第12話
プールデートを楽しんでから夏休みも半ばに差し掛かった。プールの帰り道に奈々に告白しようとして、結局言い出せなかった自分がもどかしい。奈々のことが好きだという気持ちは日に日に強くなっていく。それなのに、なかなか一歩が踏み出せない自分に歯がゆさを感じていた。
そんなある日、私は自分の部屋で夏休みの宿題を片付けているとスマートフォンが震えた。画面を見てみると、奈々からのメッセージが届いている。
『今年も夏祭り、一緒に行くよね?』
毎年この時期に近所の神社で行われるお祭りのことだろう。私たちが子供の頃から毎年行っている恒例行事だったけれど、今年はまだ約束ができていなかったことを思い出した。
『もちろん!私も行きたかったんだ』
すぐに返信を打ち込みながら私は心の中で決意する。
(夏祭りで告白しよう。奈々にちゃんと気持ちを伝えなきゃ)
前回のプールで言えなかった奈々に対するこの気持ちを伝えるチャンス。奈々が好きだと、奈々が私にとって特別な存在だと。だからこそ夏祭りの夜という特別な時間に奈々に気持ちを伝えたいと思った。
しばらくして奈々からすぐに「やった!せっかくだから今年は浴衣着ていこうね!」と返事が来た。
「浴衣かぁ…久しぶりだな」
ここ数年祭りに行くときは普段着で行っていたので浴衣を着ていくのは小さい時以来になる。そもそも今の私に合う浴衣がうちにはなく新しく買う必要もあるためどうしようかと悩んだ。
しかし今年は告白のための特別感が欲しいしどうせなら奈々の記憶に残るような浴衣を着ていきたい。そんな思いもありスマホで浴衣を調べていると藍色の下地に紫陽花が描かれている浴衣を見つけ買うことにした。
奈々との夏祭りの日がとうとうやってきた。私は少し緊張しながら浴衣を着ていたが、鏡に映る自分の姿を見るが何度見ても不安になる。
今日は奈々にとって特別な存在になりたい。だからこそ少しでも綺麗に見られたかった。
「今日は、絶対に奈々に気持ちを伝えよう」
鏡に向かって自分に言い聞かせる。
「奈々……私、あなたが好きなんだ」
そう呟くと、少しだけ涙が滲んだ。こんなに人を好きになるなんて自分でも驚いている。でもこの気持ちは本物だ。だからこそ絶対に奈々にちゃんと伝えようと決めた。
奈々のことを考えると自然と心が温かくなる。プールで奈々がナンパされていた時心の奥底から込み上げてきた感情。それが何なのか私はもう分かっていた。奈々が他の誰かに取られるなんて耐えられない。私が奈々のそばにいたい。そんな気持ちが溢れてやまない。
それから少しして玄関のチャイムが鳴り、私は思わず鏡をもう一度見て髪を直すと慌てて玄関に駆け寄る。ドアを開けるとそこには浴衣姿の奈々が立っていた。心臓が一瞬止まり、全身が震えた。淡いピンクの浴衣にはひまわりが咲き誇っていて、奈々の可愛らしさといつも見せてくれる太陽のような笑顔を思わせる、そんな浴衣だった。
まるで目の前に立っているのが現実じゃないかのように感じてしまう。奈々がこんなにも美しいなんて、私は今まで気づかなかったのだろうか。
「奈々……すごく綺麗」
私の声が震えているのに気づいたけれど、どうしても言葉を止められなかった。奈々は少し照れくさそうに笑っていた。
「ありがとう、美咲もすごく似合ってるよ」
その言葉に私は顔が熱くなるのを感じた。この言葉を聞けるだけで、さっきまで鏡の前で感じていた不安が一気に消し飛び嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだった。
心の中ではどんどん奈々への気持ちが溢れていく。奈々が隣にいるとそれだけで幸せで、胸がいっぱいになる。彼女の存在が私にとってどれだけ大きいのか改めて感じさせられた。
その後、私たちはすぐに祭り会場へ向かうことにした。夕暮れの街を歩きながら、私たちはどんどん祭りの喧騒に近づいていく。遠くから聞こえる太鼓の音と人々の楽しそうな声が徐々に大きくなり、私の心も高揚していた。
