第1話
新しいことが始まる期待と、ほんの少しの不安がないまぜになった独特の緊張感。それに包まれながら、リーズは街の入り口に立っていた。
大通りは石畳に綺麗に整備され、両端には店が建ち並んでいる。地元の人だけでなく旅人の姿もあり、多くの人が行き交い活気に溢れていた。
「そろそろ約束の時間なんだけどな」
そわそわと道行く人々を見渡すが、目的の人物らしき姿は見当たらない。
リーズはブラウンの髪を後頭部で一つに結び、髪と同じ色の目は大きく、その輝きは感情をよく伝えていた。動きやすい膝下のワンピースに身を包み、編み上げのブーツを履いている。
「絶対に美人になっているだろうから、来たらすぐに分かると思うんだけど」
五歳の頃に出会ったジルは、それはそれは妖精のように可愛かった。家の都合で一年間だけ祖父母の家に預けられていたとき、近所の森に住んでいたのだ。
晴れの日は野原でかけっこしたり、花輪を作ってみたり。雨の日は大きな木の洞の中でままごとをしたり。毎日一緒に遊んだ親友だ。祖父母の家から都会の実家に戻ることになったときは、悲しすぎて涙が止まらなかった。
それ以降は文通だけだったが、会えなくても友情は消えない。むしろ、大人になっても続いて行くんだと思うと嬉しかった。
「あの」
頭上に影がかかったと思ったら、声が降ってきた。
「私ですか?」
見上げると黒髪の美しい青年だった。切れ長の涼やかな瞳は吸い込まれそうな黒色、でも肌は白くてきめが細かく陶器のようで思わず魅入ってしまう。背が高く、細身ではあるが弱々しさは微塵もない。首都でもなかなか見かけないほどの美形だ。
「あぁ。すごく可愛らしいのですぐに気が――――」
道でも聞かれるのかと思ったら、ナンパだったらしい。
いつもであればナンパだろうと上手く言いくるめて父の店で何か買わせるのだが、ここは別の街だし待ち合わせの最中だ。しかも、これから現れるだろう待ち人は間違いなく美人だから、絶対に食いついてしまうだろう。それはいけない。さっさと追い払わなくては。彼女は森に引きこもっていて、人と接することになれていないのだから怖がらせてしまうに違いない。
一瞬でそこまで考えたリーズは、青年の言葉を全部聞くことなく遮る。
「私、待ち合わせしているんです。他を当たってくださいますか」
「待ち合わせしてるのは我だ」
「ええと、あなたもここで待ち合わせしてるってことですか」
リーズが首を傾げると、青年は真面目な表情で頷いた。
「その通り」
「じゃあ、良いですけど。話しかけるのはやめてください」
「どうして?」
「どうしてって関係ないでしょう。別々に待ち合わせしてるんだから」
会話が妙にかみ合わない人だなと、内心イラッとしてくる。
「リーズは他にも誰かと待ち合わせしているのか?」
「えぇ、あなた以外とね…………って、今、私の名前呼びました?」
「呼んだ。リーズだろう? 昔も可愛かったが、今もすごく可愛いからすぐに気が付いた」
青年を見つめてリーズは数秒固まった。
待って欲しい。
目の前の青年は何故か自分の名前を知っているし、昔のリーズも知っているようだ。このことから導き出されるのは、もしや、いいや、信じたくない、でも、まさか、そんなことが起こりうるのか?
「…………ジル、なの?」
問いかけた声は震えしまった。
「そうだ。久しぶりだな、リーズ」
満面の笑みを浮かべる美青年。だが、頭の中が追いつかない。だって、綺麗な女の子が来るはずだったのに。急に性別変わられても困る。え、性別変わったの?
「落ち着きましょう。ええ、深呼吸よ、リーズ」
自分に言い聞かせるように、言葉を吐く。とんでもない勘違いの予感に、汗が全身から滲んでくる。
「鎮静効果のある茶でも飲むか?」
美青年が持っていた大きなトランクを横に倒し、ベルトを解き始めた。
「待って、お茶は大丈夫。こんなところで広げないで。そのなか、貴重な魔法薬も入ってるんでしょ」
「別に駄目になってもまた作ればいいだけだ」
貴重なものも、リーズのためならいつも惜しまず送ろうとしてきたジル。手紙の中の美少女と同じだ。
「違う。そうじゃなくて……って、あぁ、やっぱりあなたジルなのね。ずっと文通を続けていた、大親友の」
「最初からそう言ってるだろうに。まさか、その反応、何か思い違いをしてたのか」
じとっとした目つきで、しゃがみ込んだジルが見上げてくる。
「ぐっ……その、言いにくいんだけど、ずっと女の子だと思っていたの。手紙の文章も、今みたいな口調じゃなかったし」
「手紙の文章はある程度丁寧に綴るものだろう」
「そう……かもしれないけれど」
確かにリーズも、ジルが相手でなければもう少し畏まった文章で手紙を書く。
「そうか、状況は理解した。でも、我が男だろうとリーズと交流してきた絆は変わらぬだろう?」
「も、もちろん」
「ならば良し。行くぞ」
ジルは立ち上がり、鞄を持ちあげた。
「……ん?」
「だから、我はそなたの店を手伝いに来た。だから、早く荷物をそなたの部屋へ運びたい」
「やっぱ待って、待って。一緒の部屋に住むつもりなの?」
「そういう約束だった。何か問題でも?」
「問題ありすぎだよ!」
どういう思考をしているのだ。年頃の男女が同じ部屋で暮らすなんて、駄目に決まっているだろうに。
「リーズ、とにかく移動しよう。ここは目立つ」
リーズの大声に道行く人々が何事かと立ち止まり始めていた。
「……分かったわ。まずは話をしましょう」
しぶしぶリーズは店兼家へと案内するのだった。
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