第10話 間隙



レイレとダカライが出てから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


周囲は静かで、何も見えない。

紙袋が視界を完全に塞ぎ、袋の中で汗が額からじわりと垂れてくる。

心の中で不安が募るが、冷静さを保とうと深呼吸を繰り返す。


間近で聞こえていた銃声は、いつの間にか遠くなり、やがて聞こえなくなった。



うまくいったのだろうか?


緊張が胸の奥でじりじりと広がっていく。



突然、バックヤードの方からけたたましい爆発音が響き、多くの足音がこちらに向かってくる。

心臓が一気に跳ね上がる。


「警察だ!」


「建造物に侵入、人質を確認。」


「戦闘規定に従い、連行しろ。」


「コピー。」


警官たちが無線で通信しながら、急速に近づいてくる。


計画通り、このままだと人質兼、重要参考人として連行されてしまうかもしれない。

焦りが胸を締め付ける。



突然、頭の紙袋が剥がされ、強い光が瞳に差し込み、思わず目を細める。



「大丈夫ですか?」



武装した警官が目の前で尋ねてきた。


計画通りにここを抜け出すため、俺は即座に演技を始める。




「大丈夫じゃねぇよ!バカ!」




「ど、どうしたんですか!?」


警官が狼狽える。

俺は隣にもたれかかっている少女の肩を掴む。



「俺の妹がアレルギーで倒れたんだよ!アンタらが遅いせいだ!」


「妹さんの容体は…?」


警官の視線が少女に向かう。



俺は「おい、起きろ?」と彼女の頬をペシペシと叩く。

少女は力なく倒れ、その姿を見て、俺は彼女の胸部に耳を当てた。



「おい! 心臓止まってんじゃねぇか!」


すかさず胸骨圧迫を始める。

額にかいていた汗が流れ落ち、現場の緊張感を強調した。



「救護班! 来てくれ!」


警官はすぐに救護班を呼び、救護班が駆け寄ってきて、少女の容態を確認する。

医者は彼女の腕から脈を測り、厳しい表情で警官に伝える。



「この症状はマズイ。すぐ大きい病院に行ったほうがいい。救急車に乗せよう。」



「すみません…犯人らが通りに侵入した為、救急車が到着していません。」


警官が苦悩の表情を浮かべる。


俺はその言葉に激怒を装い、声を荒げる。



「おいおい、どうすんだ自動警察ゥ!?俺のアンジョリーナの心臓が動いてねぇんだよ!?不動なんだよ?不動警察だよ?それとも不動警察は無能なお前か???この無能警察がァァァァ!!!!!」



「ひん…」


警官は狼狽え、言葉を失ってしまう。



「もういい、俺が歩いて病院に連れて行く。ハイランドの中央病院ならすぐそこだ。」


俺はリュックを前に、彼女を背中に背負い、火葬場から駆け出した。


報道陣を避けるため、慎重にバックヤードの裏口を通り抜ける。




「俺…警察辞めようかな…」


「どんまい」


暴言を投げられた警官は同僚に慰められた。




しばらく走ると、周囲は静まり返り、人の気配もなくなった。

息を整えながら、少女を背負ったまま道を進む。



「危ねぇ…」


俺のリュックの中には、ファミリーの武装とレイレの違法なナイフが詰まっていた。

警官に見られていたら、一巻の終わりだった。



これからどうすべきか?



考えが巡る。


「この格好は目立つな…」


喪服を着替えたいが、服の会計に使う、肝心な携帯とチップが無い。

この島には信頼の関係で現金も存在しているが、俺はもっぱら電子を使っていた。

チップ無き今、俺は無一文に等しい。



「やっぱり…病院に直行か?」


そう考え、ハイランドの中央病院を目指し始める。



道すがら、川にかかる橋を渡ろうとした時、見知った人影が目に入った。



「よう、ここを通ると思ったぞ。」



フォークマン刑事だ。


奴はタバコを吸いながら、ニヤリと笑ってこちらを見ていた。



「…逮捕するのか?」


恐る恐る尋ねる。



「いや、もうしねーよ。」


フォークマンはため息をつきながら答える。



「お前のせいで、俺が割を食うハメになったんだぞ?せっかくキネシス誘拐として通報したのに、ただの銃乱射事件になっちまった。俺の評価がガタ落ちだ…」



「じゃあ、何で逮捕しないんだ?俺が逮捕されたら自分が巻き込んだとバレるからか?」



「馬鹿野郎。俺が潜入しようとしてなかろうと、ファミリーがお前に仕事を振るのは変わらなかった。途中で逃がそうとしたのは気分が悪かったからだ。」


フォークマンは顎に手を当て、考えながら言った。



「お前、色々手を回したろ。普通に籠城してるだけなら逮捕した。今回は俺がお前の努力を称して逃してやったんだ。」



疑念が膨らむ。果たしてそれだけなのか?



「本当にそれだけなのか?アンタがそんな理由でキャリアを傷つける人間には見えないんだが…」



「あと一つ…お前の妹が不憫だからだ。」


フォークマンは少し悲しげに言った。



「キネシスは出生率が低く、人智を超えた力を持つとして半ば神格化されているが、一人の人間だ。キネシスだからという理由で、あらゆる事に揉まれるだろう。お前は妹の一番の味方になってやれ。」



奴の言葉が心に刺さる。



だが、遠くからパトカーが走ってくるのが見え、緊張が再び蘇る。




「まずい…!」




考える間もなく、俺は少女を背負ったまま、橋から飛び降りた。




「馬鹿ッ! 早まるな!」




フォークマンの声が背中に響くが、もう遅い。


水面に叩きつけられ、大きな水飛沫が上がった。


必死にもがくが、息が続かない。


気道に水が入り込み、意識が遠のく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



パトカーが橋の路肩に停車し、女性が運転席からフォークマンに声をかけた。


「け、刑事…お、お迎えに、あがりました。こん、今度はしっかり。五分前ですよ。」


「…ビビ子。お前、タイミング悪いよ?」



「え、えぇぇえぇえぁぇぇ!?」



彼女は狼狽えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る