、空を見上げます。


「なっ……?!」


 空を見上げなくても、普通は昼か夜かなんてわかります。そして目覚めた時の明るさから、私は勝手に昼だと思っていました。

 けれど今私は初めて空を見上げ、唖然としています。

 黒い。空が、黒い。

 暗いのではありません、黒いんです。

 そこには星の輝きもなく、ただ塗りつぶされた黒一色。なにかが世界に蓋をしているようでした。

 ああ、またわからないことが一つ増えてしまいました。

 もういっそ、ちゃんと誰か説明してくれると楽なのですが……。


「あの」


 声が聞こえました。なんと、先程私を取り囲んでいた人達の中の一人が残っていたそうです。

 声のした方に目をやると、そこには小さな黒髪の女の子が。年は……2桁にいっているのかどうか。

 そして首から看板をぶら下げています。そこには子供の字で、


『げんちがいど』


 と書かれていました。えっとつまつまりこの子が案内役?


「お腹、空いたんですけど……」


 大丈夫なんですかこれ。

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