第8話 確執
神秘的な廃墟の大学内を
スマートフォンの時刻表示は13時を過ぎ。相変わらず圏外で、バッテリー残量は20%弱。さすがにこの廃墟の中に電気は通っていないようで、充電出来そうな場所は残念ながら見当たらない。
カフェテリアから少し歩いたところで、粼とカンナの前に3階建てのアパートのような建物が現れた。相変わらずこのアパートも、蔦に覆われ、地面は草が生い茂っており荒れ放題の建物だ。
「ここが居住スペースです。大学の学生寮だった建物で、まだ使える部屋がありますので、
「俺、廃墟に住むの初めてだから分からないんだけどさ、この建物大丈夫なの? 80年以上前の建物なんだろ? 1階なんて窓の半分くらいまで草で埋まってるし、3階は屋根が一部崩落してない?」
「大丈夫ですよ! 施行時の設計資料によれば、造りは鉄骨鉄筋コンクリートで丈夫ですし、1階と3階は確かに使えないんですけど、2階は比較的綺麗ですよ?」
「そうか、まあ、実際に住んでる人がそう言うなら大丈夫か。じゃあ、俺はここに住むよ。カンナはどうする?」
カンナは顎に指を当て真剣に考えているようで、質問されるとゆっくりと
「私も、ここで大丈夫」
「良かったです! ここがパイドパイパーの居住スペースの中で一番住みやすいと思いますよ。今日からお隣さんになりますね!」
しかし、不意にカンナが振り返り、後ろの様子を気にし出した。
「ん? カンナ? どうした?」
「誰? 隠れてるのは」
カンナが言うと、観念したのか人影が2つ道の脇の茂みから姿を現した。
「へー、やるじゃん! 気配は消してたのに、もしかして、結構出来る人かな? ね、
「うん」
現れたのは若い2人の女性。1人は毛先がブロンドの肩までの茶髪で、頭に黒いコサージュが着けられている。服装は白のノースリーブシャツに、真っ赤なサスペンダー付きスカート。その可愛らしい顔は口元だけ笑っている。
もう1人は小柄でオレンジ色の腰くらいまで長いツインテールで、少女と言った方が適切なくらいに若い。ピンク色のオフショルダーのシャツとデニムのホットパンツで、そこから伸びる生脚は細いのにかなり筋肉質だ。目付きが悪く、こちらは愛想が一切ない。
2人ともお揃いの黒革の指抜きグローブを着用しており、仲が良さそうに思える。
「
不穏な空気を感じ取った
「
「そうだよ。
「
「何が言いたいの?
「はっきり言いますね? 役に立たない人を増やして、私たちの貴重な食料を減らさないでもらいたいんですよね。その2人が役に立つんですか?
「それなら心配ないよ。この澄川カンナは素直でいい子だし、素手でヒグマを倒す逸材だ」
すると
「ヒグマ?? それって凄い事なんですか? 私たちにだって出来ますよ? やらないだけで。じゃあ、そっちの男は?」
笑いながら
「
また
「あー、まあ、達人て程ではないですが、それなりには使えます」
「へー、そうなんだ。つかささんの幼馴染。棒術って、そのゴミみたいな棒を使うんですかー?」
小馬鹿にしたように、
「
そんな中、
一方のカンナは想像通り無表情だった。自分の事も言われていたので無関心というわけではないだろう。
「失礼ですねー。私はパイドパイパーの皆の為に忠告してるんです。仲間を増やすのもいいけど、新人の人間性と利用価値はちゃんと考えないと無駄に食料を消費して皆死ぬかもしれませんよ?」
「だから、人間性は問題ないし、
「その女は?」
「私も探索には協力しますよ」
「ほら、カンナも協力してくれるって。はい!
この話は終わり! 散れ散れ、
「私、
そう言って
「
「悪いな。2人とも。ここにいるのは神父様を除いたら全員ネフィス。短い寿命という残酷な現実を知ったせいで、自分の事しか考えられなくなってあんな風になっちゃう奴らもいるんだ。本来は延命治療を受けられるはずだったのに、フォーミュラに騙されてこんな島に監禁されて……だから、アイツを責めないでやってくれよな」
「気持ちは……分かりますよ」
黙って
「私だって最初寿命の事を聞いた時は愕然としました。30歳を過ぎたらいつ死んでもおかしくないなんて、恐怖で気が狂ってしまいそうでした」
「カンナ……」
寂しそうな表情で、カンナは珍しく気持ちを吐露し始めた。一緒にいた時間の長い
「小さい頃から私は人の“
「そっか……そんな辛い過去があったんだ」
「だから私は、それ以来極力人とは関わらないように生きてきました。家族にも、その事は隠していたんですけど、私に
「素敵なお父さんですね……」
「だけど、2年前、私が20歳の時、試作体のネフィス達が全員死んだって世界でニュースになって……私に残された時間があと10年くらいかもしれないって知りました。……せっかくこれから、やり直そうと思ったのに……って、凄く悲しくて悔しかった……」
3人はカンナの話を聞いて黙って頷く。
「そんな時、フォーミュラがネフィスの寿命を延ばせるって発表して、私たちネフィスは未来に希望を繋いで、やっとその治療の順番が回って来たのに、こんな無人島でサバイバル生活しなきゃならないなんて、冗談じゃないですよ。私たちネフィスには1秒1秒がとても大切な時間なのに……
カンナの思いを聞いた3人はまた黙って頷いた。
「お前もそういう気持ちを持ってると分かって安心したよ。カンナ。ここにいるネフィスは全員そう思ってる。
「さすが
先程まで水音の態度に怒りの表情を見せていた
「ありがとうございます。
「さて、それはそうと、
「ちなみに、
「分かりました。でも、いつかはアーキタイプとネフィスも差別なく共に生きていける世界になればいいですね」
「それは無理だと思うよ」
「そうだね」という言葉を期待していた
「自分たちよりずっと長く生きられるアーキタイプをネフィスが羨まないわけがない。病気や事故に遭わなければ今や100歳近くまで生きられるアーキタイプに対し、突然30年ちょっとで死ぬかもしれないと言われたネフィスが穏やかでいられるはずはないんだ。今はまだ大丈夫でも、きっと近い将来争いが起きるだろうな」
「それは……そうかもしれませんが……」
「あたしは今27だ。あと3年で死ぬかもしれない年代になる。もちろん、あたしは死にたくない。
健康なアーキタイプにはない想い。心の強そうな
「
心に影が掛かっていた
「うん……そうだね。悪い」
「さ! それじゃあ早くお部屋を片付けましょう! だいぶ散らかってるから時間掛かりますよ〜」
取り残された
2人は顔を見合わせる。
「何だよ? あたしの顔に何かついてるの?」
「あ、いえ。 さ、俺たちも行きましょうか」
「お前、あたしにも部屋の片付け手伝わせる気満々だな」
「え!? いや、でも、
「嘘だよ! 何焦ってんの!」
そして粼の耳に口を近付ける。
「夜寂しくなったら、あたしの部屋来ていいよ」
ニカッと八重歯を見せて微笑む
「じょ、冗談はやめてくださいよ!」
顔を真っ赤にして動揺する
「期待通りの反応してくれて楽しいわ、お前!
ここにはその反応してくれる男はお前しかいないんだよ」
楽しそうに笑う響音。彼女の顔にはもう寂しさという感情は読み取れなくなっていた。
やれやれ、と、
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