第12話 序列

 月希るいの指示に従い、薄暗いカフェテリア内に何ヶ所か設置してある蝋燭に、せせらぎとカンナはマッチで火をつけて回った。すると、ほのかに室内が明るくなり、同時に暖かい雰囲気に変わった。


 一方、空腹の限界に達していたカンナの為に、月希るいはカフェテリアの食堂で食事の用意を始めた。


「料理も手伝うよ、榊樹さかきさん」


「大丈夫ですよ、せせらぎさん。今日のところは私にお任せを! と言っても、大したお料理ではないすけど。澄川さんも座ってていいですからねー!」


 月希るいはフンフンと鼻歌を歌いながら、カセットコンロを2口用意し、それぞれガスボンベをセットすると、五徳ごとくに水を入れた鍋を2つ置いて火を点けた。

 やる事がなくなったせせらぎは、月希るいのそばで料理の準備の様子を眺めているが、カンナはカフェテリアのキッチンをウロウロとしている。


「水はどうしてるの?」


「森の中に小川があるんですけど、その水が綺麗なのでそこで汲んできてます。留守番組で夜の見張り当番がない人が昼間汲みに行く事になってるんです」


「確かに、俺とカンナが抜けて来た森の中にも綺麗な水の滝があったな」


「そうなんですよ。この島は至る所で綺麗な水が汲めるんです。神の恵みですよね」


 話ながも手際良く月希るいは食事の準備を進めていく。沸騰してきた湯にパックのご飯とアルミのパウチを3つずつ入れた。


「あ、そうそう、お当番なんですけど、基本的に2人1組ツーマンセルなんですよ。せせらぎさんと澄川さんのペアで良いですよね?」


2人1組ツーマンセルか。いいよ、俺は。カンナは?」


「いいよ」


「よし! 決まり! あれ? でも、榊樹さかきさんは響音ことねさんとペアじゃないんだね。多分だけど、東西南北の入口の見張りも2人1組ツーマンセルなんでしょ?」


「あ、はい、その通りです。東西南北4箇所の入口に2人ずつ配置してます。私と響音ことねさんが一緒だと、序列・・的にパワーバランスが悪いので、私も響音ことねさんもそれぞれ別の人と組んでます」


「序列? パイドパイパー内に序列っていうのがあるんだ?」


「あ、そうなんです。まだ説明してなかったですね。一応強さを相対的に評価してペアの実力を均等になるように斑鳩いかるさんが調整してくれてます」


 せせらぎは興味津々に頷きながら、月希るいに質問を続ける。


「なるほど、序列1位はやっぱりリーダーの斑鳩いかるがさん?」


「それが違うんですよー、序列1位は響音ことねさんです!」


「そうなんだ、確かに響音ことねさんめちゃくちゃ強いもんなー」


「本当は、響音ことねさんがリーダーに推薦されてたんですけど、響音ことねさんはリーダーとかそういう役目に縛られるのが好きじゃないって言って、リーダーを斑鳩いかるがさんに押し付けたんですよ〜。まあ、斑鳩いかるがさんがまとめ役は得意みたいだから快く引き受けてくれたんですけどね」


「あー、響音ことねさんならそんな事言いそうだね。じゃあ斑鳩いかるがさんの序列は?」


「3位です」


響音ことねさんと斑鳩いかるがさんの間にもう1人いるんだね。あれ? さっきの周防すおうさんは、徒手空拳なら3本の指に入るって言ってたけど、その話とは別?」


「はい。基本的にパイドパイパーの人達は武器を使いますので、序列は武器込みの戦闘能力で判断してます。なので、さっき言ったのは私の感覚です。皆が素手のみで戦う条件なら周防すおうさんはかなり強いですが、実際の武器ありの序列は多分10位から15位くらいじゃないですかね? 私も他の人の序列を正確には覚えていないので感覚ですが……」


「へー! そうなんだ。周防すおうさんより強いネフィスがまだそんなに……」


 棒術を使わなければ勝機はないと見積もっていたせせらぎは、その水音みおすらも、パイドパイパーでは序列10位に満たないという底の知れないネフィスという存在の戦闘能力の高さに舌を巻いた。


