第14話 要望
ここは大人しく状況の潮流に漂っていた方がいい。お能登さまに「これはいったいどういうことです?」と絶叫したところで、詳細どころかかいつまんでさえ説明はされないだろうし、「退いておれ」などと言われ林から出ても何が話されるのか気になってしょうがない。なんといっても制止を聞かず勝手に追って来たのだから。それくらいならまだましな方で、許容してくれた大きな鳥が「たわけ」などと言いつつ襲ってきた日には反撃どころか避けようがない。よって、ただただお地蔵さんになったつもりでこの異質な状況を静観するしかない。
「我が子らが生の理に舞い戻ったことは承知しているだろうが、困ったことがある。一つなる永久の生ならば理など一寸の木枯らしほどと思えるのだが、種の生活にいればそうもいかない。つまりは種に生きるということは他の種との相生相克の関係を築くことになる。ということは生命が狙われうるということ。我が命だけならばいくらでも克してやろうが、我が子らはまだ弱い。その我が子らの卵がやはり狙われているのだ。そこでお能登殿、奪われてしまった一つ取り戻してもらいたいのだ。子の種としては長く生き、ようやくにして授かった卵だ。ぜひぜひ願いたい。さすれば、聞き届けることやぶさかでない」
もはや、火の鳥っていうか、鳳凰っていうか、そういう伝承系の生物にしか見えなくなってきた。というか、その鳥としても超然としている存在が自然界のシステムに干渉するようなことを他人に頼んで差し支えないことなのかね。
「謹んでお受けいたします。して、期日は?」
お能登さま頭を垂れる。そこはその妖鳥にちょっと説教するか、さもなくば諫言したとしても、首刎られるなんてありはしまい。古代の処罰じゃないんだから、今は現代。そんな理不尽な裁きは人権派弁護士でなくとも抗議申し上げる。
「志朗とやら、そなたに子は?」
鳥、さすがである。そんじょそこらの鳥ではない。しゃべるくらいだし。どうやら透視術でも心得ているらしい。だから、「五人ほどいましてね」などとお茶らけても、きつい反証が待っているだろう。よって正直に答える。
「では、そなたと添い遂げた人が子を宿し、その子がさらわれたら、そなたは平静でいられるか?」
滔々と語りやがる鳥に納得しなければならない。そんなこと想像しえないはずはなく、自然の摂理だか、弱肉強食だか知れないが、そんなもの反旗を翻すに決まっている。
「というわけだ」
諭されてしまった、鳥に。お能登さまはクスッとした口を袖で隠した。
「できるだけ早く、と言っておこう。お能登殿にとってもその方が良かろう」
お能登さまは頷いた。卵と一口に言ってもスーパーに売っているわけでもないし、品質管理されているわけでもない。どこをどうやって探すというのだろう。
「その卵には、人が記した数字がある」
数字を覚えていた、鳥だが。それならば調べようがあるだろう。ということはやはりこの鳥は朱鷺、ということになるようだが、姿や大きさが全く違う。施設で写真を見たばかりだから、記憶違いはない。とはいえ、「朱鷺ですか?」と聞くのも野暮ったいし、そもそも朱鷺は人間の言葉はしゃべらない、はず。
お能登さまはもう一度頭を下げ鳥の前を下がった。俺もついて行く。
「お能登さま、当てはあるんですか?」
「ない。ただ今は便利な道具がある」
そう言って袖を片手で軽く叩いた。そこにスマホ入れてるんだ。
「いや、それなら先に行っとくところありますよ」
お能登さまは振り返って変な顔した。変顔しても美人なのだから奇特なのに、脳内の電気信号にしか保存できなかった過失を失念する以外にすることは、スマホを叩きつけて悔しさを表明することなのだが、破損したら今後のお能登さまを記録することができなくなるので、できるだけ短期記憶を長期記憶に複写する想起に余念をなくすしかない。なんて、駄弁を言っていていても、お能登さまは俺の言わんとすることがよく分かっていないらしい。
「そのまままっすぐ行ってください」
お能登さまは首を傾げてから、踏み分けて林の外を目指した。
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