第3話 片棒
暗闇に倒れた俺は、すぐに立ち上がろうとした。
だが、腹部を誰かに蹴られて、うずくまる。
い…痛すぎ…
「おいやめろ!もっと大事にしろ!」
おっさんが叱責する。
「…ったく、手が早くてすまねぇなぁ。運んでやれ。」
そのあとすぐにおっさんの仲間たちに拘束された。
慣れた手つきで後ろ手に両手を縛られ、親指を結束バンドでしっかりと固定される。
彼らは俺の自由を完全に奪うと、そのまま持ち上げて引きずり始めた。
おっさんが先頭に立ち、俺はなす術もなく、その後ろ姿を見つめ続けるしかなかった。
倉庫内の薄暗い通路を通り抜け、全員で昇降機に乗り込む。
機械はガタガタと不穏な音を立てながら、俺たちを倉庫の高所にある舞台へと運んでいく。
周囲に漂う錆びついた鉄の匂いが、さらに不安をかき立てた。
昇降機が止まり、目の前に現れたのは、ホワイトボードや椅子が並べられた異様な光景。
まるで犯罪者のための教室のように見える。
ヒョロガリな男、筋骨隆々な男、そしてギャルが、思い思いの姿勢で座っている。
その三人の横に、俺は乱暴に転がされた。
「うわぁ…やば…」
床に転がる俺を見て、隣のギャルが引いた声を出す。
だが、本当にやばいのは俺ではなく、この状況だ。
それでも、「キモッ」と言われなかっただけ、まだマシだと思った。
もしそう言われていたら、今頃泣いていたかもしれない。
おっさんが俺たち四人の前に立ち、低い声で話し始めた。
「全員揃ったな。さっそく始めるぞ。」
「お前たち二人、席を外せ。」
おっさんは、俺を運び込んだ二人の舎弟に指示を出す。
二人は「軽かったなぁ」「もっとちゃんと飯食えよ?」などと無責任なことを言いながら、倉庫の階段を降りて去っていった。
余計なお世話だ。
「さて、本題だ。今回は、あるモノを盗んでもらう。」
「それは…老人の遺体だ。」
おっさんの言葉に、冷たい汗が背中を伝う。
これは本当にとんでもないことに巻き込まれてしまった。
おっさんは、淡々と続ける。
「我がブラトヴァモリャ・ファミリーの前頭首である俺の親父が、昨晩老衰でくたばった。生前、親父はこのファミリーを、俺と兄貴に分割して遺した。そして、親父の死後に新たな遺産が見つかった。だが、俺はその遺産をうちのファミリーで独り占めしたいと思っている。」
「遺産は金庫に保管されていることが判明したが、その金庫を開けるには親父の生体認証が必要だ。だから、親父の遺体を盗んで欲しい。」
おっさんの説明に、周りの連中は無言で聞き入っていたが、俺の心中はざわめいていた。
この計画に参加することがどれだけ危険かは一目瞭然だ。
「どこから、どうやって盗むんだ?」
筋骨隆々な男が手を挙げて質問する。
見た目に反して慎重な質問に、少し驚きを覚えた。
ほんと、「全部ぶっ壊しちまえばいいんだろう?」とか言いそうな見た目なのに。
「親父は昨晩死んだ。葬儀は明日行われる。遺体は葬儀が終わると式場を出て、ローランドの火葬場で火葬され、この港から海に出て散骨される予定だ。」
「皆には、その遺体を火葬場で、焼かれる前に盗んでもらう。棺桶が火葬炉に送られたら、裏口から静かに盗むんだ。隠密で行うのが理想だが、もし上手くいかなかった場合は、強奪してでも持ち帰ってこい。逃げ道はすでに確保してある。うまく逃げ延びたら、全員でハッピーお金タイムだ。」
再び筋骨隆々な男が手を挙げた。
「もう一つ質問だ。生体認証に必要な部位はどこだ?盗む部位によって、荷物量が変わるからな。」
その真剣な姿勢に、こいつがこの仕事に本気で取り組んでいるのを感じた。
どんだけ真面目なんだ。
「全身だ。棺桶を未開封で盗んでこい。遺体の状態が悪くなると困るからな。」
「…わかった。」
男は難易度の高さを感じたのだろうが、覚悟を決めたように目を閉じ、手を下ろした。
ポキッ
「あっ…痛た…」
その時、俺は後ろ手に縛られたまま手を挙げた。
関節が鳴り、鋭い痛みが走る。
「なんだ、ティアゴ。」
おっさんが俺の名前を強調して聞いてくる。
「俺は犯罪を犯すつもりはない。第一、俺がやらなくてもいいだろ。」
「理由はたくさんあるぞ。まず、俺は兄貴のファミリーと争いたくない。だから、なるべく無関係な人間がいい。次に、お前は報酬が良ければ何でもする奴で、老人介護もよく受けてた。んで、遺体も老人だろ?老人のエキスパートが必要ってことだ。」
「いや、俺は老人のエキスパートじゃねぇよ。」
思わず突っ込んでしまった。
おっさんの表情が変わり、冷ややかな笑みが浮かんだ。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
「?」
俺は、背筋が凍るような不安を覚えた。
「ハイランドの中央病院。」
「ッ!?」
理解した瞬間、全身が硬直した。
あの警官はこいつらとグルだったんだ。
派遣企業を通じて依頼者が派遣社員の住所を知ることは通常不可能だ。
それに、今思えば、あの警官には不審な点が多かった。
ペアではなく単独行動だったし、強盗事件があったにもかかわらず、俺の持ち物であるリュックを調べようとしなかった。
「お前が入院してるとは思わなかったが、確認したら可愛い妹がいるじゃねぇか。十六歳か…色気づいて一番いい年頃だな。」
おっさんはあごを撫でながら、冷酷な笑みを浮かべた。
「…わかった。」
俺はやられたと思い、筋骨隆々な男と同じく、覚悟を決めた。
「よし、明日の朝、事を始める。それまでは休んでおけ。誰か、このガキに犯罪の極意を教えてやれ。お前らは今からチームだ。そんじゃあな。」
おっさんはそう言い残して立ち去った。
昇降機が下ろされたが、それを上げることはなかった。
実行犯が逃げ出さないようにするための策だ。
犯罪者も、手の込んだことをするものだと改めて思った。
「…君、なんか可哀想だね。」
ギャルが俺の前に屈み込み、哀れむように言った。
「俺もそう思う…」
その瞬間、俺の目から涙が溢れた。
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