「思ったんですけど、榊樹さかきさんて、強いですよね。序列何位なんですか?」


 急に1人でキッチンをウロついていたカンナが口を挟んだ。ウロウロしながらも、しっかりとせせらぎ月希るいの会話を聞いていたようだ。


「私の序列は5位です……」


「え!? そうなんだ!! 周防すおうさんより全然上だったんだ……」


 衝撃の事実に驚くせせらぎ。しかし、カンナはさほど驚いてはいない。


「納得です。榊樹さかきさんの氣の強さは響音ことねさんに近いくらいありますよ。エクセルヒュームなんですよね、榊樹さかきさんも」


「やっぱり、澄川さんにはバレちゃってましたか……でも、私の能力は響音ことねさんみたいに大したものじゃないですよ」


 月希るいは照れ臭そうな表情で、鍋の中のブクブクと沸騰する湯を見る。

 せせらぎはそんな月希るいに興味を抱いた。


「へ〜、ちなみに、どんな能力?」


「秘密です!」


「えー、秘密かぁ〜。じゃあ、榊樹さかきさんのペアはどんな人?」


「9歳の可愛い女の子ですよ」


「マジ?? そんな小さい子もここにいるの!?」


「はい。ここでの最年少は9歳のその子で、響音ことねさんとペアの子も10歳になったばかりの女の子なんです。その子たちも延命治療を受けに来たのに、フォーミュラに騙されてこの島に漂着したんですよ。お父さんとお母さんもきっと心配してますよ……」


 月希るいは悲しげな声色で言いながら、沸騰した湯から菜箸を使いパックご飯とアルミのパウチを取り出した。そして、皿を食器棚から出しながら月希るいは話題を変えた。


「あ、そうそう、食料ですけど、パイドパイパーの食料は全部このカフェテリアにあります。なので食べる時はここに来て調理して食べてください」


「オーケー!」


「ただし! 食料の数には限りがありますので、1日の食事回数と、1回の食事量は制限されてます。具体的には1日3食まで、1回の食事はご飯1パックとおかず1つまで。使用したらその日付と食材名、そして使用者の名前をその冷蔵庫の扉に付いてる表に記入してください。今回は私が書いておきました」


 月希るいの指さしたところを見ると、大きな業務用冷蔵庫があった。コンプレッサーの音がしないので、本来の冷蔵庫としては使っていないようだ。せせらぎとカンナはその冷蔵庫の前に立った。確かに扉にマグネット付きフックに掛かったプラスチックのバインダーに『食材使用者リスト』という紙が貼り付けてあり、1番最後に書き込まれているのが今日の日付で使用者欄には「さかき」「すみかわ」「せせらぎ」と平仮名で名前が書かれており、食材はご飯とカレーとなっている。


「カレー!?」


 せせらぎがその食材の名前に反応した途端、食欲をそそるスパイシーな香りが漂ってきた。


「はい! どうぞ! ビーフカレーですよー!」


 月希るいは笑顔で食卓に並べたビーフカレーをせせらぎとカンナに披露した。


「うぉーー!! 味の濃いもの食えんのか!! ありがとう!! 榊樹さかきさん!!」


「まさかここでカレーが食べられるなんて感動……いただきます!」


 カレーの香りに興奮したせせらぎとカンナは急いで横並びで食卓に着くと、スプーンを手に取り、勢い良く口にかき込んだ。


「凄い食べっぷりですね。慌てて食べると喉に詰まらせますよ。お水も飲んでくださいね」


 そう言って月希るいは、3人分のスチール製のコップと2リットルのペットボトルをキッチンから持って来た。コップをテーブルに置くとペットボトルから水を注ぎ、2人に配膳する。


「常温ですがどうぞ」


「ありがとう!」


 せせらぎとカンナは水を受け取るとゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。

 レトルトのカレーだが、普段食べるカレーとは違い、何倍も美味しく感じた。小さいが柔らかい肉や野菜も入っている。ピリ辛の刺激が口に残る感じが丁度よく、カレーを食べたという満足感を与えてくれる。常温の水も言う程ぬるくはなく、2人の身体に潤いをもたらした。


「澄川そんのさっきの力が“氣”の力なんですよね? とても興味深いものでした。中国拳法のような動きも気になりますが、あの力を使うとやっぱりかなり結構消耗するんですか?」


 月希るいもカレーを食べなら、向かいでカレーを頬張るカンナへ質問する。


「あー、はい。さっきも少し話しましたが、私は他人の氣を感じることが出来ます。すぐそばの人の氣なら力も使わずにオートで感知するので消耗はしません。ただし、私から5m以上離れてる人の氣を感知する場合は、私自身の体内の氣を周囲に放出し、その放出した氣に触れた人の氣を感知する仕組みなので、対象の距離が遠ければ遠い程、放出する氣の範囲も広げる必要があり、その分消耗します。消耗すれば凄くお腹も減るし、眠くなりますね」


