第6話 罪状



火葬場に到着したらしい。


バンは静かに停車したが、車内はレイレの雑談で騒がしかった。




「ーでさ、めっちゃムカついて、結局殺しちゃったんだよね。あいつら、ローランダーだからってナメてたしさ。」




レイレの軽い口調が車内に響く。


物騒な話が耳に入った気がするが、今は気にしている場合じゃない。


俺とダカライは黙って彼女の話を聞いていた。


すると、運転席からノックの音が響いた。スーからの合図だ、「霊柩車が到着した」という知らせ。




「あー、時間ね。じゃあ、行ってくる。」




レイレは軽快に車を降りた。


彼女は火葬場のスタッフになりすましてロビーとバックヤードを繋ぐ出入り口を封じ、配電盤に細工する役目を担っている。




二分ほど経った頃、ダカライの無線機が鳴った。




「扉閉じたし、電線切った。みんな最後のお祈りしてるから、早めに来た方がいいよー。」




ダカライはただ、「ザーッ」というノイズで返事をしてから、無線機を切った。






「計画通りに進めるぞ。」






彼は自分のスキーマスクを被り、俺もライフルのセーフティを解除し、ボルトを引いた。


車のドアを開け、俺たちは外へと出る。




入り口近くの駐車場には、霊柩車が三台、そして多くの自家用車が並んでいる。


どうやら今日は他の故人も火葬されるらしい。




俺たちは急いで火葬場の裏口へ回り、ダカライがドアノブを軽く捻った。




「鍵はかかってないな…まあ、火葬場に盗みに入る奴なんて普通はいないからな。」




ダカライはバッグから防塵マスクとスモークグレネードを取り出し、俺に手渡した。


スキーマスクの上から防塵マスクをしっかりと装着し、グレネードのピンを抜く。






「行くぞ、1、2、3だ。」






「1」




「2」




「3」






ダカライが「3」と言った瞬間、扉を一瞬だけ開け、その隙に俺たちはグレネードを投げ込んだ。


扉を閉め、ドアストッパーを差し込む。


耳を澄ますと、グレネードが床を転がり、噴霧する音が聞こえた。


中のスタッフたちが慌てる声も聞こえる。






「うわっ、何だこれ!?」




「ゴホッ! ゴホッ!」




「火災報知器が鳴らないぞ!」






パニックに陥ったスタッフたちが裏口のドアを必死に叩き始める。


しかし、その音も次第に弱まり、やがて静かになる。


ダカライが扉を開け、扉にもたれかかるように倒れたスタッフを引きずり戻した。


俺はすかさず彼の手足を結束バンドで縛り、他のスタッフたちも同じように縛り上げていった。




バックヤードには重厚な金属製の火葬炉が並んでいる。


遠くからコンコンとノックの音が響いた。


ダカライが無線機でノイズを流すと、レイレが扉から素早く入ってきた。




「ドンドンうるさくて焦った…でも、大丈夫そうだね。目当ての棺は三番の炉に入って行った。参列してる遺族のほとんどがカタギじゃないみたい。」






三番の炉から、ロビーでの音が反響して聞こえてくる。






「…これから、ご故人様を火葬炉にお納めいたします。ご遺族の皆さまにとって、最後のお別れの時間です。どうぞ、お見送りください。」




棺がゆっくりと炉の中に送り込まれ、納棺が完了した。




「…ご遺族の皆さま、これから火葬を開始いたします。もしよろしければ、このボタンを押していただき、ご家族からの最後のお見送りとなります。どうぞ、お父様、お進みください。」






数秒の沈黙の後、カチッという音が鳴り、バックヤード内のランプが点灯した。






「火葬が始まりました。この間、奥の待機所でお待ちください。準備が整い次第、お呼びいたします。」




レイレは扉の裏に身を隠し、待機した。




遺族が押したボタンは象徴的なものであり、実際の火葬はまだ始まっていない。


バックヤードのスタッフがボタンが押されたのを確認してから火葬を始めるのだ。




予想通り、ガチャリと扉が開き、スタッフが入ってきた。


レイレはその瞬間、背後から不意をついて首を締め上げた。


もがくスタッフが気絶するのを確認してから、さらに締め上げて完全に無力化する。




三番の炉のハッチを開き、棺を引き出した。




「よし、これだな。」ダカライが頷き、俺に指示を飛ばす。




「裏口から出て、駐車場にいるスーに合図しろ。車を近くに回してもらうんだ。あとはこれをバンに載せて、バイバイするだけだ。」




俺は頷き、裏口から慎重に外へ出た。




人目を警戒しながら駐車場を見渡す。




だが、バンの姿はどこにもない。




どういうことだ?




