第4話

 誕生日の朝、私はいつもより早く目が覚めた。


 今日は奈々と過ごす特別な日。毎年恒例の二人だけの時間だけれど、今年は何かが違う。


 心の奥に小さな波紋が広がるような不安と、抑えきれない期待が入り混じり、胸がざわついていた。


「今年も素敵な一日にしなくちゃ……」


 自分に言い聞かせながら、私は少し早めに家を出た。奈々に会うことが楽しみなのに、なぜか今日は落ち着かない。そんな自分に戸惑いを感じながら、待ち合わせ場所へと急いだ。


 そこに奈々はもう来ていた。少しおしゃれをした姿が、朝の光の中で一層輝いて見えた。その瞬間、私の心臓がひときわ大きく鼓動した。


「おはよう、美咲!」


 奈々が明るく手を振り、笑顔で迎えてくれる。その笑顔はいつもと変わらないはずなのに、今日はどこか特別に感じられた。私の心に絡まっていた緊張が、その笑顔で少しほぐれた気がした。


「おはよう、奈々。待ち合わせよりずいぶん早いね」


 自然に出た言葉に、少し安心した。


「毎年そうなんだ。楽しみで早く家を出ちゃうの」


 奈々の無邪気な笑顔を見て、私は心の中にあった重りが少し軽くなるのを感じた。


 二人で歩きながら、いつものように会話が弾むけれど、胸の奥底にはまだほんの少し不安が残っていた。


 ショッピングセンターに着くと、私たちはお互いの誕生日プレゼントを探しに、いろんなお店を回った。奈々は無邪気な笑顔で商品を手に取るたび、私はその姿に自然と微笑んでしまう。彼女の楽しそうな様子を見ているだけで、胸が温かく満たされていく。


「これ、可愛いよね?」


 奈々が指差した小さなバッグやアクセサリーを見ながら私は彼女に似合うものを探していた。


 奈々にとって特別なものを見つけたい、そんな気持ちが私の中で強くなっていく。そして、あるアクセサリーショップでシンプルで可愛らしい銀色の星型ピアスが目に留まった。


「高校生になったし、ピアスもいいよね……」


 奈々の耳にはまだピアスの穴がないけれど、高校ではピアスが許されている。

きっと彼女に似合うに違いない。そう確信した私は、このピアスをプレゼントに選ぶことにした。


 奈々も私に似合いそうなものを探してくれているようだったが、彼女が何を選んでいるのかは教えてくれなかった。それでも、奈々が真剣に選んでいる様子を見ていると、私の胸はワクワクと期待で膨らんでいった。


 お互いのプレゼントを購入した後ショッピングセンター内のカフェでランチをすることにした。


 奈々は楽しそうに笑っているけれど、私はプレゼント交換のことが頭から離れなかった。「ピアスの穴もないのに、ピアスを贈るなんて、もしかして迷惑じゃなかったかな……」そんな後悔がじわじわと私の心を締め付けていた。


 そんな私の不安をよそに、奈々が「そろそろプレゼント交換しようか」と言ってきた。私は緊張で少し震える手で、選んだピアスを奈々に手渡した。


「これ、奈々に似合うと思って選んだんだけど……」


 奈々はその言葉に目を輝かせ、小さな箱を開けた。中には私が選んだ銀色の星型ピアスが入っている。奈々は驚いた表情を浮かべた後、すぐにふわりと笑顔になった。


「すごく可愛い!ありがとう、美咲。私もピアスいいなって思ってたんだ!」


 奈々が心から喜んでくれた瞬間、私の心にあった不安は一気に消え去り、代わりに温かな充実感が広がった。私が選んだプレゼントが、彼女の心に届いたことが本当に嬉しかった。


「実はね、私も美咲にピアスを用意してたの!だからびっくりしちゃった」


 奈々が差し出した箱を開けると、そこには私たちの誕生石でもあるムーンストーンを使ったシンプルで上品なデザインのピアスが入っていた。


「ありがとう、奈々。すごく嬉しい!」


 偶然にもお互いにピアスを贈り合ったことで、私たちの絆が一層深まったように感じた。


「今日の夜、お互いにピアスを開けるためにピアッサーも買いに行こう!」


 奈々の提案に、私は二人で共有する新しい体験を楽しみにしていた。


ショッピングセンターで服や雑貨を見て楽しんだ後、私たちは奈々の家に帰ることにした。


 夜はお互いの家族が集まって、私たちの誕生日を祝ってくれる予定だ。

奈々の家に着くと、家族がすでにお祝いの準備を整えてくれていて、リビングには色とりどりの飾り付けがされており、テーブルにはケーキが並び、温かな雰囲気に包まれていた。


