第8話 決裂



「…フガッ」






俺とレイレは、備え付けられたウォーターサーバーの横に屈んでいた。


レイレは骨折した俺の鼻を癒すため、水で濡らしたタオルを当ててくれている。




「はい、口呼吸を意識して。冷やした方がいいのはわかるけど、常温の水で冷えるかどうか…」




レイレのおかげで、鼻血は徐々に止まりつつあった。


彼女がこうした応急処置に慣れているのは、これまでの経験からなのかもしれない。






「でさ、さっきの話、どういうこと?いきなり過ぎてびっくりしたんだけど。」






レイレは困惑気味に尋ねてきた。


当然の反応だろう。


俺自身も、ミハイルに殴られた直後の混乱の中で即行動を起こしたのだから。




「勝手に動いて悪かった。でも、状況を丸く収めるためには、これしかないと思ったんだ。全部説明するから。」








そこから約一時間後






「現場では、重大な事態が発生しています。複数名の武装した犯罪者が火葬場に籠城し、施設内に人質をとって立てこもっている模様です。周辺は自動警察により封鎖され、緊張感が高まっています。」






報道陣が集まる中、現場には警察のサイレンやヘリの音、そして集まった野次馬たちの騒ぎが響き渡っていた。






「警察の実働隊が現場に急行しており、交渉が進められているとのことですが、犯人たちの要求や動機についてはまだ明らかにされていません。この事態に関して、新たな情報が入り次第、続報をお伝えします。皆様、周辺地域には近づかないよう…………ってあれ!見てください!」






火葬場の入り口から、複数の人間が顔を出した。


いや、正確には顔を出しているのではなく、紙袋を被った人質たちが手を繋ぎ、列を作って外へ出てきたのだ。






「今!人質らしき人物が解放されました!犯人らは警察の説得に応じたようです!」






しかし、その実、人質たちは結束バンドで繋がれており、盾を持った警察が保護しようと近づくと、レイレが人質の間から銃を放った。




ダダダダッと銃弾があたりに放たれ、警官たちの足を止める。




「各班、据銃止め!人質に銃を向けるな!」




その命令を皮切りに、警察は銃を下ろした。


盾とライフルを携えた重装備の部隊が辺りを囲むが、人質への誤射を恐れ、撃たない。


というか、撃てない。




「はい、離れて離れてー」




レイレの声が響き渡り、警官たちは盾を構えながら、後退した。


周囲には既に煙幕が漂い、視界が悪化している。


レイレの後ろで煙を放つバックを背負ったダカライが、スモークグレネードをあたりに撒いていた。




「こちらスナイパー、煙幕で操縦士の視界が不良。撤退する。」


ヘリの狙撃犯は撤退を余儀なくされた。




レイレが飛び去るヘリを見つけ、人質たちに指示を飛ばす。




「全体進め!大丈夫!天下の警察様は民間人を傷つけたりしない!」




人質たちは恐る恐るだが、指示に従いながらゆっくりと進み始める。


レイレとダカライは人質に囲まれた中に位置し、棺を台車に乗せて進行する。




「どうする? 街に出ちゃう?」




レイレは焦りながらダカライに尋ねた。




「そのつもりだ。しかし、警察も黙ってはいないだろう。」






ダカライの予感は的中し、行く手を塞ぐように警察のバンが立ちはだかった。




「邪魔だなぁ。」




レイレは冷静に銃を構え、バンに向かって発砲した。


銃弾がバンに当たると、そのフレームが一部腐食し、崩れ始める。




そこでカチッという音が鳴る。


レイレのライフルが弾切れを知らせた。




「やば…弾少なすぎ…。」




レイレは焦りを隠せなかった。




「俺も弾倉は残り一つだ。この陣形のまま進み続けよう…」






その時、煙を切り裂くように、空中から陣形の中へ、一つの影が落ちてきた。


それは刀を持った若い女性で、冷徹な眼差しを浮かべていた。


黒髪が風に揺れ、彼女の周りだけが異様に澄んで見える。




あたりの警官は煙の中で、彼女を見つけ、歓声を上げた。




「あそこにいるの、”署長”か!?」




「さっすが!人間兵器の"フードー署長”が居れば、怖いものなしだぜ!」






「風堂フードートーコッ!?」




レイレがその名を叫んだ瞬間、彼女は驚くべき速さで接近し、レイレのライフルを一瞬で二つに切り裂いた。




「応援に来たけど…存外、大したことはないわね。」




トーコはレイレの首元に刃を向ける。


彼女の冷ややかな言葉に、レイレは立ちすくんだ。




ダカライがすかさず銃を向けようとする。




「刀を下ろせ! さもなくば撃つぞ。」




「…貴方、人の真似事が上手いのね。今まで気づかなかった。」




彼女の動きはそれより速く、ダカライの首を一太刀で斬り落とした。






「ダカライッ!!」






レイレの叫びが虚しく響く中、ダカライの首は地面に転がり落ち、胴体は力を失って倒れた。


その断面は、まるで機械のような内部構造が露出していた。




「クソッ!」




レイレは怒りに震えながらも、トーコに向けて拳銃を構えた。


しかし、彼女はそれを一瞬で奪い取り、トリガーにかけられたレイレの指を折った。




「落ち着いて。アレはただの機械。あなた勘違いしてたのよ。」




「機械か人かは関係ない! 仲間だった!」




レイレはそう言い返しながら、痛みに顔を歪めた。




トーコが人質の拘束を解くと、陣形は一気に崩れ、煙の中から警察部隊が押し寄せてくる。


レイレはその場で捕らえられ、手錠をかけられた。




「…」




レイレは何も言わない。




トーコは棺の蓋を刀で斬り落とし、その中身を確認する。




中にあったものを摘まむ彼女の手には、血塗られた一粒のマイクロチップが握られていた。






「やられた…」






「アンタが間抜けだからよ。」






レイレは悔しさと哀しさを滲ませた表情で、トーコを睨みつけた。

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