第9話 作戦



レイレに説明を求められたとき、俺は彼女のナイフを差し出した。






「これ、返すよ」




「あっ忘れてた…でも、どうして?」




レイレは少し戸惑いながらもナイフを受け取った。






俺は地面に滴った自分の血を指でなぞり、レイレに向けて一文字ずつ丁寧に書いた。






「ナイフ チップ トリダシテ」






右手を差し出し、ここにチップがあると示す。




レイレは驚きつつも静かに頷き、ナイフを手にして俺の手に取りかかった。


痛みに耐えるために、俺は背広の裾を噛んでそっぽを向く。






「…じゃあやるよ?」




俺は頷き、目を閉じた。






「うッ…!」




手を切る痛みに声を漏らしそうになるが、ぐっと堪える。






レイレの手が俺の肩を叩いた。


振り返ると、彼女は血まみれの手で小さなチップを摘んで見せてきた。




「ご出産おめでとうございます?」




レイレは冗談を言いながら、チップを差し出した。






俺はそれを受け取り、バックヤードに向かう。




キネシスの少女を棺から慎重に取り出し、彼女を横に寝かせた。




その後、棺の中にチップと携帯電話を放り込み、蓋をしっかり閉めた。






「これで喋っても大丈夫だ。」




「どゆこと???」




レイレが不思議そうに尋ねてくる。




「さっき話した通り、俺を騙してこの仕事を強いた警官がいたんだ。奴は俺のチップに触れてから、ずっと俺の動きを見張っていたらしい」




俺は推測に基づく根拠をレイレに説明した。






まず、駐車場でのフォークマンの言葉の数々。




「バンは来ない」


「未開封で回収するんだろ?」




奴は俺が駐車場に一人で出てくることを知っていたように鉢合わせた上、バンが無いこと、棺を未開封で回収することを知っていた。




次に人質をとった後の拡声器を使った説得。




「理解している通り、籠城は負け戦だ。」


「今だって怖くて震えてるんじゃないか?」




あれらだってダカライの分析、バックヤードでの俺の怯えた独り言を聞いていたから出た言葉だとしたら頷ける。


まぁ、最後のは若干違うかもしれないが。




おそらく、俺のチップと携帯で行われていたのは、盗聴と位置情報の共有だろう。








「これからやりたいことがある。待合室にダカライとミハイルを集めてくれ」




「らじゃ」




レイレは小走りで向かった。




俺はウォーターサーバーの水で軽く顔を洗い、ツンツンだった髪を後ろに整え、血文字の跡をしっかりと消した。




「もう集まったよ」




レイレがすぐに戻ってきた。


待合室には、静かに座るダカライと、大股で座るミハイルがいた。






「で、お前は何がしたいんだ?」






ミハイルが結論を急かしてくる。




俺は彼らの前に立ち、深呼吸をした。


この状況は、まるで倉庫の屋根裏でおっさんが計画を語ったときのようだ。




「俺は…キネシスをいなかったことにしたい」




「何故だ?」




「そうだ!なぜキネシスと呼ぶ!?彼女にはヴァレンティーナという美しい名前がある!殺すぞ!」




ダカライが疑問を呈し、ミハイルは違うベクトルで同調しながら、異を唱える。


なんだこいつ。んなこと知るか。






「…その、ヴァレンティーナさんの存在が警察に見つかると、俺らには諸々不都合がある。強盗に入った俺たちは、盗もうとしたのがキネシスだという証拠になり、捕まった際に重罪でしょっぴかれる」




「ミハイル、あんたのヴリャ…ブラ……ブラブラ・ファミリーは、キネシスの娘を隠し、秘かに葬式をしようとしたとバレる。これも何かしらの処分にかけられるだろう」




「誰がブラブラ・ファミリーだ。ブラトヴァゼムリだ。卑猥な名前をつけるな」






ミハイルはそう突っ込むが、俺は内心、「めんどくせぇ名前をつけるな」と思っていた。






ダカライは少し考え込みながらも「…で、どうするんだ?」と促してきた。






「計画はこうだ。戦闘の得意なレイレとダカライにはこの火葬場を出て、警察の注意を引きつつ、なるべく遠くで騒ぎを起こしてもらう」


「犯人らが逃走を始めたと思った警察は、ここに残った人質を保護するために突入するだろう。俺はそこでヴァレンティーナさんを連れ、人質に紛れてここを出る。目立たないようにするために喪服を着てきたし、紙袋をかぶれば、うまく紛れられるだろう」






「えーでも、私たち捕まっちゃうじゃん…」




レイレがしょんぼりとする。






「だから、ミハイルには二人の保釈金を出してもらう。事が片付いたら、俺が彼女の身柄を渡す。それまで彼女が人質だ」


「警察が娘さんを確認できさえしなければ、キネシス強盗は立証できず、この事件はただの銃乱射事件に成り下がる。ファミリーの違法性も証明できないだろう。」






「ふむ」




ミハイルは渋々ながらも納得したようだ。






「さらに、レイレたちが包囲を突破する方法も考えた。今いる人質の半分で円形の陣形を組み、スモークグレネードを撒きながら進むんだ。その中に俺のチップと携帯を入れた棺も含めれば、警察は俺がそこにいると勘違いするかもしれない」


「ちなみに、あんたらのファミリーにはこの陣形の一部になってもらうからな?」






「なんだと?」




ミハイルが不服そうに俺を見る。






「そりゃ、俺が逃げ出すときにあんたらに娘さんを奪われたら敵わんからな。俺らだけがひどい目を見ることになる。」






「ふーん…いいよ?別に」




そっけない返事をするミハイル。








こいつ、やっぱり考えてやがったな。








「だが忘れるな、私たちのファミリーは損ばかりしている。この提案も飲んでやるが、渋々だ」






「それはブラブラ・ファミリー二号の弟に言え。少なくとも、俺らの依頼者はあのおっさんだ。」






「何? あいつが仕組んだのか…」






ミハイルの目の色が変わった。




話をややこしくしないためにおっさんが貶められた話は伏せておいた。


おっさん安らかに殺されてくれ。


まぁもうすでに死んでるかもしれないが。

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