第3話

 いろいろなハプニングはあったが、リーズの店は無事に開店出来た。初日は物珍しさに大勢の人が立ち寄ってくれ、顔ぶれは冒険者だけでなく街の人も多かった。


 店内は入って正面に会計などをするカウンター、壁に沿って棚が設置してあり商品を並べている。真ん中には目玉の商品を置いた。冒険者向けの服を一式そろえて掲げたり、武器を机に並べたり。魔法薬師のジルの目利きで、薬草なんかも取りそろえている。


「ジル様、あたしに似合う鞄を選んでくださらない?」

「これなんかどうだ。丈夫で長持ちするぞ」


 ジルが茶色い皮製の鞄を指さす。


 こらこら、適当な接客をするな。せめて手にとって見せて差し上げろ。そしておそらく、その無骨な皮の鞄は彼女が使うには重すぎる。確かに丈夫かもしれないが、女性には鞄自体の重さも考えて提案してくれ。


 ジルの背中を眺めつつため息をつく。手元は在庫管理の表を記入しながらも、リーズは店内に視線を巡らしていた。


「えー、なら買おうかなぁ」


 買うのかい、と思わず内心でツッコミを入れてしまう。

 十日連続で来店してくれている彼女は、ジルを上目遣いで見上げている。まぁ開店してまだ十日なんだけれども。つまり、この女性はふらっと開店日にのぞきに来て、それから毎日来てくれている。ちゃんと小物をお買い上げしてくれているので、ある意味もう常連様だ。


 正直なところ、ジルの接客力は中の下である。見ていてハラハラすることが何度もあった。ずっと森の中で引きこもって暮らしていたのだから、よくやっている方かもしれないけれども。

 だが、不思議と怒らせることはないのだ。女性客は顔で圧倒してしまうし、男性客はそもそも自分達で欲しいものを見繕ってさっさと会計してしまうから、接する時間が短い。

 結果的に、ジルは上手くやってくれていた。最初はどうなることかと思ったけれど、十分に店の戦力となってくれている。もはや看板娘ならぬ看板息子だ。いや、この表現だと自分の息子のような気がしてどうも変な気がする。じゃあ看板青年か? などと、とりとめのないことをリーズは考えていた。


「問題は店が終わった後よねぇ」


 ぽつりとリーズはつぶやく。

 そう、何せジルと一つ屋根の下で過ごしているのだ。着替えなど気を遣うことも多い。リーズが着替えをするときはさりげなく部屋を出て行くくせに、ジル自身が着替えるときはお構いなしに服を脱ぐのだ。その度に注意するのだが、まったく聞く耳を持たない。注意されたくてわざとやっているのかと思ってしまうくらいだ。


 今朝だって、寝起きのジルが着替え始めたので慌てて部屋を出た。そろそろ着替え終わったかと思って戻ると、中途半端にシャツを羽織ったところで眠さに負けたのか、ベッドの上に転がっていた。


「ジル、ちゃんと服を着て! というか起きてよ。早く朝食を食べないと開店時間になっちゃうよ」


 ジルの半裸を直視しないようにしながらも、肩を揺らして覚醒を促す。が、もにゃもにゃと何か言ったかと思うと、リーズの腕をいきなり引っ張ってきたのだ。そして、あっという間に抱え込まれてしまった。


「ちょ、ちょっと、ジル。寝ぼけて何やってるのよ」


 もがくも圧倒的な力の差には勝てず、ジルの腕の中からは脱出できない。


「んー、もうちょっと」


 ジルがぐずるように、リーズの頭に頬をすりつけてくる。どうやら起こしてくるリーズを物理的に押さえ込もうとしているらしい。なんて寝汚いのだ。

 そう憤慨しつつも、密着した状態ではジルの体温をはっきり感じてしまう。視線を少し上げれば、寝起きだろうとむくみ知らずの美しい顔。今は隠れているが、瞼を開ければリーズを真っ直ぐに見つめる瞳が現れるのだ。そう思うと、妙に恥ずかしくなってくる。


 幼い頃は一緒に昼寝もした仲だ。手を握って隣同士でくっついているなんて普通だった。だからといって、さすがに今でもこの距離は近すぎないだろうか。どう言うつもりなのだと小一時間くらい問い詰めたい。


 結局、ジルが二度寝から起きるまで、リーズは抱き込まれたままだった。リーズが逃げようとすると巧みに押さえ込んでくるという、凄いのか凄くないのか良くわからない特技まで知るはめになった。


「いくら眠かったからといっても、年頃の異性を抱き込むのは良くないわ。ちゃんと言い聞かせなくちゃ」


 リーズはしみじみと独り言をこぼした。


 今朝の振り返りから思考が戻ってきたリーズは、改めて在庫の数を帳簿に書き付ける。すると、ちょうどジルに鞄を選んでもらっていた女性客が支払いに来た。ちなみにジルはまた違う女性客に捕まっている。


「毎度ありがとうございます。こちらご自分用ですか? 贈り物にするなら包んでリボンを掛けましょうか?」


 カウンターに差し出された皮の鞄は、やはりずっしりと重かった。


「ねぇ、彼とあなたはどんな関係なの?」


 値踏みするような視線が突き刺さる。


「ええと、店主と店員ですね。あと加えるなら幼馴染みでしょうか」

「ふーん。じゃあ恋人ってわけじゃないのね」

「えぇ、そうですよ」


 笑顔で返すと、女性客は不思議な表情を浮かべた。苦虫を噛みつぶしたような、でもちょっと嬉しさも滲んでいるような、そんな不可解な顔。


「……ジル様、意識されてないじゃない」


 ぼそりと彼女がつぶやいた。


「えっ、何か仰いましたか」

「何でもないわ。それよりこれ、私が使うには少し重いと思わない? ジル様ってきっと女性慣れしてないわよね。慣れてたらもっと小ぶりな鞄とか、軽い素材のものを選ぶはずだもの。あんなビックリするくらいの美形なのに、初心なところが可愛いわ」


 目の前の彼女はうっとりとした笑みを浮かべている。だが可愛いという言葉に、何故かリーズは引っかかった。自分だってジルのことを可愛いと思うことがあるのに、他人に言われると何だか違うと言いたくなるのは何故だろうか。


「ジルは昔から甘えん坊なんですよ」

「何それ、自慢?」


 思わず張り合うようなことを言っていたことに焦り、慌てて言葉を濁す。


「い、いえ。お客様がジルのことを可愛いと仰ったので、話を合わせただけです」

「ならいいけど。幼馴染みだからって、いい気にならないでよね」


 不用意な発言で機嫌を損ねてしまった。これは失敗したなと内心でため息をつく。


「銅貨三枚です」


 もう余計なことは言わずに会計を終わらせることに専念する。


「はい、三枚。これ兄に渡すから、それっぽく包んでくれる? 明日取りに来るからよろしく」


 彼女は言い切ると、リーズの返事も聞かずに出入り口へと向かっていく。そして、ジルに向かって「また明日来るね」と手を振って出て行った。


 抜け目がないなぁと感心してしまう。一つの買い物で二回の来店は面倒だろうが、ジルに会うための理由作りだろう。それにしても、ここまでして会いたいと思わせるジルの魅力には脱帽である。


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