神社に着くとすごい人込みで溢れておりちょっとしたことで奈々のことを見失ってしまうかもしれないと思い、小さいころは二人で手を繋ぎながらお祭りを回っていたことを思い出し提案をしてみる。
「人込みすごいし、はぐれないように手を繋ごっか」
「小さい頃はいっつも手を繋いでたよね」
奈々も昔を思い出したのかそんなことを言いながら私たちは手を繋いで祭りの会場へと足を踏み入れた。色とりどりの提灯が夜空を照らし、賑やかな音楽が耳に響いてくる。
人混みの中、奈々の手の温もりが伝わってきてそれだけで私の心は満たされていくようだった。
「何から回ろうか?」
奈々が嬉しそうに聞いてくる。その顔を見て私は思わず微笑んでしまう。奈々の楽しみな気持ちが伝わってきて私も楽しくなってきた。
「いろいろ見て回ろうよ。金魚すくいとか、ヨーヨー釣りとか、いろんなお店もあるしね」
私が答えると、奈々は大きく頷いた。
屋台を見回っている中で、私たちは最初に金魚すくいの露店に立ち寄ることにした。奈々は笑顔で水面を見つめ、慎重にポイを金魚に近づけていく。
「美咲、見ててね。絶対に捕まえるから!」
奈々の真剣な表情に、私は思わず笑みがこぼれる。奈々がこんなに真剣になる姿を見られるのは、なんだか新鮮で可愛らしい。奈々は一生懸命に金魚を追いかけるが、結局最後まで一匹も捕まえることができずに終わってしまった。
「うーん、やっぱり難しいなぁ」
奈々は少し残念そうな顔をしながら、私もやってみてよと言ってきた。
「じゃあ私もやってみようかな」
私はお店の人に代金を払い、金魚すくいのポイを受け取った。
「頑張って、美咲!」
奈々が応援してくれる中、私は慎重にポイを水に浸し金魚を追いかけた。金魚の動きは思っていたよりも早く難しかったが何とか一匹を捕まえることができた。
私が振り返ると、奈々は大きな拍手をして喜んでくれた。
「この金魚どうしよっか」
勢いでやってしまったが、家に水槽などはなく飼育もできないことを思い出し、悩んでいると奈々が欲しがっていたので捕まえた金魚を奈々に手渡した。
「美咲、ありがとう!」
奈々が嬉しそうに金魚を受け取る。その笑顔を見ていると私も幸せな気持ちになる。奈々が幸せそうであればそれだけで私も幸せだと感じる。
次に向かったのは綿菓子の露店だった。奈々が「懐かしいね」と言いながら大きな綿菓子を買ってくれた。それを二人で分け合いながら食べ、甘い綿菓子の味が口の中に広がる。
「美咲、これ美味しいね!」
奈々が無邪気に言うと、私はうなずきながら答えた。
「うん、美味しいね」
奈々が一口綿菓子を口に運び、その甘い香りがふわりと漂ってくる。私はその香りに包まれながら、奈々の笑顔を見つめていた。
綿菓子を食べている間、私たちは祭りの雰囲気に浸りながら、これまでの思い出や最近の出来事を話した。奈々の笑顔が絶えずその笑顔を見るたびに、私はますます奈々のことが好きだと感じながらその時間を過ごしていた。
時間が経つのはあっという間で、祭りも終盤に差し掛かってきた。そろそろ花火が打ち上がる時間だ。私たちは人混みから少し離れた場所に座り、夜空を見上げる。
「今日は本当に楽しいね」
「うん、奈々と一緒だと本当に楽しいよ」
その言葉に奈々は照れたように笑い、私の肩に少し頭を寄せてきた。彼女の髪からふわりと漂う甘いシャンプーの香りが私の鼻をくすぐる。心臓が高鳴り、頭の中が真っ白になる。
(大きな花火が上がるタイミングで、告白しよう)
私は心の中で決意を新たにする。花火の光に照らされる奈々の横顔を見つめながら、私は自分の気持ちをしっかりと伝えるために、心の中で何度も練習していた。
(次こそは絶対に伝えるんだ)
