第3話

あれから一週間が経った。


私と奈々の関係は、表面上はいつも通りに見えても、その奥底では何かが微妙にズレ始めていた。互いに笑顔を交わし、いつものように話をしているけれど、心の中では何かが絡まり合ったまま、解けないでいる感覚が続いていた。


奈々はいつもと変わらない明るい笑顔を私に向けてくれるけれど、その笑顔を見るたびに私は胸の奥が締めつけられるような感覚に苛まれていた。


あの日、彼女が何を言おうとしていたのかを考えるたび恐怖と焦りが交錯する。何かを失ってしまうかもしれないという不安が、私を押し黙らせていた。


そんな中、私たちの誕生日が近づいてしまった。


私たちにとって誕生日は特別な日。毎年、私たちは誕生日に特別な計画を立て二人で過ごすのが恒例だった。美味しいケーキを食べて、プレゼントを交換し、街をぶらぶらと歩く。そんな時間が私は何よりも大好きだった。


今年も同じように過ごしたいと心から願っていたのに、その気持ちを素直に伝えられない自分がもどかしく感じる。何度も「誕生日には一緒に出かけよう」と言おうと決意するものの、奈々の前に立つとその言葉が喉元で詰まりどうしても声にならなかった。


これまでなら奈々に誘われる前に私のほうから「今年も一緒に誕生日過ごそう!」と言えたはずなのに今回はどうしてもその一言が言えない。

心のどこかで奈々があの男子と過ごすことを考えているのではないかという疑念が私を縛りつけていた。


誕生日が近づくにつれ、私はますます自分に対する不安と葛藤を感じるようになった。何度も「今日こそ」と思いながら、結局そのまま日が過ぎていく。奈々は私の気持ちに気づいていないのか、それともわざと触れずにいてくれているのか、そのどちらかも分からなくなっていた。


そんなある日の放課後、私は教室を出ていつものように奈々のいる教室へ向かった。けれども、すでに奈々は教室を出ていて、私は彼女を探して校舎内を歩き回った。すると、人気の少ない廊下の先に奈々とあの男子が二人で話している姿が見えた。


その瞬間、胸がズキリと痛んだ。奈々が男子と二人きりでいる光景は、私にとって耐え難いものだった。彼女の優しい笑顔が、私にではなくその男子に向けられているのを見るのは、まるで心が引き裂かれるような思いだった。


私の視線に気づいたのか、奈々がこちらを見て、少し驚いたように目を見開いた。男子も同じように私を見つめていた。私は咄嗟にその場から逃げ出したくなった。胸が苦しくて、何も考えられなくなっていた。


無意識のうちにスマートフォンを取り出し、奈々に一言だけメッセージを送った。


『先に帰るね』


それだけ打ち込んで、送信ボタンを押した後、スマートフォンをポケットにしまい、急ぎ足で校舎を出た。奈々がどんな顔をしていたのか、彼女がどう感じたのか、それを考える余裕すらなかった。私の中にあるのは、ただ一つ、奈々があの男子と一緒にいる姿を見たくないという強烈な思いだけだった。


夕焼けに染められた街を一人で歩きながら、私は頭の中で何度も自問自答していた。


「私は何をしているんだろう?」


奈々に本当の気持ちを伝えることもできず、ただ彼女を避けるような行動ばかりしている自分が情けなかった。でも、どうしても彼女に向き合う勇気が出せなかった。私の心は、奈々が他の誰かを好きになってしまうかもしれないという恐怖でいっぱいだった。


家に着くと、私はそのまま自分の部屋に閉じこもった。奈々からのメッセージは来ていなかった。もしかしたら、奈々も私のことを気にしてくれているのかもしれない。でも、私からは何も言えなかった。自分の弱さに対する自己嫌悪が募るばかりだった。


夜になり、ベッドに入っても、私は眠ることができなかった。奈々のことが頭から離れず、目を閉じても彼女の笑顔や、あの男子と話している姿が何度も浮かんでくる。その度に、胸が痛んだ。



私はどうすればいいのか分からず、ただ自分の気持ちに押しつぶされそうになっていた。奈々に対するこの気持ちをどうやって整理すればいいのか、その答えは見つからなかった。


翌日、学校で奈々に会うのが怖かった。昨日のことをどう説明すればいいのか、どう接すればいいのか、何も思いつかなかった。奈々と顔を合わせるのが怖くて、朝も彼女を待たずに一人で学校へ向かうことにした。


学校に着いてしばらくすると、奈々が私の教室までやってきた。昨日のことや、今朝のことについて奈々は何気ない調子で尋ねてきた。


「美咲、昨日どうしたの?突然先に帰っちゃって。今日も先に一人で行っちゃうなんてさ」


その声はいつもと変わらず優しくて温かい。でも、その言葉の裏に隠された感情を読み取ることができなかった。


「ちょっと用事があったから…ごめんね」


私はそれだけ言うのが精一杯だった。奈々はそれ以上深く追及してこなかったけれど、私の中にある罪悪感と不安はますます大きくなっていた。


自分が何をしているのか、自分でもよく分からなくなっていた。奈々との関係を壊したくない。でも、どうしていいか分からない。その葛藤が私を苦しめ続けていた。


放課後、奈々が誕生日の話を切り出してきた。


「美咲、もうすぐ私たちの誕生日だね。今年も一緒にお祝いしてくれる?」


その一言が、私の心を揺さぶった。私が言い出せなかったことを、奈々が自然に言ってくれたことにホッとする一方で、自分の情けなさが際立つような気がした。


「ホントに私でいいの?」


不安から私は奈々に確認してしまった。


「当たり前でしょ~!私たちの誕生日は二人で一緒に過ごすって、昔からの約束なんだから!」


奈々は何を言ってるのと言わんばかりに微笑んでいた。しかし、その微笑みを見ていると、私は同時に恐怖を感じた。"約束"だから奈々は私と誕生日を過ごしてくれるのだろうか。ホントはあの男子と過ごしたいのではないかという心の奥底にある不安が、どうしても消えることはなかった。


その不安が、私の心に暗い影を落とし続けていた。

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