第6話 久我不動産経営会議

太郎は、女性の涙には、すこぶる弱い。

すぐに謝った。

「泣かせて申し訳ない」

「弁当ぐらいで厳しく言い過ぎた」


しかし伊藤彩音は、したたかだった。

「女泣かせの太郎さん、責任取ってください」

(そのまま太郎の胸に顏を埋めた)


太郎は伊藤彩音を軽く抱いた。(あの程度で泣かれても、面倒と評価しながら)

「責任は考えておく」(少し冷たい響きを込めたが、伊藤彩音は気づかなかった)


久我不動産の「経営会議」は、久我超高層マンション群(各20階、計10棟)A棟の最上階会議室で、定刻の午後7時に始まった。


議長は、実質経営者(肩書は専務取締役社長)の久我太郎。

司会は、常務の久我良夫(58歳:太郎の叔父)。

尚、純喫茶「アラビカ」店主夏目欣二も役員10名の中の一人として列席している。


定例の議事進行である。

司会久我良夫の指示で、久我不動産総務部長国木田進が経営状態を説明した。


「久我不動産の住宅販売実績は、極めて順調です」

「やはり買主の希望を充分配慮した設計、使用材質を高め、満足度も高い」

「何より、久我不動産伝統の住み心地の良い家を貫いています」

「また、賃貸も同様に、堅実です」

「競合他社と比較して、少し高めですが、住み心地の充実で、値段以上の満足感と安心感を提供出来ていると思われます」

「その結果として、安定した収益を確保しております」


久我太郎が挙手し、発言した。

「今回の資料に追加しましたが、マンション群内の公園等の修繕費については、高めでも構いません」

「充分に利益も出ていますので、質の高い修繕を願いたい」

「安く抑えても、すぐに修繕が発生してしまう、それが今までの問題点でした」

「多少高くても、長い目で見れば、安心感と満足感が増します」


他の役員から、賛同が相次いだ。

「ますます、我が社の評判が高くなりますな」

「確かに、安い部品で、金をケチって、すぐに修繕では住む人が落ち着かない」

「修繕会社も職人も、それで潤います」

「我が社だけの目先の利益だけ追っても、無意味ですから」


議題は、マンション群内の施設に移った。

太郎が発言した。

「多目的スペースにある小ホールの活用を高めましょう」

「具体的には、地域の学校と連携し、音楽発表の場に」

「音楽以外には、演劇でも使えるかな」


これにも役員から、賛同や意見が相次いだ。

「マンション群には、地域の小、中、高校生まで、学生も多く住んでいますから、結構なことです」

「学校への交渉を行いましょう」

「今までは、たまにプロの音楽家が使うだけで、閑散としていました」

「もったいないですよね、使ってもらわないと」


次の議題に移った。

太郎が説明した。

「三鷹の農家さんグループと連携して、マンション棟の中央公園に産直市を設置したい」

「朝市ではなくて、午後からの産直市にします」

「つまり、午前中に収穫した野菜を、その日の午後に売りますので、本当に新鮮野菜です」

「農家さんによる漬け物講座、知り合いのシェフに家庭料理講座を頼んだら、二つ返事で了解をもらいました」


この提案も役員全員の賛成を受け、経営会議は円満に終了した。


司会の久我良夫(叔父)が笑顔で、太郎の肩を叩いた。

「もう一つ議題があるとすれば、太郎ちゃんのお嫁さんだな」

「早く決めなよ」


太郎は、「え・・・」と口ごもった。


役員全員は、大笑いになっている。

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