第9話 人気イラストレーター ミツコ①

妙子の部屋を出た太郎は、中央線に乗り、吉祥寺に向かった。


南口に出た時にスマホが鳴った。

女性向け週刊誌S出版編集者の山田恵美(24歳)だった。

「久我先生、S出版の山田です」

「今・・・どちらにおられます?」


太郎は、そのまま答えた。

「駅の南口、すぐに着くよ」

山田恵美の声が、いきなり弾んだ。

「あ!わかりました、先生、見えました!」

「お迎えしますので、そこで待っててください!」


太郎が仕方なく待っていると、山田恵美が駆け寄って来た。

薄いピンクのスーツを着て、小柄で童顔、顏を元気そのものに輝かせている。

「先生、ご自宅までお迎えしたかったのに」


太郎は、笑った。

「あのさ、西荻と吉祥寺だよ」

「待っているより自分で動いたほうが気楽だ」

山田恵美は、太郎の鞄をスッと持った。

「もう、ミツコさん、お待ちかねです」

「8時半には、ホテルに来られて」

太郎は、目をクルクルとさせた。

「だって、対談開始は9時でしょ?」

「まあ、その人の勝手だけどさ」


吉祥寺駅南口から、対談場所のホテルまで100m前後。

ほぼ1分で、太郎と山田恵美は、ホテルに着き、対談部屋に入った。


対談相手のミツコ(22歳)は、今人気絶頂の美少女イラスのカリスマ画家。

イラスト画集、商品イラスト、ポスターなど、街を歩けば必ずどこかで目にするほどである。

今日は、清楚な花柄のワンピース姿、純和風で色白のしっとり美女になっている。


簡単な名刺交換の後、山田恵美の司会で、二人の対談が始まった。


山田恵美

「今回の対談のテーマは、令和の女性と恋愛です」

「恋愛小説のカリスマ久我太郎先生と、美少女イラストのカリスマ、ミツコさんのご対談となります」

「読者からの期待度もマックス状態です」

「それでは、よろしくお願いいたします」


ミツコが、太郎をじっと見て、口火を切った。

「太郎先生の小説、私もあの世界に憧れて、何度も読み直しています」

「対談のテーマは、令和ですが、男女の深い根源的なものは、変わりませんよね」

太郎は、少し考えた。

「今まで書いた小説では、古今集の忍ぶ恋が源流、伏流水でした」

「通いがない男君を待ち続ける姫君・・・いつ捨てられるのかと悩み続ける」

「あるいは身分差で簡単に愛する姫君に捨てられる男君」

「令和でも・・・いつの時代でも・・・似たようなことは起こり得る」


ミツコの目が輝いた。

「その世界を、絵にしたいなあと」

「つい、可愛く描いてしまいます」

太郎は、クスっと笑った。

「それはそれで・・・いいと思います」

「あそこまで可愛く描ければ」


ミツコは、首を横に振った。

「太郎先生のような、深みを描きたいなあと」

「今は、子供の絵です」

「きれいで可愛いだけかと」

山田恵美が太郎を見た。

「太郎先生は、古書店主ですので、いろんな恋愛の本にもお詳しくて」


太郎は苦笑いした。

「暇人しかできません、古書店主なんて」

「西洋の恋愛本、中国の恋愛本もあります」

「日本の恋愛以上に、毒が強いのもありますし」

「例えばドストエフスキーの世界・・・」

「罪と罰、白痴、悪霊・・・あのロシアの愛も、哀しいほどに深く重い」

太郎は、そこまで言って謝った。

「令和の女性と恋愛のテーマからずれているかな、申し訳ない」


ミツコは、顏を赤らめた。

「太郎先生に弟子入りしたくなりました」


太郎は、首を横に振った。

「令和の時代を考えましょう」

「日本で言えば、人口減少期の女性の恋愛とも言えます」


山田恵美は、太郎の話題転換に目を輝かせている。

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