駐車場を何度も見回すが、バンが見つからない。


焦りが募り、汗が頭皮から噴き出す。






手の震えを抑えながら、バックから携帯電話を取り出し、おっさんにかけた。






コールが続き、しばらくしておっさんが出た。




「あぁ、どうした?」




「バンが無い!あとは遺体を持ち出すだけなんだが、どうしたらいい!?」




「あぁ…そうか…」




「お前らも終わりだな。」




おっさんの声は諦めに満ちていた。




「何を言ってるんだ?」




「奴に関わる人間は皆終わりだ…お前も、お前の妹のキネシスもな。」




その言葉に背筋が凍った。




「なッ…何でそれを知ってる!?」




『何をお探しかな?』




背後から不意に男の声が聞こえた。




誰かに見られたとわかり、携帯を捨て、振り向きざまにライフル構えようとした。


しかし、その男は向けられたライフルの銃口を掴み、セーフティをかけた。


力強く銃を引き、俺のかかとに足をかける。


転ばされる俺。




すかさず彼はライフルのスリングを絡め取り、それで俺の首を絞めた。




「うッ!?」




苦しくて目を見開くと、そこにはエメラルド・ポートで俺を職質した、だらしない警官が立っていた。




「昨日ぶりだな、少年。」




「何だよ…ゴホッ…偽警官…」




こいつは俺を騙して個人情報を抜き取ったクソ野郎だ。




「偽警官とは失礼な。フォークマン刑事だぞ?敬意はないのか?」




ふざけた口調だが、彼の腰には確かに刀が見える。


この島ではレイレみたいな犯罪者を除いて、要人だけが所持できる刃物だ。




「…仮にあんたが本物の警官だとして、何の用だよ…」




「お前に忠告だ。バンは来ないし、すぐに自動警察がここを包囲する。お前は俺が巻き込んじまったから…逃してやる。俺と来い。」




「はぁ? 警察が来る?」




「俺はブラトヴァモリャ・ファミリーを検挙するために潜入捜査をしてた。犯行が行われた以上、ファミリーと関係者は全員逮捕だ。」




「…仲間たちも見逃してもらえないか?」




俺は懇願した。




「一日で情が湧いたのか?将来が心配だな。」




助けを期待するのは無理のようだ。




「このマフィアは新人類"キネシス”に関わる犯罪を犯した大罪集団だ。実行犯を全員見逃すなんて無理だ。」






今何といった?


キネシスに関わる犯罪の実行犯?


遺体は老人ではないのか?




おっさんは電話で「お前ら"も”終わり」と言った。


おっさんが警察に怯えてたとして、実行犯の俺らは捕まらないと思ったのか?




何かが、誰かが、おかしい。




狂っている。






「その顔…ピンと来てないんだな。棺の中は見たか?まぁ、見てないだろうな。未開封で回収するんだろ?」




俺はバックヤードへと駆け出そうとしたが、フォークマンが肩を掴んで引き止めた。






「傷害罪、誘拐罪、詐欺罪、威力業務妨害罪、殺人未遂罪、人身売買罪…」






「そして…"キネシス保護法違反”、捕まるとしたらこれがお前の罪状…一緒に来るんだ。」








「俺の妹はキネシスだ。」








俺はフォークマンに対し、これまで隠していた事実を突きつけた。


胸の中が燃えるように熱くなる。






「あんたらがあのマフィアを検挙するって言っても、関係者を全員逮捕できるわけじゃない。今、おっさんが誰かに貶められた。そんで、俺の妹がキネシスなのを知っていた。…誰が妹を守るんだ?警察か?今の社会は全て企業が成り立たせていて、サービスには金がかかる。誰がその金を払うんだ?」




「キネシス保護法って何してくれるんだ?キネシスを殺した奴を厳罰に処すだけか?」






俺はイライラをぶつけるように言葉を吐き出した。


フォークマンは黙って俺を見つめている。






ここは国家のない自己責任の島で、生きるためには自分で守るしかない。






そして、俺は走った。




バックヤードに戻り、棺の前に立つ。


ダカライとレイレが驚いた表情で俺を見ている。




「どうした? バンは?」




ダカライが尋ねるが、俺は答えずにレイレの喪服のスカートからナイフを取り出した。




「えっ!? 急にセクハラ!?」




レイレが驚くが、俺はナイフで棺に打ち付けられた釘を一本ずつ抜いていく。


すべての釘を抜き終え、重い棺の蓋をどけた。






そこには一人の少女が納められていた。

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