紅水晶の乙女 ローズクォーツヴァルゴ
0
呪い祓いの巫女は私が受け継ぐ。
お母さんも、そのお母さんも、そのまたお母さんも巫女だった。
長女の私が巫女にならなきゃ。
そのためにいろんなことを頑張った。
学校でも、家でも、誇れる自分で在れるようにと。
次代のために結婚しないといけないけど、娘が巫女になると巫女の力は失われる。
だからまだお母さんは巫女のまま。
早く私に受け継がせて?
お母さんは充分頑張ったから、これからは私が。
「
あなたには受け継がせない。
お母さんは私の妹を見ながら言った。
「巫女は、
ごめんね?
お母さんが謝ってくれたかどうかわからない。
その前に家を飛び出していた。
タウ・デプス 紅水晶の乙女 ローズクォーツヴァルゴ
1
どっかで見たことある顔だと思ったら。
「
高校のときの同級生だ。
高校のときも別に仲がよかったわけじゃない。
顔と名前を知ってる、ただ同じクラスにいるだけの他人。
「どうした?」
所在なさげな顔で道に立ち尽くしていたから。
つい声をかけてしまったが。
「大丈夫か?」
泣きそうな顔に見えて。
ついに、
泣き出してしまった。
俺が泣かせたみたいに見えるのが心苦しくて。
「ほら、行くぞ」
とりあえずこんな目立つ往来に置いておいたら。
心配?
お節介なんざ俺らしくもない。
しかし参った。
寮に連れ帰るなんてもってのほかだし。
外泊許可をもらっているとはいえ、外泊先は自宅。
要は見つからなければいい。
「悪いな。ここしか思いつかなかった」
カラオケ。
個室だしオールもできる。
納はしばらくしゃくり上げていたが、俺が淹れてきた紅茶(ティーバック)を飲んで落ち着いてくれた。
「聞くべきか?」
「ごめん。ごめんね、久しぶりに会ったのにこんな」
久しぶり?
ついこないだ高校卒業したばっかな気がしないでもないが。
高校で生徒会長なんかやってた同級生。
成績優秀で、誰にでも親切で、非の打ちどころのない優等生。
納の実家は私有地の山丸々一つ。
そこから着の身着のまま走ってきたみたいな雰囲気で。
「ごめんね、片山君」
何の特徴もない俺なんかの名前まで憶えている奇特な人種。
「謝るくらいならさっさと家に帰ってくれ」
「駄目」
「駄目じゃなくて」
何があったか吐きださせて満足させれば帰るだろうか。
「わかった。全部聞くから、だから」
「片山君のところ泊めてくれない?」
「寮なんだ」
「だから実家」
「なんて説明すんだよ」
「高校のときの同級生です、て」
「女のダチはいねえからな」
「じゃあダチになってよ」
無茶にもほどがある。
こいつ、こんな奴だったのか。
遠目にしか見てなかったが。
隣か向かいからやたらデカい声で歌う声が聞こえる。
下手くそなのか上手いのか俺の耳では判断できない。
「ダチになるのは構わんが、家には連れていけない」
「なんで?」
「なんで、て。おい、マジで言ってるか」
泣いた顔どけた、てやつで。納はすでに平常に戻っている。
「フツーに考えてみろ。ほぼ他人の男の家に行きたいとか、しかも夜に、んなこと」
「片山君なら大丈夫だよ」
「お前な」
計算でやってるのか、天然なのかよくわからない。
とりあえず、茶を飲んで落ち着こう。
「ねえ、ダメ?」
「駄目に決まってるだろ。もうお前帰れ」
「帰るとこなくなっちゃったの」
納はぽつりぽつりと話し始めた。
20時。
俺は何時に帰れるだろうか。
2
片山君に話を聞いてもらったきっかけでたまに会う関係になった。
たまに会う関係じゃ足りなくなって、時々一緒に何かする関係になった。
でもそれでも足りなくなって、付き合うことになった。
どっちが先に言い出したとかじゃなくて、自然とそうなってた。
自然と私の名字は、片山になってたってだけ。
お母さんはすでにいなくなってて、(たぶん妹が消したんだと思うけど)、実家にいるのは伯父さん(なんでか女の人みたいな恰好をしている)と、呪い祓いの巫女になった妹。
妹は巫女になるために生まれてきた。
私じゃ駄目だった理由がすごくよくわかった。
だって、私はお母さんの一番好きだった人の血を受け継いでいない。
私のお父さんも妹が消した。
呪いに呑ませた。
妹のことは別に嫌いじゃない。憎んでもいない。
ただ、私が巫女だったらお母さんとお父さんはまだ生きてただろうなって。
憎むべきはお母さんを捨てたあの男。
好きなら一緒になってほしかった。
別の女と結婚なんかして。
産まれた男がいる。
そいつが一番憎い。
こいつが生まれたからお母さんはお父さんと結婚しなきゃいけなかった。
諦めるしかなかった。
許せない。許さない。
お前さえいなければ。
あんまり家に帰って来なくなっちゃった。
4
呪いを祓う巫女は私じゃなかった。
「なりたかったのか?」
なるためにここまで頑張ってきた。
「じゃあなればいい」
ならなくていいって言われた。
「誰に」
お母さん。巫女は一人しかいない。
「継がせないって言われたのか?」
そう。妹が継ぐんだって。
「妹から譲ってもらえないのか」
お母さんが選ぶから妹がどうとかじゃない。
「そうか」
励ましてよ。
「お前はよく頑張ってるよ」
もっと。
「なんでそんなに頑張るのか知らなかった」
知ってどうだった?
「惚れたよ」
なにそれ。
「俺にはマネできねえから」
努力とか根性とか?
「そ。俺の一番嫌いな言葉だ」
でも片山君だって。
「俺はいいんだよ。俺は」
恥ずかしがらなくていいよ。私は知ってるから。
「じゃあ黙ってろよ。お前以外は知らなくていいこったな」
なにそれ。
「俺だけのもんにしたいってことだよ。もうお前黙れよ」
ああ、このまま。
健吾とずっと一緒にいたいなあ。
5
大晦日。
やっとつわりが落ち着いてきた頃、妹から呼ばれた。
どうせ健吾は仕事でいないし、妹と過ごすもの悪くない。
そこで私は呪いの総体に呑まれて。
健吾。
私たちの子は無事?
6
茉火佳と俺の子は、消えたような死んだような生きてるような。
超常現象だってわかってる。
でも、
あの一度だけ見せてくれた笑顔は。
茉火佳の若い頃にそっくりだったんだ。
そう思って遠くから見守らせてもらうよ。
わざわざ出て行って「俺が親父だ」なんてのも柄じゃねえし。
な?それでいいだろ。
茉火佳。
墓はないからいつだって、茉火佳のことを思ったときに会える。
この家もそろそろ片付けねえと。
茉火佳。
片付けの得意な専門家ってのがいるんだったっけ。
なあ、水封儀の嬢ちゃん。
タウ・デプス 紅水晶ローズクォーツの乙女 登場人物
納 茉火佳(ノウ・まひか)納家当主の姉
片山 健吾(カタヤマ・けんご)警察官 マヒカの夫
納 水封儀(ノウ・みふぎ)呪い祓いの巫女
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