「なるほど、そういう仕組みなのか」


 カンナの氣の力の仕組みをせせらぎもカレーを食べながら興味深そうに聞いている。


「氣の感知というのは、反響定位エコーロケーションみたいな感じですね!」


「はい。それとは別に、戦闘時は掌から氣を放出して、相手の皮膚に衝撃を衝撃を与え物理的に吹き飛ばす“炸裂掌さくれつしょう”と体内へ氣を流し込み、筋肉や神経の動きを阻害する“柔破掌じゅうはしょう”を使い分けて戦っています。私の武術は中国の八卦掌はっけしょうから派生させ、氣の力を取り入れた“氣功掌きこうしょう”というオリジナルのもので、八卦掌の使い手の父が考案してくれた、世界で私だけが使える武術なんですよ」


「そうか、つまり、ヒグマを倒した時は柔破掌じゅうはしょう周防すおうさんと戦った時は炸裂掌さくれつしょうを使ったって事か。それにしても、カンナのお父さんも凄い人なんだな。武術を極めし政治家なんて」


「うん、凄い人なんだよ、お父さんは。だから私はお父さんみたいな強くて頭のいい人になりたいんだ」


「素敵です! 澄川さんならなれますよ! と言うか、もうなってるかもしれません! この武術家の揃ったパイドパイパーではトップクラスだと思います!」


「あ、ありがとう……」


 淡々と氣と氣功掌について語っていたカンナだったが、急に何かを思い出したかのように、声が沈んだ。


「どうしたんだよ、カンナ。何だか元気ないみたいだけど。カレー食べても元気出ないなんてよっぽどじゃないか?」


 せせらぎが声を掛けると、カンナはスプーンを置いた。


「私さ、氣の力があるから強いだけで、本当はあんまり強くないんじゃないかな、って……。さっきも確実に勝つ為に氣を使って周防すおうさんに勝ったけど、それで勝っても卑怯だよね。周防すおうさんの言う通り、勝っても嬉しくなんてなかった」


「カンナ、そんな事気にしなくていいんだよ。氣の力はキミに与えられたキミだけの力だ。それを使って戦うのが卑怯だってルールはないじゃん。それに、キミは俺たちが食料を確実に手に入るように最適な選択をしてくれた。それは間違ってなかったし、あの場ではそうするのが正解だった。相手を倒して嬉しいって感情は、あの場面では存在しなくていい。食料が手に入って良かった。それで十分だよ」


せせらぎさんの言う通りですよ、澄川さん。この島ではサバイバル生活なんですから、食料の確保は命に関わる重要な事柄です。周防すおうさんのような意地悪なやり方をされたら、確実に勝つ方法を選ぶのが正しいと思います。だから、さっきの件は気にしちゃダメです」


 何とかカンナを元気づけようと、せせらぎ月希るいは賢明にその行動を称賛するが、カンナはまだションボリとしたまま俯いている。


「でも、私、本当はせせらぎくんみたいに話し合いで解決したかった。あの2人とも私は仲良くしたいって言ってたのに、話し合いなんてせずに、感情的になって手を出しちゃったんだよ……」


「感情的になって手を出した? 何言ってんだよ。カンナは俺が戦いたくても戦えない事を察して、俺の代わりに戦ってくれたんだろ? それに、冷静だったからこそ、あそこまでしつこく絡んでくる周防すおうさんに怪我を追わせずに、戦意だけ削ぐ戦い方をした。俺は普通にクレイバーでカッコイイと思ったけどな」


 弱音を吐いていたカンナは、せせらぎの言葉を聞いて口を閉じた。

 そして数秒沈黙してから、ゆっくりとせせらぎの方を見た。


「ありがとう。やっぱりせせらぎくんは他の人とは違うね」


 笑顔だった。

 カンナは心の底からの笑顔はせせらぎにしか見せていない。それを知っているせせらぎは、何だか嬉しくて、自然と笑顔になった。


「だろ? 俺は他のアーキタイプとは違うよ」


せせらぎさんカッコイイですね〜!

