第二章 お能登さま、ご乱心
第11話 出発
翌日、薄明るい曇り空だった。
お能登さまからのお達しで、朝から――とはいえ九時が朝かどうかはおいておいて――例の赤い車を走らせていた。
貸家から二十分ほどで目的地の駐車場に着いた。トキの森公園。絶滅天然記念物の朱鷺が繁殖成功によって数を増やしていると言う。その朱鷺を見られる施設。もはや観光に違いないかと思いきやカメラも持参せず、もしかしてここでコスプレ大会なのかと思うのはやはりお能登さまがあでやかな着物姿だからなのだが――昨晩、当地で以前開催されたとかいうコスプレ大会の無料動画サイトを閲覧したせいかもしれないが――、物珍しい自然生物をわざわざ来島したのだから見ておくのも、本来の目的ではないとしても、貴重といえば貴重だろう。
施設内のゲージにいる朱鷺。これが絶滅寸前まで陥ったのかと思うと繁殖が科学の恩恵があったとて奇跡的と思える。そもそも乱獲して絶滅の縁まで追い込んだのも人なのだから、何とも言えないけれども。説明のパネルやモニターを見ながら、そんな矛盾した感想が出る。縁もゆかりもない土地にふらっと来ただけの、いや来たから出るもので、故郷が自分にあったとしてそこに愛着が少しでもあったらそんなのんきなことを思いさえしないだろうな。
なんてことを思ってはいたのだが、お能登さまは感傷などまるで皆無のようでそそくさと歩いて戻ってきた。本当に朱鷺を見ているのかさえ怪しい。ランウェイでさえもっと時間をかけて歩くだろう。
「違うようだ」
館内をあとにする目くばせをしてスタスタと歩いていくお能登さま。見たかったのは朱鷺ではなかったのだろうか。入場料金はまあお賽銭代わりということで。もう少し見てみたかったが、さりとてどうしてもというわけでもない。お能登さまを追いかける。するとお能登さまはスタッフらしき人に何やら尋ねている様子。スタッフさんもお能登さまの出で立ちに平静を装っている感が隠されることなくぎこちなく説明。お能登さまの頭を垂れる礼に、却って恐縮している。漫画だったら大量の汗が噴き出ているシーンになっていることだろう。
「他にいないかと訊いていたところだ」
事情を述べてくれるのはありがたいが、放鳥って書いてあったから空飛んでるのがいるくらいは分かりそうだが。
「そうなのだが、そうではない」
顎に手を当てて思案気になるお能登さま。なんか捜索願でも出されている特定の個体でもいるってことなのかな。
すると、お能登さま。遠くから漂ってきた匂いに、これはいつぞやに嗅いだことのある匂い、それは一体いつどこで、みたいな表情になって、それこそ遠くを見やる視線になった。
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