第4話 仲間



俺は天井に開いた天窓から差し込む光をぼんやりと見つめていた。


そこには青空が広がり、純白の鳥が悠然と飛んでいる。


ここは倉庫の屋根裏だ。


古びたとたん屋根からは、ところどころ錆びた匂いが漂ってくる。


鳥はいい、自由だ。


俺はクソだ、不自由で。




頭の中に、ふと歌詞が浮かんだ。






「私が両手を広げても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のようにー」






「手を後ろで拘束されて立ち上がれない者の気持ちは知らないよ♪」






「歌うたってる…本気でやばいよ…」




「あいつ、ストレス過多なんじゃないか?」




背後でギャルとヒョロガリな男の声が、囁くように聞こえてくる。




「少年、いや、ティアゴ君。気持ちはわかるが、犯行前に犯罪アレルギーを発症するのは勘弁だぞ?」




筋骨隆々な男が俺の横にかがみ、優しく肩に手を置いた。


彼の手は驚くほど大きく、力強い。






この世界では「アレルギー」と呼ばれる現代病が蔓延している。


意に反して行動するたびに、身体が拒否反応を示すのだ。


俺だって発症するかもしれない。


症状は人それぞれで、あざや発疹、熱、腫れ、昏倒、さらには死に至ることもある。


若者が多く発症しているのは、現代の社会的ストレスが原因だという説が有力らしい。






「犯罪アレルギーとか発症したら…善良な人間になれるのか…」




俺は自嘲気味に呟いた。




「なろうとするな。」




男の言葉は、優しさと警告が混じり合ったものだった。






「んーまぁ、感傷に浸るのはいいけどさぁ。」






ギャルがスカートを少し上げ、太もものホルスターからナイフを取り出した。


天窓からの光を浴びて、ナイフがきらりと輝く。


その冷たい輝きに、一瞬心が凍る。






「今の仕事をやり切らないと、ろくな目に合わないよ?」






そう言って、彼女は俺の拘束をナイフで切ってくれた。


手際の良さに驚くと同時に、優しさに少しだけ心が温まる。


しかし、正直なところ「うだうだ言うなら死ね!」と刺されると思っていたのは内緒にしておこう。




解かれた手首を見下ろすと、鬱血して黒くなった指先が見えた。


我ながら、情けない姿だ。




頭では理解している。


彼女の言う通り、今の状況を乗り越えれば、誰も傷つけることなく大金が手に入る。


お金さえあれば、カルタをもっと良い環境で生活させられるはずだ。


だが、そんな理由で犯罪を正当化している自分に嫌悪感を覚えずにはいられない。




「カルタ…」




その思いが、俺を立たせる力となった。


今はもう、迷っている暇などない。


割り切らなければ、誰も守れない。






俺はゆっくりと床から立ち上がった。






「これから世話になるのに、名前を聞いてなかったな。俺はティアゴだ。」




決意を込めて、改めて名乗った。






「あたしはレイレ。」




ギャル風のレイレがナイフをホルスターにしまいながら答える。






「俺はダカライという者だ。」




筋骨隆々な男、ダカライが丁寧に手を差し出してきた。その手は温かく、握手した瞬間、彼がただの筋肉男ではないことを感じた。






「俺はスーユエンだ。スーと呼んでくれ。」




ヒョロガリの男、スーも続けて名乗った。








「…よし、挨拶は済んだな。じゃあ、明日のために簡単に準備をしよう。」




ダカライが笑みを浮かべ、行動を促す。






「この部屋の隅に道具が置いてある。ティアゴ君、銃の使い方はわかるか?」




ダカライは横長のダンボール箱からライフル銃を取り出した。


倉庫の中で、金属が擦れる音が静かに響く。


読めはしないが、銃の側面には古いロシア語でいろいろと刻印されているのがわかる。




「映画で見たことがある程度なら。」




「それで充分だ。構えてみてくれ。」




俺は渡されたライフルを握り、恐る恐る構えてみせた。


思った以上に重く、腕が震えた。




「ふむ、頬をもっとストックに押し当てて、グリップは軽く握るんだ。力みすぎると逆に狙いがぶれる。銃本体の重さが撃ったときの反動を軽減してくれるが、撃つときはしっかりと下から支えろ。」




ダカライは俺の目を見つめ、さらに言葉を続けた。




「慣れないうちは片目でしっかり狙え。その方が当たりやすい。」




「よし、試し撃ちだ。」




ダカライは俺にマガジンを手渡し、簡単に説明した。




「マガジンを挿して、横のボルトを引け。これで撃てるようになる。」




彼は部屋の端に転がっていたビールの空き缶を拾い、適当な場所に置いた。




「あの缶を撃ってみろ。」




俺は言われた通りにマガジンを装着し、ボルトを引いて照準を定めた。




缶を狙い、引き金をじりじりと絞る。








バンッ!と鋭い銃声が響き、強烈な反動が肩に伝わった。








煙が銃口から立ち上り、硝煙の匂いが鼻を突く。








だが、銃を下ろして確認すると、缶は傷一つないまま立っていた。


代わりに、弾が壁に当たった跡が残り、液体金属がべったりと張り付いて腐食させていた。


壁がボロボロと崩れ、小さな穴が開く。その向こうには、鳥が止まっていた。






「ティアゴ君…下手だな。」






下手でした。

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