 響音ことねさんが気に入ってここに連れて来たわけが分かります。響音ことねさんはせせらぎさんみたいな人好きですよ」


「え? ホント?」


「ホントです! きっと凄く可愛がってもらえると思いますよ。襲われないように気を付けてくださいね〜」


「冗談に聞こえないからやめてよ、榊樹さかきさん。ははは」


 笑いながら、隣から視線を感じたせせらぎがチラリと見ると、カンナと目が合った。しかし、カンナは何も言わず、すぐに目を逸らし、またカレーを食べ始めた。



「痛い! 謝ってるじゃないですか! 離してください!」


「ごめんなさい!! 許してください!!」


 突然カフェテリアの外から、女の子の叫び声が聞こえてきた。3人は同時に何事かと入口の方を見る。

 すると、顔に笑顔を浮かべた1人の女性が、両手で2人の女の子の髪を引っ張りながら、悠々とカフェテリアへと入って来た。金髪の毛先と長いオレンジ色のツインテールが無理やり引っ張られ、2人は苦悶の表情を浮かべている。


「どうもこんばんは〜! お初にお目に掛かります! 畦地あぜちまりかと申します! 悪い子2人を捕まえてお仕置して来ましたー! いえーい!」


 そう言って、畦地あぜちまりかと名乗る女は、引っ張って来た周防すおう水音みおたかむら 光希みつきを前に突き出した。


「まりかさん! どうしたんですか??」


 月希るいはまりかの行動に驚いて立ち上がった。釣られてせせらぎとカンナも立ち上がる。


「この子達、その新人さん達に意地悪したんでしょ? 性格悪いわよね〜同じネフィスの仲間なんだから仲良くすればいいのに。という事で、私が代わりに分からせてあげたのよ。ほら、謝りなさい。水音みおちゃん、光希ちゃん」


 3人の前に突き出された水音みおと光希の顔は頬が赤く腫れ、口や鼻には血が滲み、目が充血する程に涙目だ。


「さっきは意地悪してごめんなさい……」


「ごめんなさい……」


「はい、良く言えました。えっと、せせらぎくんと、カンナちゃんだっけ? 許してくれる? 許せないなら私が代わりにこの場でもっと痛め付けるけど」


「許しますよ、だからもうこれ以上はやめてあげてください」


 せせらぎは慌ててそう答えると、カンナもうんうんと首を縦に振る。


「あら〜優しい人達で良かったわね、水音みおちゃん、光希ちゃん。今夜見張り当番でしょ? もう消えていいわよ」


 まりかが笑顔で言うと、涙目の水音みおと光希はすぐに走ってカフェテリアから出ていった。


「ごめんなさいね、うちの子達が。でも、もう嫌がらせはないはずだから安心してね2人とも」


「あ、はい、ありがとうございます」


 せせらぎが礼を言うと、まりかは「ふーん」とせせらぎのそばに来て、その容姿をマジマジと見る。

 そばに来たまりかからは石鹸のような良い香りが漂う。緑色のくりくりとした大きな瞳。茶髪のショートカットに、服装は白いシャツに水色のサロペットと茶色のショートブーツを合わせた可愛くお洒落な女の子だ。

 ただ、腰には左右に1本ずつ短い刀が提げられているところを見ると、ただの可愛らしい女の子ではないという事を物語っている。しかし、その優しげな雰囲気からは水音みおと光希に怪我を負わされるような暴力的な感じは一切ない。


せせらぎくん。キミ、可愛い顔してるね〜。へ〜、なるほど〜」


「な、何ですか」


 たじろぐせせらぎの反応を見たまりかは目を輝かせる。


「あら〜何で顔赤くしてるのかな〜? 私なんかに興奮してたらこの女の子ばかりの砦では大変な事になっちゃうよ?」


 可愛子ぶりっ子な話し方でせせらぎの頬を指でつつきながら、その柔らかな胸をせせらぎの腕に押し付けると、せせらぎはその感触を本能のまま無抵抗に受け入れてしまう。まりかはその反応にニヤリと笑うと隣のカンナに得意気な視線を送る。


「まりかさん、せせらぎさんをからかわないでください。困ってますよ!」


 せせらぎを口説く勢いのまりかに、月希るいはムッとして物申す。


「あ、ごめんごめん。今日はね、悪ガキを懲らしめがてら、キミ達に挨拶しに来ただけだから、私はもう行くわね。じゃあ、またね〜」


 まりかはご機嫌なまま手をヒラヒラと振り、カフェテリアを後にした。結局、カンナに対してはチラリと一瞥しただけで声は掛けなかった。


榊樹さかきさん、今の人が序列2位……ですね。凄まじい氣の強さでした……」


「はい。畦地あぜちまりかさん。二刀流の剣士で、『神眼しんがん』の持ち主です」


「『神眼』……!」


『神眼』というワードに、せせらぎとカンナは顔を見合せた。


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