第7話  妙子①

会議終了後、太郎は一人、久我ビルの小料理屋「飛鳥」に入り、カウンター席に座った。


「ただいま」(ただいまと言うのが、この店での太郎の習慣)


白い割烹着姿の女将妙子(40歳)が、花のような笑顔。

「はい、お帰りなさい」

太郎の前に、「豆腐の味噌漬け」と、「篠峯(奈良の銘酒)」の冷酒が置かれた。


「美味しい」(太郎の口から久々に本音が漏れた)


妙子は、太郎をじっと見た。

「疲れた?」

「太郎君、いろいろ過ぎるよ」


太郎は、豆腐の味噌漬けを目を閉じて食べる。

「これ、好き」

「複雑で、玄妙な味?」


妙子は、そんな太郎が可愛い。

「変わらないわね、いつまでも」

「難しいこと言っても、子供の頃と同じ顏だもの」


太郎は、顏を赤くした。

「妙子さんも、いつまでも、きれいです」

「子供の頃から、女神様です」


妙子は、太郎の手をつねった。

「もう、40なの、意地悪言わないの」


太郎は、つねられた手の痛みも、うれしい。

「まだまだ・・・ピカピカです、女神様」

「いろいろと、教えてもらいましたから」

「女神様には」


妙子は、含み笑い。

「うん、最初から全部教えた」

「全部見たけど、全部見られた」


少し間があった。

「太郎ちゃんなら、いいかなと」

「何しろ、子供の頃から知っているから」

「太郎ちゃんも、私でよかったの?」


太郎は、頷いた。(まだ顔が赤い)

「他の人では嫌だった」

「5歳くらいの時、抱っこしてもらったことは覚えているよ」

「その日から、好きでした」


妙子は、笑った。

「転んで泣いていたから・・・」


「でも、泣き顔可愛かったなあ・・・お人形さんだもの」

「今でも泣かせたら同じ顏になるのかな」


太郎は、反発した。

「いじめないでください」

「僕は妙子さんに、かなわないんですから」


妙子は、太郎を抱きたくなった。

「ねえ、太郎ちゃん、今夜泊って」(妙子の部屋は、太郎の部屋の下、7階にある)


太郎は、拒めない。(すでに妙子の術中にはまっていること、ノックアウト寸前とは、理解している)

「わかりました、女神様」


妙子は、また笑った。

「責めちゃうよ」

「中途半端は許さないよ」


太郎は、ブルッと震えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る