「おかえり!楽しかった?」


 奈々のお母さんが優しい笑顔で出迎えてくれて、私と奈々は「うん!」と元気よく答えた。


 お祝いが始まり、私たちはケーキを食べたり、家族からのプレゼントを受け取ったりしながら、幸せな時間を過ごした。

笑い声が絶えないリビングで、私はこの時間がずっと続けばいいのにと、心の中でそっと願った。


 お祝いも終わり、私たちは奈々の部屋でお互いにピアスの穴を開ける準備をしていた。そのとき、奈々がふと私に声をかけた。


「ねぇ、美咲。お願いがあるんだけど、私の穴、美咲が開けてくれない?」


「私が奈々のを?」


「そう!やっぱり自分でやるのは怖いなって思っちゃって……その代わり、美咲の穴は私が開けてあげる!」


 奈々の綺麗な耳に自分が開ける穴が残ると考えると、嬉しさとともに責任感が押し寄せ、心がざわついた。


「本当に私で大丈夫?ちょっと不安だよ……」


「大丈夫だよ!それに、私が美咲に開けてほしいって思ってるんだ」


 奈々の言葉に心が温かくなり、私は小さく頷いた。消毒とマーキングのために彼女の耳たぶに触れると、その柔らかさとほのかな甘い香りが私を一瞬で虜にした。


「ちょっと、くすぐったいね」


 耳を触られている奈々は、少し恥ずかしそうに微笑んでいる。私は平常心を保つのに精一杯で、心臓の高鳴りが奈々に聞こえてしまわないかと心配だった。


「それじゃあ、開けるね」


 マーキングに合わせてピアッサーを押し込むと、「バチン」という音とともに、奈々の耳にはファーストピアスが装着された。


「…ッ!」


「大丈夫?」


「ちょっと痛いけど……大丈夫だよ!」


 奈々が痛みに少し顔をしかめたものの、すぐに笑顔に戻るのを見て、私は安堵した。自分が思い描いていた以上に緊張していたことに気づき、体中の力がふっと抜けるのを感じた。


「それならよかった。じゃあ、もう片方も開けるね」


 奈々の耳にもう一度ピアッサーを構え、慎重に位置を確認する。少し緊張しながらも、今度は奈々の微笑みが私を勇気づけてくれた。ピアッサーを押し込むと再び「バチン」という音がして、奈々の耳に二つ目のピアスがきらりと光った。


「これで完了だよ。どう?痛くなかった?」


「うん、ありがとう、美咲!これでピアスができるなんて、なんだかすごく嬉しいな」


 奈々の満足そうな笑顔に、私は心からホッとした。そして、今度は私の番となった。


「消毒とマーキングするね」


 奈々が私の耳たぶに触れると、思わず体が反応してしまう。奈々の手が耳に触れるたびに、心の奥でくすぐったいような感覚が走る。耳たぶに集中する暖かな感触が、恥ずかしさと緊張で熱くなり、顔が赤くなっているのが自分でもわかった。


「美咲、大丈夫だよ。すぐ終わるからね」


 奈々の言葉に小さく頷き、覚悟を決めた瞬間、「バチン」という音とともに鋭い痛みが走った。


「痛っ!」


 思わず声を上げてしまった私を見て、奈々はニコッと悪戯っぽく笑った。


「ごめんね、言わずにやっちゃった。美咲、昔から注射とか苦手だから驚かせちゃった方がいいかなって思って」


「もう!次はちゃんと合図してよ……びっくりするから」


「ごめんごめん。じゃあ、もう片方もやるね」


 奈々がもう片方の耳たぶにもピアッサーを構えるのを感じながら、私は心の中で少しの緊張と期待が入り混じるのを感じていた。再び「バチン」という音がして、私の耳にも二つ目のピアスがつけられた。


「これで完成!美咲、すごく似合ってるよ」


 鏡を手に取り、恐る恐る自分の耳を確認すると、そこには二つのピアスが輝いていた。奈々に着けてもらったという事実が、私にとって特別な意味を持っていた。ピアスを通じて感じる心の温かさが、じんわりと広がっていくのを感じた。


「ありがとう、奈々。すごく嬉しい」


 奈々のベッドに腰を下ろしながら、私たちはお互いの耳を見せ合って微笑んだ。すると、奈々がふいに私の方を向いて、「早く贈り合ったピアスをつけたいね」と言いながら、突然手を伸ばして私の耳に触れた。その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。


 奈々の指先が耳に触れたことで、まるで全身に電流が走るような感覚があり、息をのんでしまった。胸の鼓動が速くなるのを感じ、自分でも抑えられない緊張感がこみ上げてきた。


「そう……だね」


 なんとか答えたものの、声がどこか上ずっていて、顔が熱くなっているのがわかった。きっと顔が赤くなっているんじゃないかと心配で、奈々から目を逸らした。


 そんな私の様子には気づかないのか、奈々は特に意識することもなく、再びベッドに横たわった。その無邪気さが、逆に私の胸を締め付けた。


 自分の心が奈々に向かって何かを訴えようとしているのに、それが何なのかはっきりと分からない。けれど、この感情が何か特別なものであることだけは確かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る