第10話 夕焼
すっかり陽も傾いた頃、ようやく
滲みが出来て見栄えが悪い床や壁、そして天井。窓はベランダ側の大きなものだけで、劣化しヒビが入っているのをガムテープで応急処置している。家具は色褪せたベッドと机が2つずつ。どうやら2人部屋のようだ。ベッドの上には
廃墟の中の部屋なのでこれだけ整っていればいい方だろう。見栄えを気にしなければ機能性も衛生面も問題はない。
「ごめんな、2人とも。他の居住スペース探してもいいけど、あたしこの後見張り当番だから仮眠させてくれ。明日以降探すよ」
「いえ、広めの部屋を開けてもらえて助かりました。ありがとうございました。ところで、見張り当番とは?」
「ほら、夜はノクタルスが動き出すので、留守番組は3日交代で東西南北の入口を見張るんですよ。そのうちお2人にも当番のシフトに入ってもらいますよ」
“ノクタルス” という言葉を聞いて、
不安そうな顔をしているカンナの代わりに、
「そのノクタルスだけど、パイドパイパーの砦までやって来るの?」
「いえ、来た事は一度もありません。探索班のメンバーが探索中に目撃するくらいで、ここは今のところ安全ですよ!」
「今のところは……?」
「はい、ノクタルスの生態は分かっていませんし、そのうちここにも現れるようになるかもしれません」
カンナはゴクリと唾を飲んだ。
「それは怖いですね。そうなる前にこの島から脱出しなきゃ」
「そうですね、澄川さん! 皆で力を合わせて頑張りましょう!」
「さーて、それじゃあ、
大きなあくびと伸びをしながら
「あ、カンナ。とりあえず今夜はあたしの部屋のベッド使いな。
「あ、色々とありがとうございます」
カンナが軽く頭を下げると、
「よし、じゃあお腹も空いたしカフェテリアへ行きましょうか!」
「行こう行こう! 俺腹ぺこだよ〜。アップルパイとかある?」
「あー……りません! そんな、美味しそうなもの! やめてくださいよー
「贅沢な事を言う
「ないですよ!! 仮にあったとしてもまだ3月ですよ!?」
カンナの本気か冗談か分からない注文に、
そんな2人を見て
♢
外は夕日が沈みかけていた。
オレンジ色の日の光に照らし出される廃墟は昼間見るものとはまた違った美しさを演出している。
真面目に説明してくれているのだが、歩く度に
「
「電気はないですからねー。基本的には夜は皆ランタンを持って出歩きます。まあ、月が出てればランタンもいらないくらい明るいですけどねー」
夕焼けの空を見上げながら
「今夜は明るいかな?」
「明るいと思います!」
「
不意に
「俺はしがない大学生だよ。もう単位も取り終えて4月から院に行くんだけど、大学は春休みに入ったからこうして東京から遥々つかさを探しに来たってわけ。だから1ヶ月くらいなら時間はあるんだよ」
すると空を見上げながら歩いていたカンナが
「
「現役だよ。そっか、カンナも同じか〜。まあ、お互い色々あると思うけど頑張ろうぜ!」
「いいですねぇ〜お2人とも共通点があるなんて、だから仲良しなんですね〜! お2人は何の勉強をされているのですか?」
興味津々な様子で
「私は政治を……」
先に口を開いたのはカンナだった。
「お父さんが国会議員でね……そういう関係の仕事しようかなって思ってたんだけど、私、絶対議員とか向いてないでしょ? だからお役所で裏方の仕事ができる官僚になろうかなって思ってる」
「お父さん国会議員なの?? そうだったんだ。でも確かに……カンナが演説とか答弁とかしてるところ想像出来ないな」
「でも素敵ですよ! 日本を良くする為に働かれるって事ですよね!」
日本の政治や経済はネフィスが誕生してから変わり始めた。生まれながらに有能な新人類であるネフィスは、社会に出ると大企業、官公庁、政界にて重宝され、重要ポストに就けられるようになった。そのため、旧人類であるアーキタイプの人々は高位の役職に就く事は難しく、職場では差別待遇が常態化するようになり、アーキタイプの人々はネフィスや社会に対して怨嗟の念を抱くようになった。
しかしながら、ネフィスの寿命が30年弱という事が話題になると立場は逆転。長期で働けるアーキタイプを若いうちから育てようと、あらゆる場所で雇用の変化が起こった。もちろん、その変化はこれまで優遇されてきたネフィス達の反感を買う事になり、アーキタイプとネフィスは常に対立構造が崩れない。
「
水色の綺麗な瞳をキラキラさせる
「俺の事なんかより、
「え! 分かりますー? これ自分でデコってるんですよ!
月希の爪は黄色のネイルチップが施されており、それをベースにキラキラとしたネイルストーンが散りばめてデコレーションされている。
「マジで? プロ並みに上手だね! めちゃくちゃセンスある!」
「ありがとうございます! 凄く嬉しいです!
実は私、将来ネイリストになりたくて、美容の専門学校で勉強してたんです! まだ1年生ですけど、ネフィスの延命治療に選出されたので……休学してここに来たんです」
初めこそキャッキャとしていたが、言いながらどんどん声が沈んでいく
夢を叶える為に入った専門学校を1年もしない内に休学し、延命治療と称した無人島でのサバイバル生活を強いられているのだから、落ち込むのも当然だ。しかも、延命治療が本当に存在するのかも分からず、この島から脱出できるるかも分からない絶望的な状況である。明るく振舞っているのが凄い事だというのは誰の目にも明らかだ。
カンナも
「あ! ごめんなさい! 落ち込まないように、敢えて大好きなネイルと向き合おうって、こうやって毎日ネイルデコってるんですけどね……」
「謝るのは俺の方だ、辛い事思い出させちゃってごめん」
「いえいえ!
「あ、うん、そうだよね……」
気まずそうに
「とにかく今はさ、ここにいるメンバーで力を合わせて島を抜け出す事だけ考えよう。お互い、過去の事は一旦忘れてさ! な! カンナ!」
「そうですよ、
カンナはぎこちない笑顔を作り
「ありがとうございます! お2人とも! とっても心強いです!」
「え〜?? そうかなぁ〜??」
どこからともなく、
聞き覚えのある、あまり印象の良くない女の声。
3人が声の聞こえた前方を見ると、道の脇に生えた大きな木の上から、2つの人影が枝を揺らし飛び降りて、3人の前に着地した。
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