第12話 久我古書店に珍しい客②

岡田教授は、ソソクサと古本四冊分の支払いを済ませ、話題を変えた。

「太郎君、忙しいかい?」


太郎は苦笑い。

「忙しいと言いきれないかな」

「午後は、ここの店番だけですから」

「書いているのは、エッセイだけです」

「不動産の仕事もあるから」


岡田教授は、大きな目だ。

「太郎君の、歴史恋愛小説も読みたいな」

「書けると思うよ」


太郎は、頷いた。

「書きたい人はいますよ」

そして笑った。

「先生の鞄に入ったメアリー・スチュワートとか」


岡田教授

「確かにね、いろいろ・・・あの人は」

「カトリーヌ・ド・メディチ、エリザベス1世、ジャンヌ・ダンブレ、メアリー・スチュワート・・・女傑だらけの、あの宗教戦争の時代も面白い」

「その時代を書きながら、メアリーの奔放な愛を書く」

「メアリーは最後に、エリザベスに首をはねられるが」


太郎

「現在のイギリス王室は、そのメアリーの血筋」


岡田教授は太郎に迫った。

「書いたら?」


太郎は、即座に首を横に振った。

「ナマケモノですしね」

「それと、書くなら現地取材しないと無理」

「小説って、その対象地域の空気を感じないと、書けません」

「ここの店番がいなくなっても困る」


岡田教授は、笑って話題を変えた。

「親父さんとは、話している?」


太郎は、頷いた。

「まあ話すことは(笑)・・・でも20年近く、外国暮らし」

「現地に愛人がいるらしいですよ」

苦笑いした。

「下手をすると、日本に帰って来ないかも」

「愛人は、フランス貴族の末裔らしい」


岡田教授

「親父さん、とにかく学生時代からモテた」

「顔はいいし、頭もいい」

「女が寄って来るタイプ」

「俺みたいなブ男は、見ているだけでね」

「太郎君のお母さんが亡くなった時、太郎君の面倒を見ろ、って言ったけど」

「結局、そのまま外国に行っちまった」


太郎は、父を弁護した。

「親父は、子育てに向いていません」

「その分、僕が自由に育った」

「実際、祖父母もいましたし、家政婦もいて、生活に苦労はなかったから」


岡田教授はため息をついた。

「この久我古書店も、無くなっても困るしなあ」

「太郎君でないと、店番ができない」

「素人では無理だから」

「何でもすぐに教えてくれて」

「学者、作家御用達で、神保町よりレベルが高い」


話が長くなったので、太郎は純喫茶アラビカに出前珈琲を頼んだ。

岡田教授、山田恵美、ミツコも加わって、宗教改革時代の話が、しばらく続いた。

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