第8話

 期末テスト最終日。


 教室の中はどこか浮足立っていて、テストが終わる喜びと夏休みの期待感が入り混じったざわめきが広がっている。窓から差し込む夏の日差しが、まるで解放感を後押ししているようだった。


 私は自分の席に座り、これから配られる答案を待ちながら、ふと奈々の方を見た。奈々は少し緊張した様子で、私の方に視線を送ってくる。私が微笑んでみせると、彼女も少しだけ笑顔を返してくれた。


 今回のテスト、奈々も本当に頑張っていたからきっと大丈夫だと信じているけれど、彼女の結果が気になって仕方がない。


 やがて、先生が答案を配り始めた。教室が急に静まり返り、みんなの視線が一斉に先生に向けられる。私の胸も少し緊張でドキドキしていたけれど、それ以上に奈々のことが気がかりだった。


 先生が「相澤」と奈々の名前を呼び、彼女の席に答案を手渡した瞬間、私は思わず息を飲んで彼女の反応を伺った。


 奈々は答案をじっと見つめ、しばらくしてからパッと顔を上げた。彼女の口元に浮かんだ微笑みを見て、私はほっと胸を撫で下ろした。


「美咲!赤点じゃなかったよ!」


 奈々が嬉しそうに言うのを聞いて、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。奈々が頑張ってきた成果がちゃんと出たんだ、そう思うと自然と笑顔がこぼれた。


「よかったね、奈々。これで補習も免れたね」


 私も自分の答案を確認すると、いつも通りの高得点だった。少し安心して、奈々と一緒にテストの結果を喜び合う。この瞬間、奈々が隣にいることが何よりも嬉しかった。


「ねえ、美咲。約束通り今日はデートしようね」


 奈々が嬉しそうに私に言ってきた。彼女の瞳はキラキラと輝いていて、その無邪気な笑顔を見るだけで私の胸は高鳴った。奈々にとっては、私とのデートはただの友達との時間なのかもしれない。でも、私にとっては特別な意味を持つ時間だ。


「そうだね。テストも終わったし今日は思い切り遊ぼうか」


 私は奈々に微笑み返しながら答えた。奈々との時間がこんなにも楽しいものだなんて、改めて感じていた。二人で一緒にいると、まるで世界が輝いて見える気がする。


「じゃあ、映画でも見に行こうよ!」


 奈々の提案に私はうなずき、二人で映画館へ行くことに決めた。学校を出ると、まぶしい日差しが私たちを包み込んだ。夏の始まりを感じさせるその光の中で、私たちは楽しそうに笑いながら映画館へ向かった。



 映画館に到着し、ポップコーンとジュースを買ってから、私たちは上映される映画を楽しむことにした。映画は最近話題になっていた漫画が原作の恋愛映画で、少し恥ずかしい気持ちもあったけれど、奈々が楽しんでくれるならそれでいいと思った。実際、私は映画の内容よりも隣に座る奈々の存在に意識が集中してしまう。


 奈々が映画のシーンに合わせて楽しそうに笑うたびに、その笑顔に目を奪われてしまう。映画の中でカップルが手をつなぐシーンが流れると、ふと奈々がどう感じているのか気になり彼女を見た。


 すると、奈々も同じように私を見ていたらしく目が合った瞬間、微笑みを浮かべながら私の手を取り指を絡ませてきた。予想もしていない行動に私は驚き、心臓が一瞬止まったかのように感じた。奈々の手は温かくて柔らかく、そのぬくもりが私の手にじんわりと伝わってくる。


「え、どうして……」


 私は言葉を飲み込んだ。手をつないだ瞬間から、頭の中が真っ白になってしまった。鼓動がどんどん早くなり、奈々に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいだった。


 奈々がなぜこんなことをするのか、私には全くわからなかった。でも、彼女の手を振りほどくこともできず、ただその温もりを感じていたかった。


 映画の終盤、カップルがキスをするシーンが流れると奈々が私の手を強く握りしめた。その瞬間、私の心臓は早鐘のように鳴り響き、息が詰まるような感覚に襲われた。奈々の行動の意味がわからなくて頭の中が混乱していた。


 映画の本編が終わりエンドロールが流れる頃、奈々はそっと手を離した。手を離されたことで少しだけ寂しさを感じたが、同時にホッとした自分もいた。奈々の私に対する感情がますますわからなくなっていた。




 映画館を出ると、夕暮れの風が少し涼しく感じられる。私は少しだけその風に癒されながら、奈々の方を見た。


「今日はありがとう、奈々。すごく楽しかったよ」


 奈々は私の言葉に笑顔を浮かべて、「こちらこそ、ありがとう。美咲と一緒に過ごせて、本当に嬉しかった」と言ってくれた。その言葉に私の心は満たされていく。


 夕日が沈む中、私たちは一緒に歩きながら家路に向かっていた。


 奈々の横顔が夕日に照らされて、ますます美しく見える。彼女と一緒にいる時間がこんなにも幸せだと感じたことはこれまでなかったかもしれない。


「また、一緒に遊びに行こうね」


 奈々がふいにそう言ってくれて、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。「もちろん!」と私は笑顔で答えた。その瞬間、奈々の笑顔がまた輝きを増したように見えて、私は彼女に夢中になっている自分に気づいた。


 しかし、心のどこかでさっきの出来事が引っかかっている。奈々が手を握ってきたこと、その時の彼女の表情、どうしてそんなことをしたのだろう?帰り道で何度もそのことが頭をよぎった。もしかして、奈々も私に対して特別な感情を持っているのだろうか?それとも、ただの冗談だったのか……。



 家に帰ると私はベッドに横たわり今日一日を思い返していた。


 奈々と過ごした時間はとても特別で、彼女と一緒にいるときの私は本当に幸せだ。奈々の笑顔や声が私の心を満たしてくれる。



 私はその気持ちを胸に、スマートフォンを取り出して奈々にメッセージを送った。「今日はありがとう。すごく楽しかった」と送ると、すぐに「私も楽しかったよ!また一緒に遊ぼうね」という返信が返ってきた。


 そのメッセージを見て、私は改めて奈々への想いを自覚する。奈々のことが好きで、彼女と一緒にいられるだけで幸せだと思った。でも、さっきの奈々の行動の意味がどうしても気になってしまう。もし、奈々が私に特別な感情を持っているとしたら……。そう考えるだけで顔がニヤけてしまう。


「奈々、あなたにとって私はどんな存在なの?」


 そんなことを思いながら、私は目を閉じた。奈々との未来がどうなるかはわからないけれど、今はただ彼女と一緒にいられることを幸せに感じていた。そして、奈々との次の約束に胸を躍らせながら、そっと眠りについた。

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