第3話

素直に認めたら、思いもよらぬ答えが返ってきて思わず呆ける。


「…それだけですか?」


 「それだけだが?なんだと思っていたんだ」


 「…私が読む本はその、過激な描写が多く女性が好んで読むものではありません。貴族令嬢として相応しくないと注意されるのではと」


「そんなくだらないこと言わない。君が何を好もうが自由だし、令嬢らしさなんて関係ないだろう。逆に俺がロマンス小説を好んでると言ったら、男らしくないと非難するのか?」


「いえ、しません。個人の自由です」


「ほら同じだ。誰かに言われたのか知らないが、気にする必要はない」


アランの表情が少しだけ柔らかくなった。誰かに馬鹿にされたわけでもないのに、過剰に気にしていた自分が馬鹿らしく思えてくる。


 エリザベスはアランに対する警戒を解き、彼の求める情報を提供した。


 「成程、探してみる。勉強の邪魔をしてすまない」


 アランは用が済むと自分の席に戻ってしまった。本当にお勧めの本を知りたかっただけらしい。


 これ以降、アランからエリザベスの読んだ本を定期的に聞かれるようになった。彼はエリザベス以上に本の虫で何でも読むらしい。それこそロマンス小説も。意外に思ったが彼の好むロマンス小説は人間模様がドロドロしていて、流血沙汰すら起きるものばかりだった。好みについてとやかく言わないが、「人間の醜い争いは読んでて面白い」と語る彼は少し変わっているんだろうな、とエリザベスは思った。ロマンス小説の楽しみ方は多分そこじゃない。


そういうエリザベスも主人公が恋人や夫を性格の悪い友人や姉妹に取られるが、もっとハイスペックな貴公子に見初められ自分を裏切った者達が相応の報いを受ける展開の小説が好きである。


恐らく無意識に自分の状況を重ねているのだと思う。別に彼らに痛い目にあって欲しいわけでないが、愚か者が不幸になっていく様は読んでいて面白い。婚約者のことは伏せつつ正直に言ってもアランはドン引きすることなく、寧ろ同意していた。


勝手にアランを同志扱いするエリザベスだった。


それを繰り返すこと数年経つが、エリザベスとアランは友人関係ではない。ただ本について話すだけでプライベートの話は一切したことがなく、話す内容が無くなったら解散する。教室でも話すことはない。ただでさえ目立つアランと話していたら注目され、女子に恨まれかねない。それにエリザベスには婚約者がいるので、アランとの噂を立てられたら面倒だ。ウォルターが好きに遊んでいても咎められないのに、エリザベスの場合は確実に咎められる。不公平だと憤るも、そういうものだと受け入れるしかない。


今日もアランの姿を見つけるも、用はないので特に話しかけない。エリザベスは定位置に座り、テキストを開く。卒業まで1年を切った。今の所予定ではエリザベスとウォルターが卒業したら結婚式を挙げることになっているが、予定通りに行く可能性は低いと見ている。ウォルターは理由を付けて婚儀を延期する気がしてならないし、その前にエリザベスとの婚約を破棄しようと企みそうだ。ハイネス侯爵家の人々は次男に対しての関心が薄いのか、彼の好きにさせている。その結果が今だ。何れ侯爵の持つ伯爵位か子爵位を譲られるだろうが、下手に騒ぎを起こさない限り放任主義を貫くだろう。そんな侯爵家の人々は次男の婚約者にも関心はない。昔挨拶したことはあるが、それっきり。エリザベスは実の家族どころか将来の義家族にも軽んじられている。


結婚したところで今の環境よりマシになるとも思えない。やはり婚約破棄され家からも縁を切り事務官の試験を受けるべきか。後見人を頼めるアテはあるから難しい話ではない。


考え事に耽っていると突然「コルネリア」と声をかけられた。


「エルベルト様。何かご用ですか」


顔を上げ尋ねるとアランが無言で小さな紙袋を手渡してくる。


「…私に、ですか」


「他に誰がいる」


 ですよね、と心の中で同意しつつ怪訝な顔で受け取った。アランは何も言わないが目が「早く開けろ」と訴えているので袋を開ける。中から出てきたのはグレーの猫が刺繍された栞。繊細な刺繍が施されており、安くはないのは明らか。猫はツンとした顔で座っている。マジマジと観察していると黙っていたアランが口を開く。


「王都で一番大きい書店があるだろう?あそこが最近雑貨も扱い始めたんだ。偶々この栞に目が入って猫の色合いがコルネリアに似ていると思った。後で教えようとしたんだが、この猫の栞は人気でしかも売り切れたら再販はしないと店員に言われてな。その場で買った。婚約者のいる相手に物を贈るのはどうかと思ったんだが、今までの礼として受け取ってくれないか。気に入らなければ捨てて良い」


「捨てるなんてとんでもない、大事に使わせていただきます」


 エリザベスは花壇で育てている花を使った手作りの栞を定期的に作成している。こういう栞も欲しいと思っていたが、栞を買うなら本に使えるお金を回していたのでとても嬉しい。何なら適当に選ばれた婚約者からもプレゼントより嬉しい。口に出したらアランに警戒されてしまうから言わないが。


グレーの猫。灰色の髪と瞳のエリザベスに似ていると言われれば、そう見えてくる。じっと観察しているとある疑念が生まれてきた。


「…私に似ているのって色だけですよね?猫の表情は関係ないですよね」


「…」


プイ、と目を逸された。沈黙は肯定と見做す。エリザベスはムッとする。


「普段こんな澄ました顔してます?」


「澄ましてる?俺は真剣な顔をしていると思ったが。勉強している時はこんな感じだろう」


 自分が勉強している時どんな顔をしているかなんて分からない。アランのことだ、揶揄い目的で選んだわけではないのは離解している。普段エリザベスはこんな顔をしているのだろう、全く自覚はないけれど。自分だと思うとお高く止まっていそうな猫に愛着が湧いてくる。


「段々可愛く見えてきました」


「そうか、気に入って貰えてよかった」


「あ、私も今までお勧めの本教えて頂きましたし何かお礼を」


「いや、大丈夫。俺が勝手にしたことだから気にしなくて良い」


代わりにこうして趣味の話に付き合ってくれれば良い、と頼まれてしまったが絶対栞と釣り合っていないとエリザベスは思うもアランがそれで良いと言うのなら、と引き下がった。誕生日が近いから誕生日プレゼントを貰った気分になる。アランがエリザベスの誕生日を知っているとは思えないので偶然だろう。卒業まであと10ヶ月。アランとは同級生という括りが無くなれば会うことは無くなる。今のうちにこの語らいの時間を大切にしたいと思っている。


 

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