第7話 交渉



棺には少女が納められていた。






「え? どういうこと!?」




レイレが口元を覆って驚く。






「何かしら…あの男に騙されたらしいな…」




ダカライが状況を整理しようとする。






「いや、あのおっさんも被害者かもしれない。電話で『誰かに貶められた』のを聞いた。」




俺はそう言いながら、自分の考えが正しいのか確信を持とうとする。




「どのみちすぐに警察が来る。早く逃げよう!」




俺が提案すると、火葬場の外からうるさいビープ音がいくつも聞こえてきた。


事態は思ったよりもすぐに悪化していた。






レイレはロビーに続く扉を少し開け、外の様子を確認する。


ロビーにはサイレンを鳴らす警察の存在に困惑した遺族たちが窓を覗いていた。




「うわぁ…やられたー。投降した方がいいかなぁ?」




レイレが呟くように言うが、その声には焦りがにじんでいる。




俺はそれに言う。




「俺を騙して、この仕事を強いた警官からさっき聞いた…この子は『キネシス』だ。」




俺の言葉にダカライが反応した。




「キネシス関係の犯罪は、人類の進歩を阻害する重罪だ。投降したら、長いこと檻の中だぞ…」




「包囲された以上、警察の隙をついて逃げるのはほぼ不可能だろう。こういう時は人質をとったほうがいい。」




彼が冷静に状況を分析し、警告した。




「ふぅん…じゃあ全部貸して。」




レイレはすぐに行動に移り、俺からライフルとバック、顔からマスクを取った。


無理やりマスクを取られたせいで髪がツンツンヘアーになってしまったが、今はそれどころではない。




「裏口、内側から閉じといて。」




レイレはバックからドアストッパーを取り出して俺に投げる。




俺は裏口の隙間に、これでもかという力を込めてストッパーをねじ込んだ。


外開きと内開きの両方に対応できるストッパーで助かった。




ロビーからは何人かの悲鳴が聞こえてくるが、すぐに別の音も響いてきた。




「何じゃワレェ!?」




「どこのどいつだぁ!?」




明らかにカタギではない声が混ざり、バンバンと銃撃戦の音が響き渡る。


レイレたちが持つライフルの銃声とは別に、軽い銃声も混ざっている。




「こわぁ…」




俺は震えながらその場に立ちすくんだ。


銃声に怯え、心臓が早鐘のように打ち続ける。


レイレに銃を渡し、丸腰の状態が恐怖を強めた。




数分後、レイレが戻ってきた。




「もう済んだよー」




恐る恐るロビーに向かうと、そこには多くの人が拘束されて座らされていた。


皆、似たような喪服の人々が、白い紙袋を頭に被せられ、恐怖に駆られて何も言わない。


紙袋は火葬場にあったものだろうか?






「はいこれ。」






レイレが拳銃を俺に手渡してくる。




「遺体はご老人じゃなかったけど、家族はマフィアみたい。みんなが使ってたから奪ってきた。持ってた方がいいよ。」




拳銃を握ると、ライフルよりはるかに軽く感じた。


俺はそれをズボンに差し込んだ。




「さて…どうすべきか。人質をとった以上、警察は無闇に踏み込んでこないだろう。でも、籠城が長くなるほど、不利になるのは俺たちだ。早いこと手を打たないと。」




ダカライが再び状況を冷静に分析し、俺たちに説明してくれる。






その瞬間、外から警察の拡声器が響いた。






「ああぁぁぁぁ…もしもし…?あなた方は!包囲…され…て…ます…。ひとっ、人質を解放して…投降して下さい!」




何やら自信なさげな女性の声だった。






「代われ…あーもしもし?理解しているだろう、籠城は負け戦だ。今だって怖くて震えてるんじゃないか?早いとこ、いい条件で諦めろ。自首すれば、情状酌量の余地は無いことはない。」




今度の声はフォークマン刑事だ。


ふざけやがって。






突然、背後から走る音が聞こえた。






振り返る間もなく、俺は何者かに思い切り鼻を殴られた。


倒れる俺に、その者は容赦なく顔面に蹴りを見舞った。






「な”に”すんの!?」






レイレが俺に殴りかかった男に発砲した。


倒れたのはマフィアの男で、無理やり拘束を解いたのか、指には擦り傷があった。




顔面を蹴られた俺は思考が朦朧とし、痛みに耐えながら顔をさすった。


手には血がついていた。


マフィアの暴力には、躊躇や手加減というものが無いらしい。


だが、強盗に制圧されていることを考慮するとその力強さの意味が理解できた。






「大丈夫か?…あぁ、鼻が折れてるな。」






ダカライが俺を介抱してくれる。






「クソッ…」






俺を蹴った男は地面で泣いていたが、怒りを感じるのは俺の方だ。


だが、彼が被害者であることを考え直す。






「娘は葬式でさえ…静かに出来ないのかよ…」






男の漏れ出るような言葉に、俺はバックヤードで聞いたスタッフの言葉を思い出した。




「どうぞ、お父様、お進みくださいませ。」




その言葉が頭に響く。








…男に蹴られた衝撃で、何かが見つかった気がした。




この状況を収められる、俺にとって都合のいい何かを。








俺は男の側にひざまずく。




「あんた…キネシスの父親だろ…」






「知っての通りだよ…クソ野郎。」




男は敵意に満ちた目で俺を見つめる。






「もし…あんたの娘は死んでないと言ったらどう思う?」






俺は一か八かで問いかけた。






「はぁ!?」




男の声が震える。






「俺たちは、アンタの娘を誘拐するために送り込まれた。娘は死んでいない。」




「嘘つけ!脈拍も呼吸も、目の反射さえ無かったんだぞ!」






「仮死薬だ。」






俺は思い切って嘘をついた。






「体内に取り込むと、目に見える生存活動を停止するが、体内の細胞と酵素は活動を維持し、死ぬことは無い。」




俺の脳内にある知識を使って”でたらめ”も添える。




しかし、それらが本当である可能性も感じていた。


フォークマン刑事が俺に罪状を述べたとき、殺人罪は言わなかった。


つまり、この偽の亡骸強盗もとい、キネシス強盗の全貌で死者が出ていないということだ。




俺の指がこれまで見たことがないほど震えていた。






「娘は、アイツは…生き返るのか…?」




男は涙声で聞いてきた。




「仮死薬は一般的に素性の知られてないグレーな薬だ。でも、ハイランドの中央病院に腕利きの医者がいる。彼女なら確実に治せる。」




「治せるのは、アンタが俺らに協力してくれた時だけだ。」




男は深く深く考え込んだ。


黙る彼を俺は追い込む。




「アンタ、然るべき団体のところに娘の出生届を出してないし、葬式も秘かに行ったな? 数少ないキネシスの葬式なんて、ニュースになる大ごとだ。」




「…マフィアの存在と、娘がキネシスなのを隠したくて、出来なかったんだよな。」




「なら、進んだ医療を持つ医者にかかることも難しかっただろう。だが、俺は先に言った医者と知り合いだ。融通が効く。」




効果はどうだ?




俺の言葉はプレッシャーに満ちていた。


もしこれがうまくいかなければ、俺たちは終わりだ。


そう確信した。




しばらくの沈黙の後、男は決断したようで、顔を上げて言った。






「この私、ブラトヴァゼムリ・ファミリーのパハンである、ペトロフスキー・ミハイルの名に誓う。…協力しよう。」






「だが、しくじったら…」




マフィアのボスであるミハイルは鋭い目で俺を睨みつける。








「死ぬより辛い目に合わせてやる。」








彼の眼光はあまりにも鋭く、俺はおしっこを漏らしそうだった。

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