第11話 久我古書店に珍しい客①

太郎は山田恵美とミツコに「ホテルでのランチ」を懇願されたが、あっさりと断った。

「午後から古書店主なので、お昼は隣の町中華にします」


山田恵美とミツコは、それでも「一緒の昼食」を諦めなかった。

「西荻の絶品東京ラーメン、食べたいです」

「妙春ですよね、実は通っています」


太郎は、今度は断れなかった。

吉祥寺から西荻にタクシーで移動し、三人で「妙春」に入った。


店主の星野信二は、今日はご機嫌だ。

「おや、太郎ちゃん、両手に花かい」

そのまま、キンキンに冷えた中ジョッキを三人の前に並べている。


太郎は苦笑い。

「お嬢様だよ、この二人」

しかし、山田恵美とミツコは、町中華好きだった。

ビールをグビグビ飲みながら、「ラーメン、餃子、炒飯」の「神メニュー」を注文するのである。

(太郎は、抵抗して肉玉野菜定食になった)


山田恵美は、ラーメンが進む。

「うん、このスープの香り、味、少し細麺がいい!」

ミツコも炒飯をガンガン口に放り込む。

「うわ!香りも凄いけれど、お米が美味しい」

「ギョーザは、マジにビールに合いますね」

山田恵美

「お酢と胡椒でもいける」

ミツコも乗った。

「あ・・・ほんと・・・サッパリ感が出ますね」

(この時点で太郎は、完全黙食になった)

(女子たちの勢いに、ついて行けなかった)


町中華「妙春」での昼食を終え、太郎は「久我古書店」を開けた。

(山田恵美とミツコも入って来た)

書籍を奥の棚から数冊、慎重に取り出した。

太郎は簡単に説明した。

「今日は、予約のお客様が、この本を取りに来ます」

「洋書です、フランス史になるのかな」


山田恵美もミツコも、全く読めない。

太郎は、さらに説明した。

「カトリーヌ・ド・メディシスの伝記」

「聖パルテミーの虐殺」

「それとギーズ家の歴史」

「魔女裁判史」


山田恵美がかろうじて反応した。

「全部、16世紀から17世紀ですか?」

太郎は頷いた。

「まあ、すごい時代ですよ」

「キリスト教内部の戦争、対イスラム戦争、国家間の戦争、新大陸やアジア植民地への侵略」

「それが同時に行われている時代」

「日本は・・・戦国から江戸初期かな」


ミツコは、太郎を憧れの目で見た。

「太郎先生の世界は深いです、恋愛小説の大家は、一部に過ぎない」

「弟子入りしたくなります」

「この本屋さんにも通います」


そんな話をしていると、総白髪の老紳士が店に入って来た。

太郎は頭を深く下げた。

「岡田教授、お待ちしておりました」


岡田教授は、謹厳な顔を太郎に向けた。

「ありがたいよ、手に入ったんだって?」

太郎は、微笑んだ。

「親父は、今イギリスにいますので」

岡田教授は、うれしそうに笑った。

「ああ・・・その手があった」


太郎は、もう一冊、岡田教授の前に置いた。

「メアリー・スチュワートも送って来ました」

「ご不要なら、僕が読みます」

岡田教授は、また笑った。

「おい、意地悪言うなよ」

「同時に読むから面白いのに」


山田恵美とミツコは、話についていけないので、他の古本を読みふけっている。

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