第9話

「リーズ。どうする気だ?」

「どうもこうもないわ。どうにかして小竜を落ち着かせないと」


 だが、冒険者でも逃げ惑っている状況なのに、リーズに何が出来るだろうか。

 店内を見渡す。カイルが着ていたようなフード付きのマントが目に入った。物理攻撃の衝撃を少しだが緩和でき、毒の浸透も防いでくれる優れものだ。リーズは迷うことなく商品のマントを羽織り、弓を掴んだ。


「弓など射たら、余計に小竜は興奮するぞ」

「分かってるけど、いざとなったら小竜を引き寄せるのに必要だわ」

「リーズ、そこまでする必要はない。危険だ」

「でも、カイルを受け入れてしまったのは私よ。他の避難してきた人達に何かあったら、罪悪感で押しつぶされそうだもの。私に出来ることはしなきゃ」


 別に正義感で動いているわけじゃない。自分が後で責められたくないだけ。ただの小心者なのだ。


 ジルは眉間に皺を寄せたまま、こちらを見ている。まるで怒っているような表情に、思わず気圧された。美人が怒ると怖いって本当かもしれない。


「分かった。少し待て」

「待てって、何か案があるの?」

「今から魔法薬を調合するから、リーズは小竜の様子を見張ってくれ。間に合わないようなら逃げる」


 ジルが店の棚から手際よく材料を取り出し始めた。

 リーズは窓から小竜の姿を探した。地上に降りていて、ゆっくり道なりに進んできている。まだ距離はあるが、いつかはこの店の前まで来るということだ。カイルを追いかけてきたが、姿が見えなくなって戸惑っている分、進みが遅くなっているのだろう。

 小竜が苛立たしそうに長い尻尾を地面に打ち付ける。道に敷かれたレンガが飛び上がり砂埃が立ち上った。飛び散ったレンガが建物の窓ガラスを割っている。

 あの調子で尻尾を動かされたら、道沿いの建物は壊されてしまう。もちろん、この店だって例外じゃない。


「あっ!」


 向かいの建物の出窓の下に、おばあさんが頭を抱えて座り込んでいた。恐怖で足がすくんでいるのか、もしくは足が悪いのかもしれない。


「ジル、外のおばあさんを連れてくるわ」


 今ならまだ距離がある。店に引っ張ってくる猶予はあるはずだ。そう思い、リーズはマントのフードを被って、店の外へと出た。途端に襲い来る強風にたたらを踏みながら、何とかおばあさんのところへ道を横断しようとする。


 すると、耳に突き刺さるような小竜の鳴き声がしたかと思うと、頭上に影が出来た。一拍遅れて、強い風に煽られる。

 冷や汗が背中をつたった。顔を上げたくはない。怖いから。でも、上げないわけにもいかない。危ないから。

 リーズは決死の思いで顔を上げる。すると予想の通り、小竜がリーズの頭上にいた。小竜は飛んで一気にここまで来たようだ。


 小竜の怒りに染まった目がリーズを捉えた。まるでリーズが目的のような小竜の行動に、なんでだと泣きたくなる。小竜はカイルを追ってきたはずなのに。


「まさか、このマント?」


 似たようなマントをカイルもまとっていた。彼が小竜に近づいたときにフードをかぶっていたとしたら、今のリーズと同じような見た目になっていただろう。


「う、うそでしょ」


 このままではカイルの代わりに自分が小竜に襲われる。

 そう理解した瞬間、リーズは弓を構えた。


「当たるな、ぎりぎりを狙え」


 リーズは小竜の顔をかするぐらいの軌道で弓を射た。すると案の定、小バエを嫌がるような仕草で小竜が頭を少しそらした。その瞬間に、おばあさんから離れた建物へとへばりつく。


「お願い、お願い、どうか気付かないで」


 小竜はきょろきょろと視線を動かしている。明らかにリーズを探していた。いや、正確にはカイルなのだけれど。


 すると、ジルが店から出てきた。小竜を警戒するでもなく、堂々と歩いて近寄っていく。

 何でそんな無防備なのだ。死角から忍び寄るとかしてよと叫びたかったが、今声を出すわけにもいかずに歯ぎしりしながら我慢する。


「小竜よ、これで落ち着いてくれ」


 ジルは小瓶を小竜の足下に投げた。地面に落ちる衝撃で瓶は割れ、煙がもくもくと立ち上る。

 すると、小竜の息遣いが見る見るうちに落ち着いて行くではないか。一分ほど見守り続けていると、小竜は地面に座り込み口を開けて大きなあくびをしだした。


「リーズ、もう近づいても大丈夫だ」


 ジルが声をかけてきたので、怖々とだがジルの元へと歩いて行く。


「何をしたの?」

「強力な鎮静作用のある魔法薬をぶちまけた」

「でも、私達は平気だけど」

「人間には作用しないように魔力で調整したからな。褒めてくれ」

「すご……さすがジルね。ありがとう。助かった――――カイル、何してるの!」


 ジルの要求に応えようと、彼の頭へと手を伸ばしたとき、ふいに店からカイルが出てきたのだ。しかも手には売り物のはずの魔法銃が握られている。魔力を持つものだったら、魔力がある限り無限で撃てるという武器だ。リーズの店の中で一二を争うほどの高値がついているその銃を、カイルは勝手に使おうとしていた。


「俺が、倒すんだ」


 カイルは腐っても魔力を有する人だ。だから、魔法銃も発砲出来てしまう。カイルは小竜へ向けて銃を構えてしまった。

 せっかく小竜は落ち着いたというのに。魔銃が当たったら痛みで再び暴れ出すのが分からないのか。少し考えたら分かることだろうに。


「カイル、銃を下ろして」


 リーズが叫びながら駆け寄ろうとするも、カイルは銃に魔力を満たし始めた。銃口の先がにわかに光り出し、魔力が弾丸の形を成していく。


 リーズが止めるまえに、容赦なく銃の発砲音が響いた。本来なら発射された弾丸は速すぎて見えるはずがない。だが、極限状態のリーズにははっきりと弾丸の軌跡が見えた。まっすぐに進む弾丸は小竜の胸元にめがけて飛んでいく。


 威力の弱い魔法銃なら、小竜の硬い鱗のような皮膚を傷付けることはない。だが、リーズが仕入れた自慢の魔法銃は最新の性能を誇り、威力は小型ながら強力なものだ。普段であれば売りとなるその性能も、今ばかりは恨めしい。あの魔法銃ならば小竜を殺すことは無理でも、皮膚に傷をつけるくらいの威力はある。


「お願い、避けて」


 祈りも虚しく、魔法薬で無防備に脱力している小竜は弾丸に気付く気配はない。もう、駄目だとリーズは目を瞑った。


 だが、数秒経っても、小竜が暴れだす気配はない。

 恐る恐る瞼を開けると、小竜は先ほどと変わらぬ様子でリラックスしていた。だが、小竜の足下に誰かが倒れている――――ジルだ。


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