第5話 久我不動産 太郎付き秘書伊藤彩音

田中梨沙子にとって、久我不動産の(実は太郎付き秘書)伊藤彩音(24歳)は、強大な天敵である。

いつも、「旦那様の太郎」を、簡単に「横取り」するし、太郎も(情けなくも)簡単に従ってしまうのである。


その伊藤彩音が、久我古書店に入って来た。

実に上質な黒のスーツ。

キリッとした美女。

目が大きくて、賢そう。(肉体派の梨沙子は、そこで、いつもマウントを取られる)

スタイルもいい。

ふくらむべき部位は、しっかり上品にふくらんでいる。

ウェストはキュッとしまり、まるでモデルさん。

それと、ふくらはぎは、「大人美女」の典型、スッとしていて、見惚れてしまう。


田中梨沙子は、小説家にして古書店主の久我太郎が、実は西荻地域の不動産王「久我不動産」の実質経営者であることを知っている。

(田中梨沙子の家も、久我不動産からの購入で、父も久我不動産の幹部である)

だから、太郎(心の中では旦那様)の仕事を邪魔したくなかった。

ここは、スンナリと身を引くことにした。


「太郎さん、今日は帰ります」(涙目になった)

太郎は、やさしい目に戻った。

「うん、ごめんね」


田中梨沙子は、うれしかったので、図に乗った。

「頬っぺた、美味しかったです、ごちそう様でした」

(そこまで言って、伊藤彩音をチラ見した)

(予想通り、伊藤彩音の目に、怒りの火が灯った)

(田中梨沙子は、プチ勝利の快感で、機嫌よく帰って行った)


(「チッ!」と舌打ちして)田中梨沙子を見送った伊藤彩音は、太郎を叱った。

「罪作りですよ、太郎さん」

「変な期待を持たせるから、猫みたいに寄り付くんです」

「キチっとケジメを持ってください」

(太郎は、ほとんど聞いていない、久我古書店を掃除している)


太郎がようやく口を開いた。

「着替えて来るよ、ここで待っていて」

伊藤彩音のすました顔に焦りが生じた。

「え・・・秘書ですので」(やや、意味不明だ)

「お手伝いさせてください」(実は、太郎の着替えを見たいらしい)


結局、太郎の部屋に、伊藤彩音は入って来た。(逃しはしません、と太郎の後をつけた)

実際、太郎は、着替えを「手伝われて」しまった。


しかも、言葉責め付きだ。

「まあ、白くて、美しいもち肌」

「女殺しの肌・・・久我太郎先生のベストセラーにもありましたよね」

「うふ・・・お尻可愛いです」

「う・・・太もも・・・スベスベでムダ毛なし」


太郎は、言葉責めには、無反応。

(面倒だから)(見たければ勝手に見ればいいと思っている)

着替えを完璧に済ませ、脱いだ服を洗濯機に入れ、ポツリとつぶやいた。

「この洗濯乾燥機、10年超えた」

「壊れる前に、買い替えかな」

(確かに、洗濯機の音が大きい)


伊藤彩音は、満面の笑みだ。

「はい、お買い物の際は、お付き合いいたします」

「買い替えのリストアップもしておきます」


太郎は、ここでも彩音に応えない。

「今夜の夕食も、会議室で仕出しの松花堂?」

伊藤彩音が頷くと、続けた。

「今夜は、今さら、しょうがないけど、たまには変えよう」

「美味しくないとは言わないが、気持ちが明るくなる仕出しを検討して欲しい」

「気持ちが明るくない会議で、積極的な明るい意見は出ないよ」

「僕の身体がどうのこうのではなくて、そっちを考えて欲しい」


伊藤彩音は、下を向いて涙ぐんでいる。

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