第5話 覚悟
再び朝が訪れた。
わずか一日を過ごしただけで、狭苦しい倉庫の屋根裏に慣れてしまった自分に驚いた。
天窓から差し込む朝日が、ひんやりとした空気を和らげている。
枕代わりにしていたリュックから頭を持ち上げ、体を伸ばした。
周囲を見ると、皆がすでに動き始めていた。
思い返せば、昨日も朝一番に集合したが、彼らは俺よりも早くここに集まっていた。
彼らのような人間は、時間に対してシビアなのだろう。
全員が黒い喪服に身を包んでいるのが目に入る。
「あっ、起きた。」
レイレが俺に気づき、軽やかな足取りで近づいてきた。
「このスーツ着て。」
彼女はハンガーにかけられた背広とズボン、革靴を手渡してくる。
「…え、ここで着るの?」
周囲を見回しても、プライバシーを保てる場所はない。
レイレは無言で目を細め、じっと俺を見つめている。
「ワタシなんて早起きして、みんなが寝てる間に着替えたんだからね?さっさと着替えちゃって。」
彼女の言葉に促されるまま、俺はズボンを脱ぎ始めた。
遠くで銃をいじっていたダカライがこちらを見て、「キャッ///…ティアゴ君…」と野太い声で照れながら目を覆った。
レイレは「へっ」と鼻で笑い飛ばす。
なんだ? この状況。
なんか損した気がする。
というか、ダカライは男好きなのか。
ズボンを履き替え、シャツをズボンに差し込む。
ネクタイをうろ覚えのやり方で締め、背広に袖を通すと、まるで映画で観たプロの殺し屋になった気分だ。
しかし、これはフィクションではなく、現実だ。
この島で生きるためだ。
俺は昨日散々使い込んだライフルを肩にかけ、マガジンを挿してセーフティを確認した。
私物のリュックは用意されていたボストンバッグに畳んで入れ、予備の弾薬と結束バンドも一緒に詰め込む。
その時、倉庫の屋根裏に昇降機が上がってきた。
昨日以来だ。
おっさんが現れ、いつもの無愛想な表情で仕事の指示を始める。
「おはようさん。昨晩、祈りの儀式が済んで、今日はこれから教会で葬式が始まる。その後、棺が火葬場に向かう。そこで先回りしておけ。」
出会うなり仕事の話だ。
おっさんはポケットから携帯電話を取り出し、俺に渡す。
「リスクは取らない。携帯電話を一台渡しておくが、むやみに連絡するな。」
おっさんは俺のバッグを開け、その中に携帯をねじ込んだ。
彼の動作は無駄がなく、彼の考えがしっかり計算されたものであることを感じさせる。
「ティアゴ、ヘマはするなよ?」
俺を心配しているのか、それとも自分の利益を心配しているのか、その言葉には両方の意味が込められているように感じる。
「みんなに教えてもらったから、できるし、やりたいし、やる。」
我がやる気の三段活用、前に言ったものとは違った気がするが。
自分でも驚くほど強い言葉が口から出た。
これは俺が選んだ道だ。
今の生活を守るためなら、何だってやってやる。
「ふん…頑張れよ」
おっさんが俺の肩に手を置き、力強く一押ししてくれた。
その手の重みが、俺の覚悟をさらに固めていく。
皆と一緒に昇降機を降りると、足元の地面がしっかりとした感触を伝えてくる。
昨日の不安定な屋根裏とは違い、地に足がついている感覚だ。
俺の心も、同じように固まったように感じた。
外に出ると、いつの間にかスーが白いバンを用意していた。
冷たい潮風が顔に当たり、緊張感が一層増す。
「えー!スーさん、ワタシより朝早かったの!?」
レイレは驚いて声を上げる。
俺はスキーマスクを深く被り、冷えた空気を遮断した。
バンの後部に乗り込み、扉を閉める。
辺りが暗黒に包まれるが、今度の闇は晴れることを知っていた。
これを乗り越えれば、未来が見えてくる。
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白いバンが静かに動き出し、港を後にした。
車を見送ったおっさんは、手慣れた様子で携帯電話を取り出し、通話を始める。
2コールで相手が応じた。
「もしもし?お前の言ってたガキ、簡単に捕まったぞ。今、盗みに出た。」
おっさんの声は冷たく、何の感情も感じさせない。
「いいですね。約束通り、熟れた“青果”を差し上げますよ。」
電話の向こうから聞こえる声は、重く濁っているが、その中に確かな力が感じられる。
まるで暗闇の中から光を支配しようとする声だった。
「しっかし、何であいつなんだ?もっと力のありそうなやつがいいと思うんだが…」
おっさんの問いに対し、相手は冷静に答える。
「彼はちゃんと成し遂げますよ。」
「全く…盗みが上手くいこうが、いかまいが、俺はかまわねぇけどよ。」
「…あんた、どこまで未来が読めるんだ?“デブリドマン”。」
おっさんが相手の名前を口にする。
「ここから先は私にもわかりませんよ。」
デブリドマンは鼻で笑い、さらに言葉を続ける。
「ですが、これだけは言えます。」
「これからの未来は、私の思うようにしか成らない。」
その声には、確固たる自信が満ちていた。
ティアゴの行く末に対する、冷たくも確実な支配が、そこにはあった。
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