奈々が私に寄り添ってくれる今この瞬間が、私にとってどれだけ特別で大切なものかを噛みしめながら、私は花火の開始を待っていた。
突然、夜空に大きな音が響き、鮮やかな光が空一面に広がった。最初の花火が上がったのだ。奈々の目がぱっと輝き、彼女は「すごい、綺麗!」と歓声を上げた。その瞬間、私の胸の中で何かが弾けたような感覚がした。私は思わず奈々の手を握りしめ、彼女の方を向いた。
「奈々……」
私は緊張で声が震えそうになるのを感じながら、深く息を吸った。
「奈々、聞いてほしいんだ」
奈々が驚いたように私を見つめる。その瞳が不安と期待で揺れているのがわかった。私は一瞬ためらったが、奈々の目をまっすぐ見つめて言葉を続けた。
「私、ずっと奈々のことが好きだった。ずっと友達でいられたらいいなって思ってたけど…でも、気づいたんだ。私にとって奈々は、ただの友達じゃなくて、大切な人だって」
私の告白に奈々は目を見開いたまま、何も言わない。花火の音が遠くで響き続ける中、私はただ彼女の反応を待っていた。奈々の沈黙が長く感じられ、不安が胸に広がっていく。
「ごめん、急にこんなこと言って…」
私は奈々の表情が読めず不安が募る。
「でも、どうしても言わなきゃって思ったんだ。奈々のことが好きだって、この気持ちを伝えなきゃって」
奈々の瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。彼女は少しだけ俯き震える声で言った。
「美咲…私も…」
その言葉に私の心臓は一瞬止まったように感じた。奈々が何を言おうとしているのか、私にはまだ理解できていなかった。
「私もね、ずっと美咲のことが好きだった。でも、美咲は私をどう思ってるのか分からなくて…だから、友達のままでいようって思ってた」
奈々からの告白に、私は驚きと喜びが入り混じった感情に包まれた。奈々も私と同じ気持ちだったなんて夢みたいだ。
「奈々……ありがとう。私たち、同じ気持ちだったんだね」
私は奈々の手をもう一度強く握りしめ、彼女の目を見つめた。花火の光が二人の間に輝いて、私たちの世界を彩っていた。
「じゃあ、私たち、これからは…」
奈々が少し照れくさそうに笑いながら言葉を続けた。
「うん、これからはもっと特別な関係になろう」
私は奈々にそう言って、彼女の頬に手を伸ばした。奈々も私の手を優しく握りしめ、私たちの距離は徐々に縮まっていった。
夜空に大きな花火が上がり、その音が私たちの心臓の鼓動と重なって聞こえる。奈々の唇が私のそれに重なり、私たちはゆっくりと唇を重ねた。
夜空にはまだ花火が上がり続けていて、その光が私たちの未来を祝福しているように感じられた。
「奈々、これからもずっと一緒にいようね」
私の言葉に奈々は顔を上げ、真剣な表情で私を見つめ返す。
「もちろんだよ、美咲。ずっと一緒にいたい」
これから先どんな未来が待っているのかは分からない。でも、奈々と一緒にいられるならきっと素晴らしい日々が続くと思う。私たちの関係は新たな一歩を踏み出したばかり。これからの毎日が楽しみで仕方がない。
(奈々、これからもずっと一緒にいようね)
夏の終わりを感じさせる風が吹き抜ける中、私は奈々との未来に思いを馳せながら、ゆっくりと家路に着いた。
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皆様ここまでお付き合い下さりありがとうございます。
まずは自分が書きたかったところまで来れたのでこれにて完結としたいと思います。
もし想像以上にレビューや要望などがあれば奈々視点での話やこの後の話なども書きたいなと思いますので、ぜひ☆やレビュー、感想など頂けますと幸いです。
そっと紡ぐ彼女への想い 朝月 さくら @asatsuki_sakura
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